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文化祭と星空銀河①

 十月の第三土曜日。本日からついにベロニカ高校文化祭、通称「ベロ祭」が始まる。土日の二日間にかけて行われ、二日目の午後六時以降にある後夜祭以外は学外の人間も参加可能で、例年他校の高校生だけでなく、地域の方や生徒の家族など千人を超える人が集まる。

 僕の日頃の行いが良いせいか、今日は雲一つ無い晴天に恵まれた。むしろインドア派の僕には残暑が厳しすぎる。ていうか夏、粘り腰見せすぎ。もうじき十一月だぞ。まあ外での出し物も多いので、この青空は絶好の文化祭日和と言ったところだろう。


「諸君。本日はいよいよ文化祭当日だ!我々はこの日のために尋常ならざる準備をしてきた。大きな障害も乗り越えてきた。勝つための手筈は既に整っている。だから今日は我々が主役となるこの祭りを、思う存分楽しもうじゃないか!」


 文化祭開始の一時間前、現在時刻は朝の八時。ディナーショーの会場と姿を変えた料理研究部の部室で、金髪マスク人間が拳を力強く握りしめて快活にそう言った。

 こういう話が始まると、いよいよだなという気がしてくる。僕たち料理研究部はこの文化祭に対して並々ならぬ情熱を注いできた。それは僕たちの部活にとって、この文化祭が大きな勝負でもあるからだ。


 ベロ祭は各学級や部活の出し物がコンテストにもなっており、その年に最も評価を集めた出し物が、「ベロニカより愛を込めて賞」という賞をもらうことになっている。我々料理研究部はその賞を獲得するために「姉ヶ崎優衣によるディナーショー」という最強の出し物を引っ提げて普通人間共のノーマルな出し物を叩きのめすつもりだ。


 自分で言うのもなんだが、料理研究部主催のディナーショーは高校生が文化祭でやるレベルからは大きく逸脱したハイクオリティなものになっている。

 料理は和食界の期待の新星と言われている麹町美生による超本格料理だ。今までに食べたことがない上品な料理の味は来場者に衝撃をもたらすだろう。

 そしてショーは可愛い生物人間代表の姫様がバックバンドを引き連れてオリジナルソングを披露する。その愛くるしい容姿と一生懸命に歌う姿を見れば、今まで悩んでいたことなどすべてどうでもよくなってしまうほどの最上級の癒しを受けることが出来るだろう。

 ショーは午前十時と午後一時、四時の計三回行われ、それ以外の時間に料理を楽しむことができる。ディナーショーというよりは、和食とライブのコラボイベントという感じだ。


「冴子と優衣はステージが始まるまでは配膳と呼び込みを頼む。料理の味が口コミで広がるまでは二人の客引きが一つの肝になるからな」


 料理研究部は部員が四人しかいないため、ライブのメインである姫様と司会をする宮島にも仕事を割り振らなくてはならない。特に姫様は三度のライブの前後にウエイトレスまでやらなきゃいけないので相当大変だ。


「ゆいにおまかせくだされ♪だいまおうしゃま」


 そんな一番大変な役回りにも拘らず、天真爛漫にピョンピョン跳び跳ねて答える姫様。僕の主君、ホント天使。


「……お客さんを呼ぶのは苦手ですが最善を尽くします」


 宮島はやはり人前に出るのは苦手なようで。呼び込み役と決まった際も裏方に回してくれと先輩にギリギリまで交渉していた。でも結局は先輩の押しに負け、姫様と一緒にウエイトレスをやることになった。何だかんだで宮島は人がいいから押しに弱いんだよな。


「純はまず私と料理の準備だ」


 僕は当然のように裏方だ。料理のすべてを担当する先輩も当然裏方。僕は料理が出来ないので心配だったが、材料を運んで食器を並べるだけらしい。


「はい。了解です」


「ライブ中は客席での見回りを頼む。何が起きるかわからんからな」


 高校の文化祭だからおかしなことにはならないとは思うが、ヒートアップした観客がステージに上がりだすなんてことも考えられる。そうなった時は家来である僕が体を張って姫様をお守りしなければならない。


