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後夜祭でもとんがる①

 二日目も料理研究部の出し物は超満員だった。前日のリピーターや口コミで知ったお客さんで溢れ帰り、今も部室の前には長蛇の列が出来ている。

 そんな状況なので二日目で仕事もかなり慣れてきたはずなのに忙しさは増すばかり。まあ一位を目指している僕たちにとっては嬉しい悲鳴ではあるが、これでは体がいくつあっても足りない。


「風早くん、さっきの追加したオーダーって通ってる?」


「さっきのオーダー?」


「一番テーブルのお客さんに椀物三つの……」


「だああああ!忘れてた!すまん宮島。すぐ準備するから」


 ああああああ!僕の大馬鹿!エテ公!ニホンザル!さっきも先輩にオーダー漏れは無いか?って確認してもらったのに!知能ゼロか!


「すいません先輩!椀物三つ追加なのに言い忘れて……」


「もう作ってあるぞ。こっちの洗い物は私がやっておくから純はこれを冴子のところに運んでくれ」


「せ、せんぱぁい……」


 先輩の優しさと自分の情けなさに涙が出そうになった。先輩のフォローが無ければオーダー漏れが多すぎて今頃クレームの嵐だろう。


 ちなみにダークマター先輩は猛烈に仕事が速い。平然とした顔で僕の五倍は働いている。さすが料亭の一人娘だ。


「純。ゆっくりでいいから落ち着いてやればいい。私がしっかりフォローする。さあ、あと十数分で休憩だ」


 先輩はそう言って僕に優しく微笑んだ。


 くそう。先輩が女神にしか見えない……。こうやって見るとこんなにも素敵な人なのに……!神よ。何故あなたは先輩にマスクを与え、変態にしてしまったのでしょうか。


「どうした純。私の顔に何かついているか?」


 先輩は返事をせずに先輩の顔を見たまま固まったいた僕を、きょとんとした顔で見つめ返した。


 ぐっ。やっぱりマスクをしてない先輩は美人だ。この人が僕のツッコミで興奮してクネクネするマスク女と同一人物なんて……。


 いやダメだ!今はそんなことを考えている場合じゃない!僕はとにかくこの目の前の仕事を終わらせなくては!


「何でもないです!ありがとうございます先輩。頑張ります!」


 僕は頭の中の考え事を振り払うように大声で返事をし、再び作業に戻った。



 そんなこんなで料理研究部の出し物はすべて終了した。料理の部もショーの部も、お客さんの笑顔が絶えない最高の出し物になったと自分でも思う。まあ僕は若干足手まといだったけどね!テヘペロ☆


「ふわぁー!さすがにゆいはもうくたくたじゃぁー」


 姫様はステージ衣装のまま控え室に置いてあるクッションに倒れ込んだ。今回の文化祭で一番の功労者は姫様と言っても過言ではない。それほど大車輪の活躍だった。


「お疲れ様でした姫様。最後まで可愛くて楽しくて最高のライブでしたよ!」


 正直に言って最初は姫様の可愛さを世間の下衆男共に知らしめてしまうのはもったいない気持ちでいっぱいだった。

 でも歌って踊る可愛い姫様が見れたからもう別にいいや。姫様に近づいてくる変な男がいた場合は家来である僕が責任をもって排除すればいいだけだし。


「そうであろうー。ゆいはがんばったからのぉー」


 姫様はクッションに顔を埋めたまま答えた。


「そうね。姫は本当によく頑張ったわ。一生懸命頑張る姫を見て、来たお客さんはみんな元気が出たんじゃないかしら」


 宮島も相当限界らしく、喋りながら覚束ない足取りでフラフラとさ迷い、ぶつかった壁にそのまま寄りかかった。


「うむ。冴子の言う通りだ。うちの部活の出し物が成功したのは優衣の功績が大きいな」


 一人だけいつもと変わらぬ様子で腕を組んで頷くダークマター先輩。

 ……なんであんただけピンピンしてるの?もしかして疲労が麻痺する黒魔術とか使ってる?


「もったいなきおことば……でございますぅー。……さえことだいまおうしゃまぁー」


 いつもならピシッとした姿勢で先輩の方を向き直って答える姫様だが、目を擦りながら今にも眠ってしまいそうな様子だ。よほど限界らしい。


「……じゅんいちー。つかれたからおんぶじゃぁー」


「はい。どうぞ、姫様」


 僕はクッションに突っ伏している姫様のそばに近寄り背中を差し出した。

 いや、決して僕がおんぶしたいわけじゃないよ?姫様がおんぶしてってせがむから仕方なくね。家来は主君の言うことを聞かなきゃいけないじゃないか。役得とは断じて思っていない!

