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文化祭と星空銀河⑧

「すみませんね。お待たせして」


 田中は死んだような顔をしてのそのそとこちらに歩み寄った。どうやら変わり身は精神的なストレスがかなりかかるらしい。


「……いや、構わんがすごい変わり身だな」


 さすがの先輩も少し引いていた。先輩はカツラとマスクをとると容姿は大きく変わるけど中身はあんまり変わらないもんな。そう考えると田中は真逆か。外見は変わってないのに中身はとんでもない変わりようだ。


「どっちが本性なのかしら」


「アイドルの顔をしている時の自分なんて反吐が出ますよ」


 田中は苦々しい顔で吐き捨てるように言った。そこまで嫌なのになんでアイドルしてるんだよお前は。


「先程の女子生徒がライブの最中に喉仏で五寸釘をと言っていたが、あれはどういうことだ?」


 どうやら先輩も僕と同じところが気になっていたらしい。純粋にどうやって釘を喉で受け止めるのかも気になる。


「いや、もう最近ライブとかどうでも良くなってきて、めちゃくちゃにするために勝手に色々やってるんですよ。突然カエルを丸飲みしたり、歌うのを放棄してテレビ観たり」


 ……ファンが聞いたら泣くぞそれ。五寸釘も演出じゃなくて勝手にやったのか。一体どういう発想しているんだよこいつ。


「ライブ中にカエルにテレビか……。無茶苦茶なヤツだな」


 訝しげな表情で田中マスオを見つめるダークマター先輩。確かに僕もそう思うけど、あんたがそれを言うのはおかしいから。


「でもそしたら今度は他のアイドルに無い独特なライブで面白いってなっちゃって……。本当に最悪です」


 本人の思惑とは裏腹に人気が出てしまったのか。行動が裏目に出るところが幸の薄そうな田中らしくはある。


「なるほどな。それにしてもまだうちの学校にこんなにとんがったヤツがいたとは」


 それは僕もずっと思っていた。こいつは完全な変人だ。僕たち料理研究部が求めているものに限りなく近い。


「そうですね。風早くんまでではないですが、完全に異常者ですね」


 宮島も先輩の意見に同調した。でもちょっと待ってね。僕はそんなに異常だった覚えが無いのだけれど。


「純はどう思う?」


「お二人の言う通り逸材だと思います」


 とんがった活動で普通人間を駆逐するという料理研究部のコンセプトにはピッタリな人間だと思う。

 先輩はおそらく田中を料理研究部に引き抜こうとしているのだろう。それには僕も賛成だ。まあ問題は本人が突然入部を打診されて入る気になるかどうかだが。


「ふむ。後は優衣の意見か。まあ優衣と私は意見が別れたことが無いから大方大丈夫だろう」


「あの、さっきから何の話を……」


 不安そうにこちらを見ていた田中マスオは堪えかねて先輩に話しかけた。しかし先輩はそんな相手の様子など一切気にせず、


「よし!そうと決まれば拉致だ!」


 マントをはためかせて田中マスオを指差し、高らかに叫んだ。

 さっすがダークマター先輩!本人の意向など完全に無視!拉致だってさ☆


「冴子!」


 名前を呼ばれた宮島は「はい」と無機質に返事をし、目にもまらぬスピードで田中マスオの背後に回った。


「な、なっ……!」


 そしてそのまま何が起きたのか分からずに狼狽えている田中を後ろから羽交い締めにした。


「ごめんなさいね。でも暴れても無駄よ」


 自分より二十センチ以上小さい女子に動きを封じられた田中はバタバタと足をバタつかせて逃れようとしたが、全く身動きが取れてないない。

 ごめんな田中。お前の背後にいる女の子、そんな華奢な体をしているが、実は人をビンタ一撃で気絶させるヒグマみたいな女子なんだ。


「よし、いいぞ冴子。そのままだ」


 ダークマター先輩は身動きの封じられた田中に向かってジリジリと一歩ずつ歩み寄った。

 一体何をするつもりだろうか。拉致と言っていたから田中を無理矢理部室かどこかに連れていくのは間違いなさそうだが。


「さて。一般人に使うのは久しぶりだな」


 先輩は独り言のようにそう呟き、マントの内側から白い蝋燭とマッチを取り出した。

 そして田中の前で手慣れた手つきでマッチを擦り、蝋燭に火をつける。


「田中、この蝋燭の炎の先端をよーく見るんだ」


「え、あ……ひぃっ……!」


 田中は訳のわからぬ状況に完全に怯えてしまっている。そりゃそうだ。僕ですら今何が起きているのかわからない。何これ。おまじない?


「いいか? じーっと見つめているんだぞ……」


 先輩はそう言った数秒後、持っていた蝋燭の炎をふっと吹き消した。そして炎が消えると同時に田中は目を閉じ、だらーんと力無く頭を垂れた。


「気絶しました」


 宮島はしれっと当たり前のことのように言った。

 え……。田中が急に気絶しちゃったんだけど。今先輩は田中に何かしていたのか? え、もしかしてあの蝋燭の火で? …………ひ、ひょっとして僕は今見てはいけないものを見てしまっているのではないだろうか。

 体から完全に力が抜けきり、宮島に体を預けている田中マスオを見て不安は一層増幅する。

 

「えーっと、今のは何を…………」


 恐る恐る聞く僕に先輩はあっけらかんと答えた。


「え、何って黒魔術だけど」


 あーそっか☆今のが黒魔術かぁー。そう言えば僕は実際に見るのは初めてだったなぁー♪良かったー。黒魔術だったら怖いことなんて一つも…………。


 …………。


 …………。


「怖えええぇぇぇ!!うちの部活怖えええぇぇぇっ!!何その当たり前っぽい感じ!え、黒魔術!? 何それ。一般人が使えるものなの!? こんな気軽に使っちゃっていいやつなの!?」


「純、あんまり騒ぐな。田中が起きては困るだろう」 


「そうよ風早くん。それに周りに気が付かれても困るわ。面倒になる前に先に運んでしまいましょう」


 なんであんたたちはそんなに冷静なんだよ!僕は思考が状況に全く追い付いていないんだけど。


 えーっと先輩は金髪のカツラにマスクを付けて登校している変人だけど本当は美人料理人で更に黒魔術が使える危ない人と言うことか……。

 何個キャラ乗っかるんだよ!お腹一杯だわ!もはや多重人格だわそれ!


 まだまだツッコミ足りない僕だったが、先輩と宮島に田中マスオを担ぐように促され、仕方なく田中を部室まで運んだ。

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