「先生方はショーの演奏以外にやっていただくことはありません。是非演奏の方に心血を注いでいただければと思います」


「おー了解。任せとけ」


「バンドのお二人は何時頃いらっしゃいますか?」


「二人とも公務員で今日は休みだから八時半には来るって言ってたぞ」


 牛殺しとメダマッチャー公務員なのかよ!ブオオオオオしか言えないのにどうやって働いてるんだよ一体。


「ではステージ衣装に着替えてもらうので、B棟の第二理科室に着ていただくように連絡をお願いします」


「んーわかった。そうラインしておく」


「え、第二理科室でお二人にわかるんですか?」


「わかるぞ。二人ともここの卒業生だから」


「そうなんですか!?あの動物の頭蓋骨のマスクの二人が卒業生とは……」


 まあでもよく考えたら身近な在校生に金髪のカツラに変なマスクをつけた変人もいるんだった。よく考えたら大差ないわ。


 そんなこんなで料理研究部は普通人間共を駆逐するための文化祭初日を迎えた。

 どれだけお客さんが来てくれるかはわからない。自分達か最高だと自信を持っているものが評価されないかもしれない。それでもいい。すでにやれることはやった。あとは今日と明日の二日間を全力で乗り切るだけだ。



「いやー、私達用のステージ衣装まであるとは。準備がいいな」


 そう言いながら自分の着ている振り袖風の衣装を確認する外山先生。少しサイズが小さめだったのか、薄い布地が先生の胸部の二つの神聖なものを強調している。

 ぐぬぬぬ……。相変わらずこの日本史教師のワガママボディはけしからん。けしからんでえ……!

 でも改めてこうやって見るとこの人本当に美人だよな。どうして嫁の貰い手がいないのかが不思議なくらいだ。


 先生の後ろにも同じ衣装を着た女性が二人いた。一人は背がスラッと高く、髪型は黒のベリーショート。小顔で切れ長の綺麗な目をしている。年の頃は外山先生と同じくらいだろうか。もう一人は一転背が低く、暗めの茶髪のロングヘアーで、丸みを帯びた輪郭に大きな眼鏡をかけている。この人も外山先生と同じくらいの年齢か、もしくは少し下くらいだろう。


「……あの、こちらのお二人は?」


「ん? この間会わなかったか? 牛殺しとメダマッチャーだ」


 女性だったのかよ!動物の頭蓋骨のマスクを被って野太い雄叫びをあげていたから異世界から迷い混んだ魔物かと思っていた。

 先生の手が示す方を見ると、背の高い方が牛殺しさん。低い方がメダマッチャーさんらしい。


「すごい普通の方々……というよりお二人ともこんな美人だったですね。この間と印象が違いすぎますよ」


「ははは。まさか二人がプライベートでもブオオオオオと雄叫びを上げていると思っていたのか? あれはバンドメンバーとしてのキャラづくりだ」


「てっきり魔界からの使者かと思ってましたよ」


「二人のキャラへの入り込みはすごいだろう? あの雄叫びのせいで喉か潰れ、翌日は全く声がでないらしいからな」


 キャラに入り込むためにどんだけリスクを背負っているんだよ。


「……いずれにせよ、お二人とも本日はよろしくお願いいたします」


 僕が頭を下げると、二人とも「こちらこそよろしく」と普通に可愛らしい声で答えてくれた。……いつもそれでいいじゃん。


 宮島も今日は和装に身を包んでいた。水色の爽やかな振り袖で髪型もそれに合わせてアップにしている。頭の形がいいのか、うなじから首にかけての白い肌が綺麗な曲線を描いている。

 いつもの伊達眼鏡もしておらず、僕は宮島にどこか少し大人びた印象を感じた。去年の文化祭の写真でめかし込んだ宮島を一度見てはいたが、実際に前にすると目を奪われてしまい、何故か顔が熱くなっていくのを感じる。


「……そんなにおかしいかしら。初めてお化粧をしてもらったんだけど」


 そうか。大人びて見えたのは薄化粧のせいか。しかも初めてって。クラスのケバケバしい連中に聞かせてやりたいわ。


「私がしたんだから間違いないぞ冴子。なあ純、他の追随を許さない可愛さだろう?」


 僕の隣にスッと現れたダークマター先輩が自慢気に言い、僕に同意を促した。先輩は金髪マスクのまま、格好だけ料理人のそれになっている。


「え……」


 いや、確かに間違いなく今日の宮島は可愛いんだけど言えねえわ。同級生の女子に面と向かって可愛いって僕は石田純一か。

 ふと宮島の方を見ると、期待と不安の入り交じった表情でこちらを見ていた。お前もお前でそんな顔でこっちを見るんじゃない。僕の口から言わなくても明らかだろうに。でもまあ、嘘をつくのもおかしいしな。


