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ダークマター先輩登場⑦

 六月後半のとある月曜日。六時限目終了のチャイムと共に、クラスのほとんどの生徒が颯爽と教室から飛び出し、部活へと向かっていく。


 二年の夏と言えば、一番部活に打ち込める時期だからなあ。

 かく言う僕も、テニス部の一員として、この夏は熱心に部活に取り組み、中学校の時は果たせなかった団体戦でのメンバー入りを…とか密かに思ったりしていた。過去形なのは、その思いが今月の冒頭で潰えたからだ。


 ダークマター先輩という謎の変人によって。


 今から二週間ほど前の六月の土曜日、僕はテニス部から料理研究部に強制転部させられた。

 夢であって欲しかったが、翌週の昼休みには職員室に呼び出され顧問から退部届を受理した旨を伝えられたため、残念ながら現実ということらしい。


 行きたくねーなー部活。

 行けば結構楽しいんだけど、行くまでがなー。

 料理研究部に何か大会とかでもあればやる気が出ると思うんだけど、今のところ目標も無ければ目的もない。ていうか料理の「りょ」の字すら出てきていない。


 いいか今日は。サボるか。もうさすがに罠も仕掛けられてないだろ。


「それじゃあ、行きましょ」


 僕がサボる決心を固めていると隣から声がした。

 今朝の八時、僕に「おはよう」と言って以来、教室で一言も口を開いていなかった隣の席の女子が唐突に喋りだしたようだ。


「どわああ!びっくりした。何だ急に!行きましょってどこにだよ」


「どこにって…部活に決まっているでしょ?一緒に行きましょ」


 隣の席の女子はいつも通りの無表情で首を傾げた。

 そうか、思い出した。隣の席の宮島冴子。こいつも料理研究部の部員だった。


 余りに無表情で誰とも喋らず人間と関わり合おうとしないので、クラスの一部ではロボットなのではないかという皮肉めいた冗談も飛んでいる。

 確かにこいつの笑顔は一度も見たことが無いし、怒っているところも想像すらつかない。意外と本当にロボットだったりして。


「先輩たちに今日は罠が無いからしっかり連れてくるように言われているし」


 ほー。やっぱりもう罠は無いのか。これチャンスじゃん。


「いや、そのすまん。今日は用事があってちょっと休ませてもらうわ…先輩にも伝えておいてくれ」


「あら、そうなの。残念ね、姫がすごい楽しみにしていたのに…」


「え、姫様が…!?」


「あなたのこと、すごい気に入ったみたいよ。ほら」


 宮島はスマホを取り出し、ラインの画面を僕に見せてきた。


六月×日(土)


「さえこ、あさってのぶかつ、じゅんいちはちゃんと来るかの?」


「そうねえ、せんぱいが来るように言っていたし来るんじゃないかしら」


 すげえ。姫様がラインを使ってる。

 あの江戸時代からタイムスリップしてきたみたいな六歳の姫様が。

 ていうか宮島、姫様用に小学校低学年で習わなそうな漢字はしっかり平仮名にしていて、優しいお姉さんだな……。クラスにいるときの無口無表情からは想像もつかない。


六月〇日(日)


「さえこ、あしたのぶかつ、じゅんいちは来るかの?」


「ひめ、ずいぶんたのしみにしているのね」


「ゆいのけらいじゃからの。ゆいが月ようびに、ぶかつのこと、いろいろおしえてあげるんじゃ。さえこ、しっかりじゅんいちをつれてくるようにの」


「わかったわ。月ようびにちゃんとつれて行くわ」


 姫様あアァァァ!!!行きます!僕、部活行きます!!ホント、自分死ね!ちょっとでもサボろうと思っていた自分、死ね!!!


