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後夜祭でもとんがる③

 宮島の知ったかぶりのため猛烈にどうでもいい時間を消費していると、時刻は午後五時になっていた。

 後夜祭は六時からで、僕は五時半までには宮島の参加を説得するように八戸に言われている。


「おっともう五時か。私は優衣を送って来なければ」


 時計を見た先輩は「よっこらしょ」と立ち上がった。姫様は五時半までには家に帰らなければならないということなので、今日はここでお別れだ。


「それでは私は優衣を家まで送ってくる。三十分前後で戻るからミスコンに出るかどうかは二人で決めておいてくれ」


「先輩、僕が行きますよ。先輩もお疲れでしょうし」


「何、心配するな。私はこれっぽっちも疲れていない。純は初めての文化祭で疲れただろうし、冴子も一日出ずっぱりで休む間もなかったはずだ。少しの間、部室でゆっくりしているといい」


 先輩はそう言い残し、宮島の「ち」から始まる名前クイズの最中に再び眠ってしまった姫様をおんぶして外に出ていった。


 料理の最中といい、今日の先輩なんか超かっこいいんだけど……。

 僕が行きますと言ったとはいえ、正直先輩の言う通り体力の限界が近かったのでお言葉に甘えることにした。我ながら情けない後輩だ。


「……それにしても長介とはね」


 宮島はまだ先ほどの名前が気になっているようだ。


「いや、審査員の話はもうどうでもいいわ。結局ミスコンはどうするんだ?」


「出ないわ。やる気も興味もない私が出たら本気でやっている人に失礼になるもの」


「やっぱり興味ないのか? 推薦で出るなんて名誉なことだし、昨日も今日も可愛い可愛いって大盛況だったじゃないか」


「そうなのかしら。私は人からそういう風に言われるのはあまり……」


 宮島は無表情のまま視線を下に落とした。


 宮島はクールビューティーを目指しているとか言っている割には他人からチヤホヤされるのはあまり好きではないらしい。

 確かに出し物の最中に同級生やら先輩後輩から可愛いとか美人とか言われていたが、興味無さそうにツーンと無表情で対応していた。あれは恥ずかしがっていたんじゃなくてそう言うことだったのか。

 女子は可愛いと言われれば嬉しいものだと勝手に思っていたが、誰しもがそういうわけじゃないんだな。


「そうか。宮島がそう言うなら断っておくよ。まあ宮島が出たらぶっちぎりで勝っちゃうしな」


 性格はぶっ壊れてしまっているが、宮島の容姿の整い具合は尋常じゃない。色白で瑞々しく美しい肌、大きくて綺麗な瞳。まさしく清純派の王道を行く外見をしている。

 スタイルは……まあ凹凸が少なく控えめではあるが、そんなことは問題にならないだろう。むしろ今のままが良いと言う人も多そうだ。

 そんな宮島がミスコンで圧勝するところを少し見てみたかった気もするが、本人が乗り気でないなら仕方がない。


「私が勝っちゃう……? 顔面で?」


 まあそうなんだけど、その顔面って言い方やめて。「ミスコンで?」でいいじゃん。


「いや、だって宮島より可愛い女子なんてうちの学校にはいない…………」


 と、言っている途中で僕は自分がとんでもないことを言っているのに気が付いた。


 …………。


 だあああああああ!!一体僕は何を口走っているんだ!それって宮島がうちの学校で一番可愛いって言ってるのと同じじゃないか。確かに宮島は可愛いけど、それを本人の目の前で面と向かって平然と……。キザ男か!石田純一か!パンツェッタ・ジローラモか!


「え…………風早くん。私……」


 宮島は信じられないと言った表情で僕の方を見つめながら、白い肌を林檎のように赤く染めた。


「ちょっ、今のはちがっ……。いや、違くはなくて確かに宮島はうちの学校で一番可愛いんだけど……ええい!僕は何を言っているんだ!とりあえずちょっと待った!」


「じゅ、純くんが……私を一番可愛いって…………!」


 宮島は心ここにあらずと言った様子で、うわ言のようにそう呟いた。

 そのままフラフラと歩き教室の端まで行くと、何を思ったか猛烈な勢いで自ら壁に頭を打ち付け始めた。


「絶対に嘘嘘嘘嘘嘘嘘うそぉぉーっ!!夢夢夢夢夢夢ゆめぇぇーーっ!!」


 宮島の大声と、ゴスッゴスッという鈍い音が教室内に響き渡る。ただでさえ普段からおかしな宮島がさらにぶっ壊れた。これはまずい。


「やめろ宮島!とりあえず落ち着け!」


「夢夢夢夢夢夢ゆめぇぇーーーーーっ!!淫夢は消え去れえええええええ!!」


 花も恥じらう女子高生が淫夢とか言うな。


 僕は頭を壁に打ち付けてドクドク流血している宮島を無理やり壁から引き剥がした。


「そうよ。これは夢なんだわ……。いつもしている妄想がついに夢でも出てくるようになったんだわ……」


 宮島は壁への頭突きはやめたものの、まだフワフワした様子だ。うつろな表情でフラフラと部室内を歩いていたかと思うと、急にぱたりと床に座り込んだ。


「おい!宮島ってば!とりあえずしっかりしろ!」


「あ、純くん……」


 純くんって……僕のことだよな?急に何で名字から下の名前で呼ぶようになったのかはわからんが、まずはこいつを正気にさせなくては。


「宮島、僕のことがわかるか?」


「当たり前でしょ? 十年以上前からずーっと知ってるよ」


 十年以上前……?僕と宮島が初めて会ったのは高一の四月だからまだ二年も経っていない。やはり純くんというのは僕じゃなくて別の誰かのことなのか?


「こ、これは夢なんだもん。ちょっとくらい大胆なことしても平気よね……。えい」


 ポツリとそう言った宮島は、少し体を起こし、しゃがんでいた僕の胸に倒れ込むように覆いかぶさった。

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