ダークマター先輩登場④
時は平成。曜日は日曜、時刻は十三時。
場所は僕の家の最寄駅から四つも離れた駅にある、ちょっと古びたレンタルビデオショップである。
僕の名前は風早純一。普段は高校生をしている。
何故僕がここにいるかって?それはまあ、言ってみれば正義執行のためだ。正義執行の内容?それは深くは触れることが出来ないな。危険なんだ。今回のミッションはあまりにも。
もしかしたら生死にかかわる問題になるかもしれない(世間的に)。
だが、男には、男には覚悟を決めてやらなければならない時があるのだ。今がまさしくその時だ!
さあ入店だ。それーっ☆
よし、無事に店内に入った。だが、まだここは戦場ではない。こんなところで動揺したそぶりを見せれば敵の思うつぼだ。あくまでも冷静に、冷静にだ。
まず、最初の我々の目標はあそこに禍々しい文字で「18」とかなんとか書かれている桃色の暖簾を越えた先だ。あそこの境界線を越えさえすれば、ミッションは八割方成功したと言っていいだろう。
万が一、敵に止められた時の言い訳も考えておかなければなるまい。ここでの言い訳はシンプルであればシンプルであるほどいい。今回は「あれれー、トイレと間違えちゃいました☆」に決定だ。敵は僕に過失があるかどうかなんて、確かめようがないんだからな。
まもなく境界線だ。くっ、外からでもわかる。これから先の空間は、明らかに外とは違う禍々しいオーラを放っている。
ここは異能を使うしかない。「僕は何も見ていない」だ!目を開けたままどこにも焦点を合わさずに「無」の状態を作り出す異能!これで動揺せず、突き進むことが出来る!
よし!中に入った!店員も来ていない!!後は作品を選ぶだけだ!
さて、どれにするか。
へえ、こ、こんなのもあるんですねえ。なかなか興味深い。おやおや、こちらにはこんなものも。穏やかじゃないですねえ。そしてお次は?お?おおおお!!こ、これだ!!
これしかない!!この作品こそ、神が僕に与えた祝福。よし、これと会員証を持ってレジに…。
ん!?私のスマートフォンが振動しているな。こんな時にメールとは、興を削ぐヤツめ。一体誰から…。
from: dark-mattersp@1234.co.jp
題名: なし
本文: それを借りるのか?
「ひいいいいい!!『一方的に本屋等で遭遇』!!」
説明しよう。「一方的に本屋等で遭遇」とはダークマター先輩が所持していると自称する異能である。簡単に言うと、「先輩が僕の気付かないところで一方的に僕を見つける」という猛烈にはた迷惑な異能なのだ。つまり今がどのような状況かと言うと、このビデオ屋のどこかにダークマター先輩がいて、一方的に僕のことをみているということだ。
ちなみにこのダークマター先輩は僕を料理研究部という意味不明な部活に強制的に入部させた張本人で、中二病を拗らせておりラブコメを満喫するため高校にやって来ている非常に残念な先輩。
まあ簡単に言えば「変態」だ。
怖い!怖すぎる!リアルタイムでこの異能が使われているのがわかるとここまで怖いとは。ていうか、ダークマター先輩、一体どこに…。
キョロキョロと辺りを見回すが、誰もいない。おかしいな。近くにいるはずなんだが。ただ当てずっぽうでメールを送ったんだろうか。いや、そんなタイミングがいいことがあるわけ…。
何気なくふと視線を上げると、DVDが陳列されている棚の上で、金髪マスクマントの人間が体育座りをして、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「ぎゃああああああ!!!いたあああ!!!」
余りの怖さに僕は持っていたDVDを適当な棚に刺し込み、走ってレンタルビデオショップを出た。なんであんな高いところにいるんだよあの人!!心臓止まるかと思ったわ!!
「はあ、はあ。ここまで来れば流石に…」
「逃げるな純、別に隠すことでもないだろう」
声がする方を振り返ると、もうダークマター先輩も店から出てきており、僕の真後ろに立っていた。早いし怖いわ!!あんな高いところにいて、もう降りてここまで来たのかよ!!