「こんな感じで、連れて行く約束をしてしまったのだけど…」


「心配するな。たった今、用事は無くなった」


「…そう。じゃあ、行きましょ」


 宮島は、安心したような表情になり、少し僕にニコッと微笑んだ。

 

 何だよ宮島、そんな顔もするのかよ。全然人間じゃねーか。



 部室のドアを開けると、ダークマター先輩と姫様が先に来ていた。


「お疲れ様です」


「ああ、二人とも来たか。純、よく逃げずに来てくれたな」


 いや、ホントはサボろうとしていたんですが、八歳の少女の心の温かさに触れ、自分があさましい人間に思えたのでちゃんと来ました。エヘヘ。


 ただまあ、姫様に吊られて来るには来たが、正直に言って中学からずっとテニス部の僕にとって文化部なんて不安しかない。それに得体の知れないメンバーに得体の知れない活動内容…。


 姫様も僕と宮島が入ってきたことに気付くと、ぱあっと花が咲いたように笑顔になり、こちらに向かって小さい手を一生懸命振ってきた。


「さえこ、じゅんいち。土よう日ぶりじゃの」


 屈託のないその表情に、ズキュウウゥンと胸を打たれる。さすがディ…じゃない、姫様。おれたちができない事を平然とやってのける…。


 今日の姫様は、土曜日とは違う淡い水色の着物を着て、まとめ上げた髪に簪を刺している。

 すっごい可愛いからいいんだけれど、この子毎回着物を着て学校に行ってるんだろうか。それとも部活に来る前に家で着替えてから来てるのかな。

 ていうか、そもそもなんで小学生が高校の部活に参加しているのだろうか。


 宮島は姫様に対し、優しく微笑み返し手を振ると、そのまま自分の席に座った。なんだよお前。普通に笑ったりしてんじゃん。教室でも普通にそうしていればいいのに。


「純は…そうだな。今日も私の隣の席を使ってくれ」


 先輩にそう促され、パイプ椅子を引き、席に着く。


「席を使ってくれって、これから何するんですか」


 宮島を見ると、既に鞄から取り出した文庫本を読み始めているし、姫様も机の上に出した画用紙に一生懸命何かを書いている。


「今日は…特にやることは無いから自由に過ごしてくれ」


「なっ!自由って…」


 部活って普通何か練習とかするんじゃないの?料理研究部だったら料理の研究をしなきゃ皆さん!!


「ていうか、そもそもこの部活って何を目的に…」


「じゅんいち、一緒にこっちにくるのじゃ」


 僕がダークマター先輩を問いただそうとしていると、いつの間にか姫様が僕の目の前に来て、ズボンをくいくいと引っ張っていた。


「え、姫様。どうされましたか?」


「いいからこっちじゃ」


 そう言うと姫様は、僕に向けて小さな手を差し出してきた。


 …。


 これは手を繋げということだろうか。恐る恐る手を出し、姫様の手を握った。

 姫様は「うむ」と頷き、僕の手を引いて自分の席へと戻っていった。


「ふふーん♪」


 席へ戻った姫様は、何やらとっておきのものでもあるような得意気な顔をし、僕の方を見ている。


「どうされましたか?姫様」


「じゅんいちは、ゆいのけらいじゃ」


「はい、その通りでございます」


 僕と初めて会った日から姫様の中でそういうことになっているらしい。


「ゆいとじゅんいちのあいだには、しゅじゅーかんけーがむすばれておる」


 主従関係ね。まあ、主君と家来という設定らしいからその通りだ。姫様はよくそんな難しい言葉も知ってるなー。おそらく僕が小学生の時はそんな言葉知らなかったと思う。中学校の歴史の授業で知った気がする。しゅじゅーかんけー。おそらくここまで可愛い主従関係は姫様以外からは出せないだろう。


「その通りでございますね」


「ふふーん♪そうじゃの。そこでこれじゃ!」


 姫様は「じゃじゃーんっ!」と自分で効果音を発しながら、先程一生懸命書いていた画用紙を取り出した。


「ゆいが考えた、りょうりけんきゅうぶのまにゅあるじゃ」


 りょうりけんきゅうぶのまにゅある?……。ああ!料理研究部のマニュアルか!姫様がさっき一生懸命机に向かって書いていたものは、僕のためのものだったのか!嬉しすぎる!!


