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文化祭と星空銀河③

 第一理科室での着替えを終え、部室に戻った。姫様は家来の久しぶりの和装が心底お気にめしたようで、パアッと目を輝かせながら僕の周囲をピョンピョン跳び跳ねている。


「じゅんいちじゅんいち!似合っておるぞ!さすがはゆいのけらいじゃ♪」


「ありがとうございます。宮島にお礼を言わないといけないですね」


「いいわ、別にお礼なんて。お寿司で」


 ガッツリ求めてんじゃねえか。お寿司は素敵なお礼の代名詞だわ。


「……回ってるやつな」


 まあいいか。宮島には助けられることも多い。そう言えばこの間服を選んでもらったお礼もしていない。


「え、いいの?」


「宮島には世話になってるしな。部活後でも休みの日でも行きたいときにいつでも言ってくれ」


「だ、男子に二言なしだからね」


「ああ。約束する」


 僕の言葉に宮島は無表情のまま小さくガッツポーズをした。意外と表情以外の喜怒哀楽はわかりやすいんだよなあ。


「私は純の着物姿は今日初めて見るが、確かに似合っているな。まさに馬子にも衣装か」


 待て。馬子にも衣装だとむしろ失礼だわ。どう考えても誤用だろ。


「いや先輩、それは今使うことわざではありません」


「違うのか!?」


「どちらかというと悪い意味で使う言葉ですから。たしか『どんな人間でも身なりを整えれば良く見える』みたいな意味ですよ」


「ああ、なんだ。あってるじゃないか」


「おいィィイイ!意味わかってて言っていたのかよ!酷くないそれ? 何、僕普段そんなみすぼらしい?」


「っぐう……!はぁぁん……」


 先輩は悶えながら体を捩らせ、マスクをしててもわかるほどの怪しい笑いを浮かべた。そして「ぐふふふふふ。計算通り」と気味の悪いことを呟いている。

 ちっ。変人め。まんまとはめられた。ことわざの誤用がツッコまれるための布石だったとは。


「この後は純と二人っきりで料理の準備か……ぐふふふ。これは体がいくつあっても足りんな」


 おい変態。準備の最中に僕に何をさせるつもりだ。真面目にやれ、真面目に。

 変態の性的興奮のためにこれ以上時間を割くわけにもいかないので、とりあえず無理矢理別の話題に逸らすことにした。


「あ、そうだ。なんかうちの学校にいる芸能人が文化祭でライブをするみたいですよ」


「芸能人? うちの学校に芸能人がいるのか?」


「ええ。星空銀河って言うらしいです」


「星空銀河? 何だそのふざけた名前は。お笑い芸人か?」


 ダークマター先輩は訝しげな表情を浮かべた。いや、星空銀河もあなたにだけは言われたくないと思う。


「詳しくは知らないですけどうちの学校にいるアイドルみたいです」


「アイドル? 女の子なの?」


 首を傾げる宮島。どうやら宮島も知らないらしい。


「いや、男のアイドルだ。僕たちの隣のクラスみたいだぞ。宮島見たことないか?」


「……自分のクラスのことも何も知らないのに、隣のクラスのことを私が知っているわけ無いじゃない」


 確かにそうだろうけど自信満々に言うな。


「で、その星空なんちゃらのライブかどうしたんだ?」


「現役のアイドルがライブをするとなると、うちの部のかなりのライバルになるかと思いまして」


 当の本人は全くやる気が無いみたいだったけど。ああいうやつはあんな態度で本番はちゃんとやったりするからな。


「まあ大丈夫だろ。うちは優衣が歌うんだし料理も磐石だ。そのふざけた名前のやつに負けるとは思えん」


「そうですね。気にしたって仕方ないですしね」


 気にしたところで相手のパフォーマンスが落ちるわけでもないし、今さら焦って何か変えたところで逆効果か。ここはどっしり構えて自分達の出来ることをするしかないな。



 そんなこんなでついにベロ祭も開幕し、現在午前十時。料理研究部の部室では一回目のショーが行われる時間だ。


 ショーの前の料理タイムは早速の大盛況だった。

 まずは姫様と宮島の呼び込みがとにかく良かった。部室前ではキャーキャー黄色い声援がひっきりなしに聞こえた。二人はまだショーをやっていないのに早速ファンを作ったようで、姫様や宮島目当てで入ってきたお客さんが、ダークマター先輩の料理を口にして腰を抜かすという理想の流れが出来た。

 やはり料理の味は誰の口にも感動を呼ぶようで、瞬く間に友達間のLINEで拡散され、開始から三十分で捌ききれない程の列が出来てしまった。

 粘りに粘ってショーの準備に入るギリギリまで料理を提供したが、それでも全員には提供が出来なかった。仕方がないので時間内に入れなかったお客さんにはショーの後に優先的に入れる整理券を配って対応し、今に至る。


 それにしてもなんつー忙しさだ。腕二本じゃ足りねーわ。アシュラマンが持ってた死んだ超人の腕を奪える能力無いとキツいわこれ。

 そんで姫様のショーにもとんでもない人数が来ている。一旦机をすべて端に寄せ、部室内には八十人近く入れるスペースを確保したのだが、すでに押しくらまんじゅう状態だ。部室の外からでもいいから聴きたいという人までいて、総勢百人以上。第一部から完全に満員御礼である。


「本日はお越しいただき誠にありがとうございます。まもなく開演いたしますので少々お待ちください。この豚」


 控え室の方からマイクで丁寧なアナウンスと最後におまけの罵声が聞こえてきた。こらこら宮島さん。まだフライングだぞ。


 多少客席がざわついた後、二分後くらいだろうか。教室の電気が落とされ、ステージの照明がついた。


 ライブの始まりの合図だ。


 さあ豚共、存分に味わうがいい。可愛い生物人間代表の圧倒的な癒しを!


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