文化祭と星空銀河⑥
そんなこんなで翌日の朝。今日も好天で相変わらずの文化祭日和だ。
昨日の解散時、ダークマター先輩に「星空銀河を陥れるために朝の八時に集合」と言われ、先ほど料理研究部の部室にやってきた。そんで今現在部室に来ているのは僕と先輩の二人だけ。先輩は黒いマントに金髪マスクのスタイルで、今日は料理人の服装はまだしていない。
「結局爆弾は仕掛けないんですか?」
「ああ。昨日の夜からでは爆弾屋がすでに閉まっていて準備が出来なくてな」
どこまで本気で言っているんだこの人は。まず爆弾屋って何その怖い店。日本に存在するの?しかも準備できたら爆破するつもりだったのかよ。
「冴子は?」
そう言えば宮島はまだ来ていなかった。部活の時は大抵僕より早く来ていて文庫本を無表情で読んでいるのがお決まりなのだが、今日はどうしたんだろうか。
「来てませんね。あいつが遅刻なんて珍しいですね」
「そうだな。少し心配だが……仕方がない。先に行くか」
「一応ラインしておきますね」
「ああ。すまんが頼む」
「おはよー。集合時間過ぎたけど何かあった?」と宮島に送信した。これで時間を勘違いしているだけとかならすぐ返信がくるだろう。
「オッケーです」
「既読は?」
先輩も宮島が少し心配な様子だ。それくらいあいつが遅刻をするのは珍しい。
「ついてないですね。もしかしたらまだ寝ているのかもしれないです」
「まあ一時間経っても連絡が来なければ電話しよう。では行くか」
先輩に促されて部室を出た。階段を降りて昇降口へと向かう。
「ちなみにどこに向かっているんですか?」
「昨日の夜、私が仕掛けた罠のところだ。星空銀河を捕らえるために深夜に校内に忍び込んでわざわざ仕掛けておいた」
相変わらず悪いことをする時には溌剌とした顔をするなあ。マスクをしている状態でも良くわかる。この人のこの間違った方向への熱量をもっと別のことに活かせないのだろうか。
「どんな罠なんです?」
「古典的なカゴ罠だ。星空銀河用に用意したエサに触れると木の上にあるカゴが落ちてくる」
そんな簡単な仕組みの罠に高校生が引っ掛かるのかと言いたいところだが、僕自身が入部した当初に四回も引っ掛かっているので何も言えない。トラバサミの時は痛かったなあ……。
「星空銀河用のエサ?」
「昨日帰りに純が言っていただろ。星空銀河は文化祭をサボって家でゲームがしたいと言っていたと」
「はい。確かにそうでした」
星空銀河は見た目は爽やかなアイドルだが、本性は家でゼルダをするために芸術ホールを爆破する計画を立てる狂人だった。
その後部室でダークマター先輩も全く同じ計画を思い付いていたので、今回の勝負はサイコパス対決といったところか。
「そこで昨日、電気屋で先週発売されたばかりの最新のハードとゲームソフトを買い、学校の中庭で出来るように設置しておいた。ゲームをやろうとコントローラーを握った瞬間にスイッチが作動し、上からカゴが降ってくる」
「……猛烈に不自然ですね。その罠」
学校の中庭に突然最新ゲームが出来るセットが置かれているって怪しすぎるだろ。やっぱり引っ掛かるのか不安になってきたな。
「まあなんとかなるだろ。純に仕掛けた時なんてバナナだぞ? 純が神妙な顔でキョロキョロと辺りを見回してから拾った時には笑ったなあ」
先輩はお腹を押さえながら心底可笑しなことのように「くくくくっ」と苦しそうに笑った。
「恥ずかしいいいいい!言わないでそれ!」
確かに今考えると何であの不自然なバナナを拾ったんだろう。空腹時のマウンテンゴリラか僕は。
「それに比べると今回は相手の興味のあるものだからな。しかも星空銀河が今日は朝から学校に来るということ、登下校の際にはいつも中庭を通るということは調査済みだ」
昨日の今日でそこまで調べたのか。本当に勝つためには手段を選ばない人だな。
そんなこんな話しながら歩いているうちに中庭に到着した。星空銀河が罠に引っ掛かり、ゲームのコントローラーに触れていればカゴが降りている状態というわけだが……。