「姫様、恐悦至極にございます!」


「ふっふーん♪じゅんいち、苦しゅうない。それではよみあげる。こころして聞くのじゃ」


「はっ!!」


「その一じゃ。ぶちょうはだいまおーしゃまじゃ。ぶで一番えらいかたじゃ」


 だいまおーしゃま…。ダークマター先輩のことか。まあどう考えても部の中心っぽいし、それは部長だろうな。

 それにしても姫様、一番目にこれを持ってくるなんて、よっぽどダークマター先輩のことが好きなんだろうな。


「その二じゃ。ぶいんはじゅんいちを入れて六人じゃ。だいまおーしゃま、ぎん、いちろー、さえこ、ゆい、じゅんいちじゃ」


「へー、あと二人いるんですね。残りの二人は男子ですか?」


「そうじゃ。二人とも三年せーじゃ。じゅけんべんきょー中じゃが半分くらいは来ておる」


 なるほど、先輩か。今日は二人とも予備校か何かで欠席ということか。


「その三じゃ。このぶかつは、りょうりをするのではなく、りょうりを食べてけんきゅうするぶかつじゃ」


「あー!そうだったんですか。だから料理をする必要が無いってダークマター先輩が言っていたんですね。なるほど」


 ていうか姫様のマニュアルすごい!!僕が知りたいと思っていた情報が盛りだくさんだ!この子、実はすっごい頭の良い子なんじゃないだろうか。


「うむ。さえこはときどきりょうりをしてくれるがの。びみじゃぞ、さえこのりょうりは」


「へー宮島が…」


 そう言って宮島の方を見る。無表情で文庫本を読んでいた宮島はこちらの視線に気づき、見られていたことにビックリしたようで、ギョッとした顔をしている。

 だからそう言う表情をもっとクラスで出せって。読書の邪魔してごめんなさい。


「その四じゃ。このぶかつは、とってもたのしいぶかつじゃ。みんなすてきな人ばかりじゃ。じゅんいちはほかのぶかつから来たばかりで、ふあんかもしれぬが、安心してだいじょうぶじゃ。六人でなかよくやっていくことが、ゆいのねがいじゃ」


 そう言うと姫様は僕の方を見て、太陽のような微笑みでニッコリ笑った。そして読み上げていた画用紙をそのまま僕に渡した。


 画用紙には、綺麗に書かれた四つの項目の周りに、六人の人物が書かれていた。八歳の子の書いた絵なので、上手とは言い難いが、特徴を捉えていて、どの絵が誰なのかがよくわかる。


 ふふっ、この口が棒線一本で書かれているのが宮島か…。真黒な服なのに一際キラキラしたマークがついているこれは、ダークマター先輩だな。隣にいる笑顔の小さな女の子の左手と手をつないでいる。これが姫様か。


 そして、その女の子の右手は笑顔の男の子とつながれていた。


 …これは僕、か。


 姫様の舌っ足らずな口調が、頭の中で蘇る。


「じゅんいちはほかのぶかつから来たばかりで、ふあんかもしれぬが、安心してだいじょうぶじゃ」


 心の籠ったプレゼントとメッセージに、急に胸が熱くなった。六歳の女の子が倍も歳の離れた僕のことを気遣って、こんなにも暖かくて心の籠った言葉をくれた。

 鼻の奥がツンとなり、目頭が熱くなる。

 この子は、外見や仕草が可愛いだけではなくて、心が本当に綺麗なんだな…。


「じゅんいち、どうした?だいじょうぶか?気に入らなかったのか?」


「ひ、ひべざま!っぐ…。その、ずでぎなプレゼント…本当に、うでしいです…」


 ダメだ。なんで泣いているんだ僕は。でも、六歳の不意打ちの優しさに、僕は堪えられなかった。


 二人にも僕の号泣の様子は伝わったようで、二人ともギョッとした様子で僕に聞いてきた。


「…な、純!どうした?何があった!?」


「風早君?どうしたの?」


「ご、ごの部活が、おもっ…思っていだのと違い過ぎて困ってるんでずよ!!!」


 畜生!!これじゃあ一日も休まず部活動に励むしかないじゃないか!!


 その後、姫様は涙を流す家来の頭を「よいよい」と言いながら撫でて慰めた。

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