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さようなら。ダークマター先輩②

「ふははははは! ついに我々の野望を成し遂げる日が来たんだ!」


 ダークマター先輩は思わせぶりに宣言した。


「我々の野望って料理研究部のですか?」


 そもそもうちの部活って野望とかあったの?


「さえこ。やぼーってなんじゃ?」


 首を傾げながら聞く姫様に対し、


「成し遂げたい大きな望みのことよ」


 と、宮島。なんだその完璧な説明は。辞書かお前は。


「皆も知っての通り、我が料理研究部はある野望を掲げて常に活動してきた」


 あー、そういえば夏休みの合宿で普通人間共を駆逐して頂点に立つとか言ってたっけ。文化祭の参加目的もそれだったか。


 僕たちは姫様の可愛らしさと宮島の美人さとダークマター先輩の料理のおかげで文化祭の頂点に立つことが出来た。その時点で野望は達成されたんじゃないのか?

 会長が「野望を成し遂げる時が来た」と言っているということは、これからまた何かやらかすつもりなのだろうか。


「てっきり文化祭で一番になることが目的だと思ってましたけど」


「甘いな。甘いぞ純。私たちがそんな見せかけの勝利に満足するわけないだろう。大切なのはその恩恵だ」


「恩恵?」


 僕が聞くと、


「確かに文化祭で優勝したことで私たちは二つの権利を手に入れたわ」


 と、宮島。


 停学期間があったから忘れていたが、確かにそうだった。


 まず宮島がミスコンで優勝したことで与えられた「一日校長になる権利」。それと料理研究部が文化祭の出し物で一番になったことで与えられた「来年の予算案を提出する権利」。この二つが現在料理研究部には与えられている。


「先輩。その二つを使って何をするつもりなんですか?」


「何って、その二つの権利を使って我々が学園の支配者になるのだ!」


 ダークマター先輩は拳を握り締めて高々と宣言した。


「……言っていることがよくわからないのですが」


「純。この学校の来年度の予算はおよそ八億円だ。我々にはこの八億の使い道を決める予算案の提出が認められている」


「まあ確かにそうですね。提出する分には」


 そんな予算案を提出したところで経営陣が通すわけが無いけど。


「純。お前はどうせ『うぇーん。予算案を出したところで経営陣の審議を通過するわけがないよー』とか普通人間丸出しのことを考えているだろう」


 ダークマター先輩はニヤリと笑った。図星をつかれて思わずムッとする。ていうかなんだその僕の真似は。そんなナヨナヨしてねえわ。


「いや、だってそうでしょう。学生の出した予算案なんて経営陣が認めるはずないじゃないですか」


「クックック。それが案外そうでもない」


「もう一つの『一日校長になる権利』が関係しているのかしら」


 と、宮島。確かに話の流れからいってそういうことになるだろう。でも校長になったところで予算を通すことなんてできるのか?


「さすが冴子だ。良く気が付いたな」


「いや、待ってください。校長といえども学校に雇われている側の人間でしょう。予算の承認権があるなんてとても思えないですけど」


 普通予算は理事長とか経営サイドの話し合いで決まるものだと思う。校長はあくまで学校運営のトップであって、経営のトップではない。


「普通の学校だったらな。だが、うちの学校は超ワンマン経営の学校でな。理事長その他重要な役職はすべて校長が兼任している。だから経営の何から何まですべて校長か独断で決めているんだ」


 恐ろしい学校だ。そこまで権力を一カ所に集中させているのに、その権力をミスコンの副賞にするなんて狂気を通り越して知能ゼロだ。アホの集まりなのかうちの学校は。


「つまり僕たちが提出した予算案を審議する日に校長になる権利を行使すれば、確実に通すことができると」


「そういうことになるな」


 来年の予算、八億円は僕たちの思いのまま、か……。何だかとんでもない話になってきたな。確かにこれなら先輩の言うとおり、学園の支配者とも言えなくもない。

 先輩の青写真通りにいくとは限らないが、これだけふざけた学校だから案外承認されてしまうかもしれないし。

 ただその前に、ものすごーーーく気になることがあるのだが……。


 僕が考え込んでいると、


「じゅんいちじゅんいち。どういうことじゃ? ゆいにもわかるようにせつめいするのじゃ」


 姫様が僕のズボンの裾をくいくいと引っ張りながら聞いた。


「簡単に言うと、とても沢山のお金を僕たちで使い放題ということです」


 僕の言葉に姫様は目を輝かせ、


「それはまことかじゅんいち! なにをかってもよいのか?」


「ええ。よほど高価なものでなければ」


「ゆいはえきまえのおみせのしゅーくりーむがたべたいのじゃ。それもかなうかの?」


 姫様は眉を八の字にして僕に聞いた。八億円もあるのに随分かわいらしいお願いだ。姫様らしくてほっこりする。それくらいだったらいつでも僕が買ってあげますからね。


「姫様。それでしたら今日の帰りに食べに行きましょう。姫様の大好きなメロンソーダも付けます」

 

