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さようなら。ダークマター先輩①

 三日間の停学期間が開けた。


 久しぶりの登校日、といっても今日は土曜日だから授業はない。「大事な話があるから停学明けの土用に部室に来い」とダークマター先輩に呼ばれたため、朝もはよから部室へと向かっている。


 久しぶりに出た外の空気は予想以上に冷たかった。

 手の甲が冷えて、お湯に浸けたくなるようなこの感覚。十一月にも関わらず冬本番のような寒さだ。いや、むしろ体が寒さに慣れていない分、冬本番以上の寒さに感じる。

 文化祭当日までは「冬はまだなのか」と聞きたくなるくらい温かかったのに、終わった途端にこの寒さとは。


 ……ていうかこれ、寒いというより寒すぎるだろ。確実に氷点下だろ。あー行きたくなくなってきた。もうこれ学校休みでいいんじゃないのか?

 しかし地域の天気予報をスマホで調べると、最低気温は10℃だった。

 まさかの二桁。まだまだ冬本番には程遠い。


 寒いと感傷的な気分になってしまうのが人間というもので、僕は歩きながら、四日前に終わった文化祭のことに思いを馳せていた。 


 まさか真面目一辺倒に生きてきた僕が、文化祭の閉会式でトロフィーを叩き割って停学になるなんてなあ。

 ダークマター先輩に連行される前の、半年前の僕だったら夢にも思わなかっただろう。

 そもそも文化祭にあれほど情熱を注いだこと自体、昔の僕からしたら有り得ない。

 今までの僕だったらきっと、文化祭をサボって家に籠り、もう何万回も読んだ『美味しんぼ』を、大して読みたくもないのにダラダラと読み続け、気が付いたら夕方になっていたことだろう。


 それがあそこまで。


 この二ヶ月間は、おはようからおやすみまで、僕の生活のすべてが文化祭一色だった。


 まあ実際は僕がやったことなんてホントにちょっとしたことだけど。


 でも、それでも一生懸命やった。誠心誠意を込めた。


 心から行動して、心から楽しんだ。


 最高の二ヶ月だった。


 ここまで僕がのめり込めたのは、きっとあの時間が僕にとって、本当に素敵なものだったからだろう。


 今でもそのすべてが鮮明に思い出せる。

 姫様の歌も、先輩の料理も、宮島の抜き胴も、田中マスオの仮病の電話も。


 他人のことがここまで深く残っているなんて、自分にとっては初めてのことだ。


 ……そう考えると僕は、少しは変われたのかもしれない。


 これもダークマター先輩たちの影響なのかな。


 まあ、間違いなくそうか。あんなぶっ飛んだ人間たちと毎日一緒にいて影響を受けない方がおかしい。


 皆に出会ったことで、僕は変わったんだ。


 人は、人との出会いで人生が変わる。

 まあ良くも悪くもだけど。


 ただ、僕にとって今僕に起きているこの変化は、


 今まで僕の体を縛っていた鎖が、粉々になるような爽快なものであるということは間違いない。


 ……む。そんなことを考えていたらもう部室か。 


 僕は三日ぶりに部室のドアを開けた。


 するといきなり、


「じゅんいちー!」


 満面の笑みの姫様が、ととととーっと駆け寄ってきた。


「お久し振りです姫様。お元気でしたか?」


「うむ! 大大大元気じゃ!」


 姫様は得意そうに胸を張った。


 うん。言葉の意味はよくわからんけど、とにかくすごい自信だ。今日も姫様はただただ可愛い。控え目に言って大天使だわ。


 僕が姫様を愛でていると、


「遅いぞ純」


「停学を食らった人間が最後とはね」


 ダークマター先輩と宮島も既に部室に来ていた。二人とも腕を組み、僕に向かって不満そうな顔を……いや、といっても宮島は無表情だし、ダークマター先輩はマスクを着けているからあくまで僕の予想だけど。でも多分当たっている。二人とも僕が遅かったことに難色を示している。


 ちなみに先輩は文化祭が終わったからか、いつもの不気味なマスクに漆黒のマントという不審者の装いに戻っていた。ははっ♪ おめでとう! これで十一月にして世紀末の春コーデを先取りだね☆


「いやいや。まだ先輩が言ってた時間の五分前ですって」


 と、一応口答えをしてみる。きっと二人は定刻うんぬんより待たされたことが不満なのだろうけど。


「……まあいい。さあ全員来たから始めるか」


「え、全員? 田中マスオは?」


 田中マスオ。このふざけた名前の男は、うちの学校にいる超アイドルで、文化祭の最中に我が料理研究部が私利私欲のために入部させた、期待のニュージェネレーションである。


「田中……」


「マスオ……?」


 先輩と宮島は交互にそう言って首を傾げた。


「え、いたじゃないですか。あの現役アイドルの」


「……現役の」


「……アイドル?」


 大丈夫かこの二人。


 ていうか文化祭の時は「逸材だ!」とか、「天才だ!」とか、「こ、こいつ……。狂っていやがる」とか褒めちぎっていたじゃないか。なに? もうお払い箱なの?


「そんなことはどうでもよい! きょうはだいまおうしゃまからたいせつなおはなしがあるのじゃ」


 姫様も二人の右にならった。残念ながら田中マスオの存在は部から抹消されたようです。チーン。

 まあでも姫様がそう言うなら別にいいか。


 ドンマイ田中。お前のアカデミー賞級の仮病の演技、僕は忘れないぞ。


「あーそう言えばメールでも言ってましたね。何なんです? 大事な話って」


「ふふふ。ははははははは!」


 またダークマター先輩の思わせ振りな高笑いが始まった。


 ……やれやれ。今度は一体なんだ?

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