「それにしても純が店員のことをヴィランと呼ぶとはな。高校生にもなって中二病か」
「あんたにだけは絶対に言われたくねえええええ!!!」
しかも僕口に出して言ってた!?さっきの全部!?嘘でしょ!?
「…先輩こそあんなところで何してたんですか」
「んー?あんなところってどこのことかな?口で言わないと分からないなー」
「だからビデオ屋さんですよ…」
「んー?そのビデオ屋さんのどんなビデオが置いてあるコーナーに私たちはいたのかなー?」
うぜええええええええ!変態のクセに!!人のツッコミだけで興奮しちゃう変態のクセに!!
「もういいです。僕帰りますんで、さよなら」
「待て純!冗談だ、すまん。あまりにも反応が可愛いくてからかってみたくなっただけだ!」
「…それで何か用なんですか?」
「純こそまだ何のミッションも達成してないんじゃないか?」
「さよなら」
「待て待て!だから怒るなって!その連れない感じが可愛すぎてちょっかいを出したくなってしまうんだから」
「男子高校生のデリケートな部分をからかい過ぎです」
「いいじゃないか。十七、八歳の男子だったら当然の行動だろう。私は別に、純がそういうものを借りていても怒らないぞ?ちょっと嫉妬はするがな」
そうだ。思い出した。この人は昨日、自分がラブコメのヒロインで僕がその相手の主人公だとか意味不明なことを言っていた。先輩は僕のことを数日間尾行した(良い子はやっちゃダメだぞ☆)らしく、その時の様子から、僕の主人公適正がパーフェクトだということがわかったらしい。ハッハー!こんな嬉しくないパーフェクトは初めてだぜ!
「まあそんな顔をするな。たしかにちょっとからかい過ぎたな、すまん」
僕が眉間に皺を寄せていると、ダークマター先輩はとりなすようにそう言った。
「別にもういいですけど、一番最初のヤツは心臓に悪いですよ…」
「はは、次から気を付けるよ。ところで私も今日偶然この町に来ていてな、先程用事が終わったんだ。どうだ、一緒に食事でも。ご馳走しよう」
予想外の提案だった。先輩から食事に誘われるなんて。それよりこの人、この格好で外食する気か?正気だろうか。いや、この格好をしている時点で正気ではないか。
「いいですけど、先輩はその格好でですか?」
「大丈夫だ、いつもこの格好で行く店だから追い出されたりはしないだろう」
うーんこの人マスクの部分はわからないけど、かなり顔立ちが整っていて美人っぽいんだよな。一度でいいから取ってくれればいいのに。
「さあ、こっちだ」
そう言って先輩は僕の手を引いた。相変わらず雪のように白く、美しい手だった。
*
「お待ちしておりました、お嬢様」
店に入ると、黒パンツにピシッとしたベスト、ネクタイを付けた初老の店員が恭しくダークマター先輩に言った。お嬢様?この人が?変態じゃなくて?
「うむ、今日は友人を連れて来た。奥の席を使わせてもらう」
ダークマター先輩は自分の好待遇にも、さも当たり前と言ったような風でズカズカと奥に進んでいった。ホントにお嬢様なのだろうか。
後輩なので一応下座の椅子に腰かけダークマター先輩と向き合う。
入った店は古き良き洋風レストランといった感じで、店員の態度の割には高級店ということでもなさそうだ。
「ふふ、初デートだな」
「デッ…!ぐはっ」
思わず飲んでいた水を吐き出しそうになり、無理矢理飲み込んだところで猛烈に咽た。ダークマター先輩の方を見ると机の上に両肘をつき、両手を花のように開いて顔を支え、ニコニコしながらこちらを見ていた。
いや、普通の女の子がやったらかわいいけどね。それこそ姫様に同じことやられたら心のフォトグラフがメモリーオーバーで大変なことになるけど。あんたマスクなんだもん!!変態なんだもん!!
「まあそう照れるな純。お前が照れると、私まで恥ずかしくなってくる…」
「マスクの変人のくせにそんな乙女っぽい態度取らないでください!そろそろ僕の頭が処理不能でオーバーヒートしますから!」
カツラのジムにいるマグカルゴみたいになっちゃいますから!