「ほんとうか!? よいのか!? ゆいはきょうはまだたんじょうびではないぞ?」


 両手をブンブン降り、鼻息粗めに詰め寄る姫様。


「ええ。この間の文化祭で姫様は本当に頑張ってくださいましたし、たまには贅沢しましょう!」


 僕がそう言うと姫様は花が咲いたように表情を明るくし、


「わーい♪ しゅーくりーむじゃしゅーくりーむじゃー♪」


 と、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。うん。圧倒的可愛さ。


「ほう。それはいいな。私たちも行くか。なあ冴子」


「……ええ。それは私も行きますが、先程の話の続きは」


 そうだった。シュークリームじゃなくて予算の話だった。姫様がかわいすぎて脱線してしまった。


「お、そうか。そうだったな。まあそんなわけで来年の予算を決める権利は我々にあるのだ! どうだ! すごいだろ! ハッハッハ!」


 ダークマター先輩は腕を組み、高笑いをした。


 この自信満々な様子、どうやら先輩は気が付いていないようだ。

 

 このプランには重大な欠陥がある。特にダークマター先輩にとって致命的とも言える圧倒的な欠陥が。


「あの、先輩。一ついいですか?」


「どうした? 純」


「僕たちが提出する予算案は来年の予算案ですよ」


「ああ。それがどうかしたか?」


 先輩は不思議そうに首を傾げる。


「どうしたもこうしたも。先輩は今三年ですから、その時はもう卒業してます」


「あ」


 先輩はフリーズした。美しいまでの固まり具合だった。きっと自分が卒業する事など一切考えていなかったのだろう。


 残念ながらあなたは三月で桜と共に卒業です。さようなら、ダークマター先輩。


「だいまおうしゃまー? うーむ……。だいまおうしゃまはどうして固まってしまったのじゃ?」


 姫様が目の前で手を振ったり様子を確認するが、先輩は引きつった表情のまま固まっている。


「悪巧みが失敗に終わってショックだったみたいです」


「私も途中から気付いていたのだけど、いつ言い出そうか迷ったまま中々言えなくて……」


 宮島は気まずそうに言った。


「まあ別にいいだろ。八億なんてどうでも。文化祭は楽しかったし、達成感もあったんだしさ」


「それもそうね。先輩には申し訳ないけれど」


 宮島は文化祭の時のことを思い出したかのように穏やかに微笑んだ。

 僕たちがそんな話をしていると、


「さえこ、じゅんいち。さっきのおかねもちになれるはなしはなしになったのか?」


 姫様は心配そうに聞いた。


「残念ながらなくなりました」


 それを聞いた姫様は肩を落とし、


「そんな……。じゃあゆいのしゅーくりーむは……」


「それは大丈夫です。今から四人で食べに行きましょう」


「ほんとうか?」


 姫様はパッと表情を明るくした。本当にシュークリーム好きだな姫様は。


「ええ本当です。な、宮島」


「そうね。あそこのシュークリームは美味しいって評判らしいし」


「ほら先輩も、いつまでも固まってないで行きますよ!」


 僕が肩をパシッと叩くと、先輩はやっと「あ、ああ」と反応した。


 何とか鞄を持ち上げてよたよたと歩く先輩の背中に、僕は心の中で声を掛けた。


 先輩。


 八億円なんてどうでもいいじゃないですか。


 僕はこの半年の期間で、あなたから八億円以上の素敵なものを貰ったと、本気で思っていますよ。


 テニスコートで拉致されて、みんなで海に合宿に行って、先輩が倒れて、鉄幹を倒して、田中マスオを仲間にして、文化祭で優勝して、宮島がミスコンで優勝して、停学になって、田中マスオを解雇して、先輩の学園掌握が失敗に終わって……。


 他にも色々あったなあ。濃すぎる。あまりにも濃くて最高だった。


 本当に、心からありがとうございます。ダークマター先輩。


 僕が背中を見つめていることに気が付いたのか、先輩がこちらを振り返った。


「どうした? 純。行かないのか?」


「今行きますよ」


 僕は鞄を持って部室を出た。

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