 

 姫様は目を擦りながら器用に僕の背中をよじよじと登ってきた。ふぁー!可愛すぎるこの六歳!今天使が僕の背中を一生懸命登っているよ!


「くはぁー。やはりクッションよりもじゅんいちの背中じゃのぉ……。ゆいは、つかれたから……ね……」


 姫様の喋る声は徐々に小さくなり、途中から寝息へと変わった。背中からはすぅー、すぅーと規則正しく可愛い寝息が聞こえてくる。


「寝ちゃいました」


「風早くんの背中だと安心しちゃうのね」


 宮島は壁に体を預けきったまま、顔だけこちらを向けてそう言った。何、お前は壁とくっついちゃったの?


「優衣は純のことを完全に信頼しきっているんだな」


 やっぱりそうかなあ?僕と姫様の間には主君と家来を越えた誰にも邪魔することの出来ない固い絆が出来てしまっているのかなあ?


 と、その時。部室のドアをコンコンとノックする音がした。

 誰だこんな時に。もううちの部活の出し物は終わったぞ。僕はこれから姫様との絆を自分の中で再確認しようと思っていたのに。

 仕方がなく姫様をおぶったまま、部室のドアを開けた。


「はーい」


 ドアを開けた先にいたのは一人の男子生徒だった。こいつどこかで見たことある気がするな。んー誰だっけ。思い出せん。


「あ、いた。風早。ちょっといいか?」


 あ、思い出した。確か同じクラスの……。


二戸(にのへ)?」


「……八戸(はちのへ)だ」


 惜しい。数を六個間違えた。これと言って特徴のない男の八戸の腕には文化祭実行委員の腕章がついていた。へー。こいつ実行委員やっていたのか。全く知らんかった。

 僕は後ろ手で部室のドアを閉め、


「どうしたんだ? わざわざうちの部室まで」


 正直に言ってそこまで仲が良いわけでもない。クラスでもたまに話す程度だ。おそらく今日もクラスメイトとして来たというより、文化祭実行委員として来たんだろう。


「すごいな。お前んとこの部活。来場者の数ぶっちぎりだろ」


「僕たちの部活が一番本気だったからな」


「ライブも観させてもらったけど、いくら本気になっても普通あそこまでは出来ないと思うぞ」


 どうやら八戸もうちの出し物に来てくれていたらしい。僕は基本的には裏方だから気が付かなかった。


 本気でも普通はあそこまでできない、か。まあうちの部活は普通じゃないかな。普通から逸脱することを美徳としているくらいだ。


「僕以外の部員がすごいんだよ。正直に言って僕は足手まといだった」


「確かにすごかったな。ステージで歌っていた小っちゃい子」


 姫様のことか。やはり誰が見ても姫様は輝いているらしい。まあ姫様が素敵なのはお前が言わなくても古代から決まりきっている自然の摂理だけどな。

 ていうか八戸。もしかしてお前姫様のファンになってしまって、わざわざ部室まで会いに来たんじゃないだろうな。


「おい八戸。お前もしかしてうちの姫様に会いに来たのか? 百三十八億年早い。帰れ」


 ビックバンが起きる前からやり直して来い。


「いやいや、違うんだ。俺が来たのはあの女の子とのことじゃなくて……ていうか風早、お前その怖い顔やめてくれ」


「あーなんだ。姫様のことじゃないのか。良かった。必要の無い血を見るところだった」


「……お前そんなやつだったっけ」


「すまんすまん。ちょっとした冗談だ。それで?」


「まあいいか。いや、ちょっとお前にお願いがあって」


「え、僕に? 何だ?」


 意外にも八戸は僕に用があるということだった。僕が文化祭のためにこれ以上出来ることなんて一つもないんだけど。


「ここの部員でショーの司会をやってた子いるじゃん」


 ショーの司会?ああ。宮島のことか。今頃あいつなら控え室で壁とお友達になっているぞ。


「うん。あいつがどうかした?」


「あの子めちゃくちゃ可愛いよな。うちの学校の生徒なんだろ?」


 うちの学校というか僕たちと同じクラスなんだけど。


「んー……。まあそうだな」


 八戸からすると、クラスで一切表情を変えずにクールビューティーを貫いているメガネっ子と、薄化粧にキレイなステージ衣装を着て少し大人の女性の雰囲気を醸し出していた今日の宮島とでは結びつかないらしい。うーん、あれは宮島だと教えていいものかどうか。


「それで?」


 とりあえず宮島だということは伝えず、話の内容を聞いてみることにした。


 すると、八戸は顔の前で両手を合わせ、僕に向かってガバッと頭を下げた。 


「頼む風早!後夜祭のミスコンに出るようにお前からあの子を説得してくれ!」


 ……なるほど。そう来たか。

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