「カゴ、降りてますね」
机ごとすっぽり包み込める大きさの巨大なカゴが、ドーンと中庭に置かれていた。罠のスイッチが作動し、上から降ってきたものだと思われる。
「ああ。どうやら成功のようだな」
先輩は腕を組みながら「ふふん」と得意気な様子だ。
「ただ一つ気になるんですけど、これって星空銀河以外の普通の生徒が引っ掛かっている可能性もありませんか」
「まあほとんど有り得ないな」
「え、どうしてですか?」
「余程の変人じゃない限り、中庭に不自然に設置したゲームをやろうなんて思わないだろう。普通の生徒は避けて通るだろうな」
確かに一理ある。普通の人間は設置されたゲームを見て「何あれ」と思いはするだろうが、実際に触ったりはしなそうだ。それに引き換え、星空銀河は言うまでなく変人。引っ掛かる可能性は十分にありそうだ。
あとは引っ掛かる可能性があるとしたらいつも中庭の掃除をしている用務員のおじさんか。どうか後者ではありませんように。
カゴの目の前まで行き、先輩はカゴを吊っていたロープに手をかけた。
「では早速上げてみるか」
「このカゴってどうやって上げるんです?」
「このロープを下に引いてくだけだ。木の上に滑車がついているから下向きの力で持ち上がる」
なるほど。作りもしっかりしている。ていうかどうしてこの人はこんな罠に関するスキルが高いのだろう。高校生がイタズラで作る罠のレベルからは完全に逸脱しているだろ。
「純。ぼーっとしていないで引き上げるのを手伝ってくれ」
「あ、はい!すいません」
先輩に促されて力を込めてロープを引いた。するとカゴが少しずつ持ち上がり、中からゲーム機の設置された机とそこに座った人が徐々に見え始めた。
足元はローファーで紺色の靴下に…………。
と、そこまで見た瞬間に思った。あ、ダメだ。罠は失敗だ。罠に引っ掛かったのは用務員のおじさんではなかったが、星空銀河でもない。だってスカートだもの。女子確定。
きっとうちの学校に偶然いたゲーム好きの変人女子がゲームに触ってしまったのだろう。完全に部外者を巻き込んでしまった。これは誠意のある謝罪をしないと……。
さらにロープを引っ張ると、上半身も見えてきた。ピシッと学校指定の制服を着崩すことなく着用している。自己主張控えめな胸部に雪のように綺麗な肌。そして黒ぶちの眼鏡…………っておい。
「…………こんなところにいたのか」
罠から出てきた女子生徒に僕が声をかけると、その女子生徒は恥ずかしそうに顔を赤らめ口を開いた。
「ふ、不覚だったわ」
「……とりあえずおはよう宮島」
お前が引っ掛かってどうする。遅刻かと思ったが、どうやらちゃんと学校には来ていたらしい。
「そうか、冴子もゲーム好きだったな。予め罠の存在を知らせておくべきだったか」
「申し訳ありません。おそらく星空銀河用の罠だったんですよね。それなのに私、このゲームを見たらテンションが上がって飛び付いてしまって……」
宮島は申し訳なさそうに俯いた。先輩が作った罠を台無しにしてしまったことにショックを受けているようだ。
「いや、こちらこそすまなかった。狭いところに閉じ込めてしまって」
確かにこの狭いカゴの中に閉じ込められたらパニックになりそうだ。しかも宮島は女の子だし恐怖に震えていたかもしれない。
「いえ、そこはゲームをして二人が来るのを待っていたので大丈夫です。あともう少しで中ボスまで行けたんですが」
宮島は悔しそうな顔で言った。どうやら宮島はカゴの中でもゲームを満喫していたらしく、僕たちにまだ来てほしくなかったようだ。正気かこのゲーマー眼鏡。
「とにかく一旦部室に戻りましょう。宮島も無事でしたし三人で次の作戦を決めないと」
「それもそうだな」
「え、あ……。ゲームは……」
まだやる気かお前は。学校だぞここ。
その後、後ろ髪引かれまくりの宮島を引きずり、なんとか三人で部室に戻った。さて、罠が無くなった今、どうやって星空銀河とコンタクトをとるか。




