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文化祭と星空銀河⑦

 その後、三人で宮島が引っ掛かった罠を片付けて部室に戻った。文化祭開始まではまだ二時間近くあり、再度作戦会議に入る。

 宮島が無事で良かったとはいえ、僕たちが星空銀河と接触する手立てを失ったのもまた事実だ。昨日みたいに偶然出くわすことは無いだろうしどうしたもんか。


「昨日純が会った時はどこにいたんだ?」


「一、二年の校舎の三階です」


 僕が星空銀河と遭遇したのはいつも使っている校舎の三階で、確かコンピュータ室の辺りだったはずだ。


「ふむ。ヤツはどうしてそんなところにいたんだろうな」


「さあ。星空銀河のクラスは一階ですし、確かに不自然ですね」


 二年の教室は二階までだし、星空銀河のクラスは一階だ。特に用事もないのに行く場所とは思えない。コンピュータ室に用事があったのか、それとも別の教室に用事があったのか。


「とりあえず行ってみましょうか。今日もいるとは限りませんが、何もしないよりはいいはずです。それにその三階が出現しやすいポイントなのかもしれません」


 出現しやすいポイントって。はぐれメタルかあいつは。

 宮島はゲームに対する欲望は収まったようで、今は綺麗な姿勢で椅子に座り、いつも通りの無表情を貫いている。


「それもそうだな。とりあえず三人で行ってみるか」



「三階に着いたけれど、あれは何かしら」


 宮島は廊下の隅にある黒いオーラを放っている禍々しい物体を指差した。

 残念ながらあれが今をときめくアイドル、星空銀河さんです。


「良く見ると男子生徒のようだな。体育座りをしているようだが、頭が地面にのめり込みそうなくらい項垂れている。もしかしてあれか?」


 はい、あれが今をときめくアイドル、星空銀河さんです。

 結局同じところにいるのかよ。しかも昨日と全く同じ場所に同じ体勢。わざわざ朝早くから学校に来て何をしているんだこいつは。


「おそらくあの男が星空銀河です。どうします? 話しかけてみますか?」


「まあそれしかないだろうな」


 ダークマター先輩はそう言うと、項垂れている星空銀河の元まで歩みより、ポンポンと肩を叩いた。


「すまない。突然で申し訳ないがちょっといいか?」


「なななななんだい? 急に」


 急に話し掛けられたことに驚いたのか、ものすごい狼狽えっぷりだ。どうやらアイドルのスイッチを切って油断していたらしい。


「あ!ファンの子が来てくれたのかな?」


「私が? 貴様のファンなわけないだろう。笑わせるな」


 真顔でそう言うダークマター先輩に星空銀河は表情をひきつらせた。

 ダークマター先輩!オブラートに包んで!さすがに失礼だから!


「えっと……あ……じゃあ君かい?」


「…………風早くん。この豚男は何を言っているの?」


 宮島!その人大手事務所のアイドルだから!ファンじゃないとしても豚男はダメ!


「ひ、ひどい……2ちゃんねるでもそこまで言われたことないのに」


 星空銀河は悲しそうな顔になり、再び項垂れてしまった。

 何て言うかうちの女性陣がホントすいません……。


「グズグズ言ってないで顔を上げろ。映画の時のスネ夫かお前は」


 初対面の人間に例えツッコミをするな。しかもそれ旧ドラえもんの話だから。最近はあいつそうでもないから。


「ううっ……ファンじゃなかったら何の用なんですか」


「まずお前のそのふざけた名前は何だ」


 そこから聞いて行くのか。放っておいてやればいいのに。どうせ芸名だろう。


「いや、事務所が付けた名前で……」


「なんだ。本名じゃないのか」


「そりゃそうですよ。こんなお笑い芸人みたいな名前」


 それどっかの誰かも言っていたなあ。ていうか自分でも思っているのか、お笑い芸人みたいな名前だって。


「で、本名は?」


「田中マスオです」


「嘘をつけ。サザエさんかお前は」


「え!? いや、嘘じゃないです。ほら、生徒証にも」


 星空銀河は制服の胸ポケットから生徒証を取りだしこちらに向けた。

 確かに書いてある。田中益雄。どうやら本当らしい。たしかにアイドルの名前がマスオは嫌だわ。そりゃあ芸名付けるわ。


「まあいい。田中、貴様はこの文化祭がコンテストになっていることを知っているか?」


「コンテスト……?いえ、全く」


「この文化祭は学生の出し物を競うコンテストにもなっており、各学級や部活が一生懸命やっているわけだが」


「はい。それと僕の何が……」


「現在のぶっちぎりの一位は貴様のライブだ。プロが部外者を呼び込んで一位をかっさらうんじゃない」


「そんなこと言われても、俺は校長の命令で……」


「校長?」


「はい。出席日数と引き換えにライブをやれと」


「ふむ。あの下衆の考えそうなことだな」


「俺だって本当はライブなんてやりたくな……あ、ごめんなさい。ちょっといいですか?」


 星空銀河こと田中マスオは急にパッと立ち上がり、窓際にポーズを決めて寄りかかった。何だこいつ急に……。


「キャーッ!あれ、星空銀河さんじゃない!?」


 声の方を振り返ると、女子生徒三名がこちらに向かって歩いてきていた。田中マスオはいち早く気配を察知し、イケメンポーズをとったらしい。昨日もそうだったがすごい変わり身の速さだ。

 窓際でポーズをとっていた田中マスオは瞬く間に女子生徒に囲まれた。


「えーっと星空銀河さんですよね?」


 本名は田中マスオだけどな。


「そうさ。君たちは?」


「わ、私たち、星空銀河さんの大ファンなんです!あ、あの。今何をしていらしたんですか?」


 そう言われた田中マスオは物憂げに窓の外を見渡した。


「カブトムシの歌声を、聴いていたのさ」


「「「キャーッ!」」」


 待て待て待てお前ら。キャーじゃねえわ。全くピンと来ねえわ。まずカブトムシ鳴かないし。


「昨日のライブも最高でした!」


「すごかったよね!特に五寸釘を喉仏で受け止めるやつ!」


 の、喉仏に五寸釘……!?アイドルのライブのどこにそんな要素をぶちこめるというんだ!?


「ふふふ。素人は真似しちゃいけないよ?」


 そりゃそうだろうなあ!こいつ、ちょっとした変人とはレベルが違うぞ。もしかしたらダークマター先輩に匹敵するほどの……。


「今日のライブも頑張ってください!」


「どうもありがとう。是非観に来て欲しいな。それじゃあ僕はこれから打ち合わせがあるから」


 田中マスオがそう言うと、女子軍団はキャッキャ話ながら何処かへと消えていった。その様子を見送り、田中はクルっとこっちを向いた。


「はー疲れた。……で、すいません。何でしたっけ」


 振り返った田中はどよーんと疲れきった顔をしていた。

 ……こいつもこいつで大変そうだな。僕は心の中で田中マスオに同情した。

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