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文化祭と星空銀河②

 第一理科室へと向かう途中、校内の文化祭ムードが高まっていることに気が付く。教室にはカラフルな装飾が施され、各教室の前の廊下には準備で忙しそうにする学生が何人も目に入る。廊下の壁には各出し物のポスターがところせましと貼られており、文化祭がいよいよ始まるという高揚感に拍車をかける。


 すたこらと歩を進めていると、掲示されている中で一際輝くポスターに目が奪われ足が止まった。

 貼られているポスターを見ると、そこには男の僕でもハッとしてしまうほどの端正な顔立ちの男性が写っていた。誰だこれ?芸能人か?

 更によく確認すると、ポスターの内容は二年A組でジョリーヌ事務所所属の現役アイドルでもある星空銀河(ほしぞらぎんが)によるライブが両日とも午後三時から芸術ホールで行われるというものだった。


 へえ。うちの学校に現役のアイドルがいるのか。しかも隣のクラスじゃん。全然知らなかった。ジョリーヌ事務所って言ったら僕だって知ってる男性アイドル事務所の最大手だ。

 それにしても随分整った顔立ちだな。正しく眉目秀麗ってやつだ。とても僕と同じ人間とは思えない。こんなに目立つ容姿をした人間が隣のクラスにいてよく気が付かなかったなと一瞬思ったが、つい数ヵ月前まで学内に金髪マスクの変人がいることにも気が付かなかったんだ。僕はあまり他人に興味がない人間なのかもしれない。

 ま、いずれにせよアイドルが校内にいようといまいと僕には関係ないか。男のアイドルなんてクツワムシの生態くらい興味がないし。どうせ知り合うこともないだろう。


 再び歩き始め、第一理科室へと向かう。階段を上り、曲がろうとしたその時、何やら禍々しいものが僕の目に飛び込んできた。


 黒い空気を纏ったおぞましい物体に思わず身を隠す。曲がり角の壁から顔だけ出し、目を凝らして様子を伺うと、黒い空気を纏った物体は体育座りで下を向いている男子生徒だということがわかった。


 て言うかこいつはさっきのポスターの。おい、もう会うのかよ。存在を知ってからのエンカウントが早すぎだろ。何だこの予定調和な流れは。「○○って五秒で即○○」シリーズか。これが小説だったら厳しい読者にダメ出しを喰らうぞ。


「はあ……。どうせライブ誰も来ないんだろうなあ。来て八人。いや、五人くらいかもなあ。いやむしろ五人来たら御の字だわ。客席見たら母さんとマネージャーだけだったらどうしよう。ああ、やりたくない。家でカルピス飲みながらゼルダしたい」


 星空銀河は黒い空気を放ち、体育座りをしながら独り言を呟いている。先程のポスターから溢れ出ていた爽やかなアイドルオーラが微塵も感じられない。

 確かに容姿は先程のポスターと同じだ。目鼻立ちが整っていて、少し垂れ目がちな目が優しそうな印象を感じさせる。しかし、その身体からは何とも言い難い負のオーラが溢れ出してしまっている。


「学校の芸術ホールに爆弾でもしかけようかな」


 それに加えて何やら物騒なことを言い出した。やめろ。ゼルダをやるために事件を起こすな。


「だいたいなんで俺がボランティアでライブなんかしなきゃいけないんだよ。あのクソ教頭。出席日数をエサに面倒なことを頼みやがって」


 星空銀河の独り言は止まらなかった。舌打ちをしながら吐き捨てる姿は最早アイドルでもなんでもない。もしかして僕は見てはいけないものを見ているのではないだろうか。今もやつは鼻毛を引き抜きながら涙を流している。美男子にも生えるんだ、鼻毛。


「ねえ、あの人。そうじゃない?」


 声がする方をパッと向くと、僕がいるのとは反対方向の廊下から女子が二人、ヒソヒソと耳打ちをしながら歩いてきた。どうやら星空銀河に気が付いたようだ。


「やっぱりそうだよ!キャーッ!ほ、星空銀河さんですよね!?」


 でもこいつは今アイドルオーラなんか皆無の魚の臓物みたいな毒々しい雰囲気を纏っている。いくらファンの子でもこの姿を見たから幻滅するんじゃ……っておい!お前いつの間に立ち上がってそんなポーズみたいなの決めてたんだよ!


 壁に寄りかかり、憂いを帯びた表情で窓の外に目をやる星空銀河。先程とは打って変わって、眩しいほどのアイドルオーラだ。


「おや? 君達は?」


「わ、私達は文化祭の準備で早く来ていて……。あの、星空さんは何をしているんですか?」


「鳥達の声を聞いていたのさ。次の曲のヒントを教えてもらおうと思ってね」


 嘘をつけ。お前は芸術ホールに爆弾をしかけようとしていた爆弾魔(ボマー)だろ。

 それにしてもすごい変わり身の速さだ。女子二人もキャーキャー言って喜んでいるし。


「あの……もしよければサインをください!」


 二人組の片割れが鞄から大学ノートを取りだし、両手で星空銀河に差し出した。するともう一人の女子も「ズルい!私も」と負けじとノートを差し出す。


「ふふっ。お安いご用さ」


 星空銀河はそういいながら手元を見ること無くサラサラとノートにサインを書いた。さすがはアイドル。手慣れたものだ。女子生徒達もその様子を見て「すごーい」とか「かっこいいー」とか感嘆の声を漏らしている。サインの最後に「○○ちゃんへ」と二人から聞いた名前をしっかり書いている。

 女子二人はサインの書かれたノートを受けとると、心底大切な物のように両腕で抱き締めるようにそれを持った。


「ありがとうございました!宝物にします!今日のライブも頑張ってください」


「最高のライブにするから君達にも是非観に来て欲しいな」


 星空銀河はそう言いながら二人の肩をポンと叩いた。さすがはイケメン。自然なスキンシップだ。きっと今触ったことで念能力の爆弾を取り付けたんだろう。もう「爆弾魔(ボマー)つかまえた」ってやらないととれないよそれ。


 二人が手を振りながらいなくなると、星空銀河は「はぁー」と深いため息をつき、再びその場に座り込んだ。


「ちっ……。何がサインだよ。サインペンでぐちゃぐちゃに書かれた文字の何が嬉しいっていうんだ」


 また元の負のオーラを纏いし星空銀河に戻ってしまった。どうやら人前と一人の時とでキャラを使い分けているらしい。この豹変っぷりをファンが見たらがっかりするだろうな。


「つーかあのサイン俺の名前じゃないし。ホームラン六十本打ったヤクルトの助っ人外国人が書いてたやつをそのまんまパクっただけだし。何が『すごーい』だ全く」


 おい。可哀想な嫌がらせをするな。友達に「かっこいいでしょ!」とバレンティンのサインを見せびらかすあの子達の身にもなってみろ。いや、僕は好きだけどね。バレンティン。


「ちっ。リハーサルの時間か。仕方がない、行くか。行かないと怒られるし」


 なんてネガティブな原動力だ。主体性が一切無い。

 星空銀河は重い腰を上げ、よろよろと歩きながら何処かへと消えていった。


 すごいぶっ飛んだやつだったな。めちゃくちゃではあるけどどこか憎めない。なんかうちの部員みたいだと少し思った。

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