「……はい。確かに可愛いと思います」


 僕の言葉に一瞬口元を弛ませた宮島は、そのままパッと反対方向を向いてしまった。その宮島を姫様が「むー?」と不思議そうに覗き込む。


「さえこ、なにをニヤニヤしているのじゃ?」


「しししししてないわよ!風早くんじゃあるまいし」


 何それいやだ。僕はそんなにいつもニヤニヤしているのかしら。


「女子トイレと図書館の日本史コーナーの前を通るときの純みたいな顔になっているぞ」


「おい待てこの野郎!それは聞き捨てならねえわ!新種の変質者か僕は」


 そんな場所でニヤついたことねえわ。完全なる変態さんじゃねえか。


「ぐうっ……ふ!はあぁぁぁん…………!」


 あーしまった。久しぶりにツッコんでしまった。体をくねらせながら屈み込む先輩。そこには美人料理人の面影は一切無い。下を向きながら「ぐふふふふふ。こ、これで今日も一日頑張れる」と訳のわからないことを口走っている。


「そうじゃ。じゅんいちはきがえないのか?」


「僕ですか? 僕は裏方ですし衣装もないんですよ」


 先輩も自前の料理着だし、僕は制服の上にエプロンだけつける予定だ。かなりの不格好だけど仕方ない。


「そうなのか……。ざんねんじゃの。せっかくいっしょに和服をきれるとおもったのじゃが」


 姫様はしょぼーんと肩を落とした。この間の買い物の時もそうだったが、姫様には家来である僕と一緒に和装したいという可愛いすぎる願望がある。一緒に和装して公園に行きたいらしい。ホント考えてること天使すぎ。


「あるわよ」


 突然そう言ったのは宮島だった。あるというのは僕の衣装がというのとだろうか。


「え?」


「だからあるわよ。風早くんの衣装も。姫のショーの時は客席にいるんでしょう?その時の衣装をちゃんと用意してあるわ」


「さえこさえこ!本当か!?」


「ええ。これよ」


 白に近い灰色で無地の単衣の着物に紺色の羽織。宮島が取り出したのは以前姫様が買い物の際に僕に選んでくれたものとほぼ同じ和服だった。


「……宮島。前に姫様が選んでくれたやつを覚えてくれていたのか?」


「風早くんだけ制服のままなのもおかしいと思っていたし。家で風早くんの写真を見ていたら和服を着た時のやつがあって、レンタルで似たものを探してみたのよ」


「すごいぞさえこ!さすがじゃ!」


 姫様は先程のしょぼーんから一転、今度はピョンピョン跳び跳ねて喜びを表している。


 …………んーそれより宮島さん、さらっととんでもないこと口走ってる気がするんだけど気のせいかしら。


「……何でお前は家で僕の写真を見てるんだよ」


「え? 何でって…………」


 宮島は僕の言葉に不思議そうに首を傾けて静止し、しばらくして自分の言っていることに気が付いたのか、烈火のごとく顔を赤くした。


「ち、違っ!だって、えーっと……あのその……」


 いつものクールビューティーはどこかに消え失せ、真っ赤な顔で涙目になりながら必死に言葉を探しているようだった。

 宮島は何度か大きく深呼吸をして冷静さを取り戻し、いつもの無表情で僕の方を向いた。


「家で風早くんの写真を見るのの何がいけないのかしら。日課なの。家で何をしようと私の自由でしょ?」


 すごい開き直りようだ。むしろ清々しい。


「……いや、いけなくはないけど」


 て言うかこれって冷静に考えると告白されているようなもんなんじゃないのか。僕の写真を見るのが日課って。

 いや、しかし勘違いをしてはいけない。石橋は叩いて叩いて叩き割って、そこに鉄筋コンクリートの橋を新たに架けてやっと渡れるんだ。ただ単に僕以外の人も含めて部活の仲間の写真を見るのが日課なのかもしれない。なんだその日課。

 それに宮島が僕のことが好きだなんて素振りは今までに一度も無……くは無い、か。よくよく考えてみると剣道の応援に行くと言ったときの謎のダッシュも、合宿の帰りのあのビンタも、思い当たる節があるにはある。


「いいから早く着替えてきなさい。この着物なら料理の手伝いをする時にも動き辛くはないと思うわ」


 僕は追い出されるように部室を出て、男子共用の更衣室になっている第一理科室へと向かった。

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