文化祭と星空銀河④
ベロ祭一日目が終了し、現在は午後六時半。学校には片付けや翌日の準備のために七時まで残ることが許されている。僕たちは今日の片付けも明日の準備も終わらせて、文化祭実行委員に活動終了の報告に行った宮島を待っている。
それにしても激動の一日だった。
料理パートの時間は先輩の盛り付けた料理をひたすら運んだ。改めて実感したが、ダークマター先輩はとんでもない人間だ。やはり小学生の頃から料理人の修行を積んでいた人間はレベルが違う。
料理の準備を始める直前。僕と先輩は料理研究部の部室の奥にある調理室に二人で入った。中に入ると先輩は作務衣の袖をたすき掛けで捲り上げ、マスクとカツラを外した。
あ、やっぱり料理の時はさすがにマスクとカツラは取るんだ。
久しぶりの先輩の素顔に、僕は思わず目を奪われた。凛として爽やかさを感じさせるその風貌は正しく美人料理人そのものだ。
「どうした? 純」
僕の視線に気が付いた先輩と目が合い、気恥ずかしさから思わず顔を背けた。先輩は目を丸くし、不思議そうな顔でこちらを見ている。
「あ、いえ。すいません。久しぶりにマスクを外した先輩を見たもので……」
「そ、そう言えばそうだな。いやー気が付かなかった」
「料理をする時はいつも外すんですか?」
「ああ。そもそも仕事の時は着用を禁じられているから」
先輩は「さあ、早速取り掛かるか」と右腕をグルグル回しながら料理の準備を始めた。
僕の三倍以上の量の仕事を自らに課していた先輩だが、忙しい素振りも見せずに涼しい顔で仕事をこなした。
しかも、ただクールに仕事をこなすだけではない。とにかく仕事ぶりに余裕がある。
僕が忙しさにテンパって右往左往している時、先輩は後ろから僕の背後に忍び寄った。すると急に僕に抱きつき、体をくすぐりながら耳元で囁いた。
「純。リラックスだ。とりあえず笑え」
「ぎゃはははは先輩やめっ……やめて」
このクソ忙しいのに何を考えているんだこの変態は。ていうか抱きつきながらくすぐるから先程から柔らかい二つのものが僕の背中に当たっている。な、なんて柔らかさだ。この天然ハレンチ製造機め!けしからん。けしからんぞ!いい意味で!
「ぐふふふふ。いーや、ダメだ。まだまだ表情が固いぞ? む、そうだ。これで肩の力も抜けるだろう」
先輩はそう言うと僕の左耳にふーっと優しく息を吹き掛けた。
「ひいいいいイイイイィィ!」
肩の力どころか全身の力が抜けるわ!一体僕をどうしたいんだこの人は。
「せ、先輩。もう大丈夫です。勘弁してください……」
「なんだ。もうおしまいか? せっかく二人きりなのに」
「二人っきりだから余計ダメです!」
この人と二人でいると本当に身が持たないと言うこと再認識した。
とは言えこの変態行為のおかげでかなりリラックス出来たし(問題発言の気もするが……)、テンパるともう一度抱きつかれてくすぐられるという緊張感もあり、その後はミスなく仕事を進めることができた。
この調子で行けば、明日の料理パートは無事にこなすことが出来るだろう。
次に姫様のショーのパートだが、こちらに関してはスタッフだということを忘れて心を奪われ(三回とも)、気が付いたら六時になっていた。
言えることは二つ。姫様天使すぎ。宮島豚人間罵るの上手すぎ。以上。
お客さんの反応もとても良かったし、今日と同じショーを提供出来れば明日も満員間違いなしだろう。
ただ一つ問題がある。それは姫様と宮島の体調だ。料理パートだけ忙しかった僕ですら体にはかなりの疲労感が残っている。家の布団に体を埋めたらすぐにでも眠ってしまうだろう。
その上姫様と宮島は一日中でずっぱりだ。特に姫様はショーの主役で歌も歌わなくてはいけない。しかもまだ六歳。かなり体に疲労が溜まっているだろう。今現在は部室に敷かれた布団ですやすやと幸せそうに眠っており、体調が悪い様子もない。何とかこのまま元気良く二日目も乗り越えてほしい。
「お疲れ様です。戻りました」
部室のドアが開く音と共に、宮島が中に入ってきた。無表情の中にも少し疲労の色が見える。
「お疲れ宮島」
「冴子、ありがとうな。中間発表はもう出ていたか?」
文化祭でもっとも優れた出し物を決める「ベロニカより愛を込めて賞」の投票はすべてネットで行っているため、当日分の集計はその日に出る。そのため、一日の終了時点で中間発表があると言うことだった。
「はい。出ていました」
あれだけ大勢のお客さんが来ていたし、一位であってもおかしくないと正直思う。だけど宮島の表情は無表情と言うより少し暗いものだった。
「どうだった?」
「……三○八票で二位です。一位とはかなり差があります」
あれだけの大盛況で二位……か。悔しいと言う気持ちより、どうして?なんで?と言う純粋な疑問が湧いてくる。うちの出し物に大差をつけて一位をとるってどんな出し物をやったんだ一体。
「あれだけ沢山お客さんが来てくれていたのにか……。い、一位は、一位はどこなんだ?」
「星空銀河です。四六七票ですね」
そうか。星空銀河か。現役アイドルがライブをやっているんだった。それにしても一日一度のライブで票を根刮ぎ持っていくなんて……。
「純が言っていたあのアイドルか……。くっ。迂闊だったな」
「元々のファンが星空銀河目当てで文化祭に来ているのもそうですが、初めてライブを見た人も絶賛しているみたいです」
そう言いながら宮島はスマートフォンの液晶をこちらに向けた。するとベロニカ高校の生徒と思われる人物が「風早銀河のライブ、初めて見たけどマジやばいwいい意味で狂ってるww」とツイートしていた。
「ただのアイドルのライブじゃなさそうだな」
いい意味であっても狂っているアイドルのライブは存在しないだろう。余程特殊なことをしているに違いない。
「このままだと負けますね」
「そうね。何か策を考えないと」
僕たちの目標はあくまでも頂点だ。二位のままでいいはずがない。
「仕方がない。反則スレスレにはなるが、あの手を使うか」
ダークマター先輩は思わせ振りな口調でそう言い、立ち上がった。果たして逆転の手だてなどあるのだろうか。