「私はずっと自分にとっての王子様である純を見るだけで我慢していたからな。こうやって面と向かって話したり食事をしたりするなんて夢のようなんだ」
そう言いながら恥ずかしそうに笑う先輩は、マスクをつけているとは言え、正直ちょっとかわいかった。
で、でも、ちょっとだけだよ!?本当にちょっとだけなんだからね!!
「…まだ僕は先輩のことをどちらかと言えば不審人物と思っていますからね」
「構わないさ。私のことはこれから知っていってくれればいい」
そんな優しく微笑まれてもな…。謎過ぎるんだよなすべてが。
僕が今ダークマター先輩に関してわかっていること。
先輩は日常に起こる物事や、人の性格などのあらゆることを異能として見做してしまうこと。
僕のツッコミを受けると興奮して気持ち良くなってしまうこと。
以上。
…。
ゴリッゴリの変人じゃねえか!!!
「ただ、純は厄災も抱えているからな…」
「は?でぃざ…何て言いました?」
「厄災だ」
「…何それ」
「異能が人間にとってプラスに働くものに対し、厄災はマイナスに働くものだ」
「まあようは欠点てことですか?」
「身も蓋もないことを言うな!それに欠点と厄災では全然違う!厄災は…えーっと、なんだっけ。その…神が我々に与えし試練みたいなやつだ」
「みたいなやつとか言っちゃった!雑すぎますよ先輩」
「う、うるさい!まだ設定が固まってないんだ!でもまあ仕方ない。純のために分かり易く教えてやろう。あそこに髭を蓄えた白髪の男がいるだろう」
「はい、入るときにいた人ですよね」
「ああ。ヤツは長谷川と言う。ヤツも厄災を抱えていてな。ヤツの厄災は、『比較的すぐ足腰にくる』。毎日患部に湿布を張ることで今は何とか抑えているが、今後どうなるか…」
「そんなもん、ただのジジイの老化現象じゃねえか!!」
しかもなんだそのルビは。オジイチャンってカタカナにする必要あんのか。
「うっ…いい、いいぞ。痺れるぞ純…」
ダークマター先輩は少女のように頬を赤らませ、両腕をクロスさせて自分を抱きしめるような体制を取りながらニヤニヤしている。
「ちょっ…怖いわ!ツッコむたびにそんな震えられてもすっごい困りますよ!」
どうしてこうなった。そうだ、厄災だ厄災。結局何もわかってない。
「それで結局僕の厄災は…」
「そうだったな。純の厄災は『鈍感で女子を振り回す』だ。その恋愛に対しての鈍感さ故、周りの女子から向けられる好意に気付かず、ハーレムもしくは修羅場を作り出してしまうという厄災なのだが、自覚はあるか?」
「いえ、全く…。ていうか小学校以来、親しく話す女子なんて一人もいないですよ」
何故僕がこんな悲しい弁明をしなければいけないかは不明だ。
「そ、そうなのか。これは私にとってもチャンスだな…」
「何がチャンスなんですか?」
「純に彼女がいたら私は手の出しようがないだろう?流石に人の恋人を奪うほど野暮な人間ではない。その時は血の涙を流しながら別れるのを待つだろう」
「重いわ!!そこは諦めてくださいよ!」
「あっ!はぁん…」
「ぐっ、しまった。迂闊にもツッコんでしまった」
全くいちいちこれでは本当に会話にならん。
先輩は少しするとすぐに正気を取り戻した。どうやらツッコミの激しさによって先輩が興奮する度合いも変わるらしい。
「まあいい。どちらにしろ鈍感なのだから何か起きていたとしても自覚はないだろう。それにこの厄災はこれから強くなっていくのかもしれんしな」
「お嬢様、お待たせいたしました。ご注文のハンバーグステーキでございます」
「比較的すぐ足腰にくる」の厄災を持つ長谷川さんは、カートで運んできた料理を丁寧にテーブルに並べていく。
「食事が来たから取りあえず食べるか」
「そうですね」
僕らは会話を止め、しばし目の前の芳醇なデミグラスソースが香るハンバーグと向き合うことにした。