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それでも料理研究部はブレない⑧

 一通りショーは終わり、後は先輩のお父様から判定を聞くのみになった。姫様の歌に対してスタンディングオベーションまでしてくれていたので大丈夫だとは思うのだが、何せ先輩のことを溺愛している上にウィキペディアに載るほどのやり手の社長だ。油断は出来ない。

 僕たち部員の三人と外山先生プラスバンドのお二人を合わせた六人は、お父様と秘書の方が座っている客席に集まった。


「本日はありがとうございました。ショーの方は以上になります。いかがでしたでしょうか」


「ふんっ!所詮は学生の子供騙し。儂の目を満足させることは……」


「おじしゃま。ゆいのうた、だめでしたか……?」


「優衣ちゅわあああああん!すっごいよかったよおおおおお!」


 おい、クソジジイ。どっちなんだ。


「ディナーショーの内容が良ければダークマター先輩は部に復帰できるというお話でしたが」


「ぐぬぬぬ……。ま、待て」


「待てって何をです? 涙流してスタンディグオーベーションまでしてたでしょう」


 お父様はは眉間に皺を寄せつつ何か言いたそうだが、どうやら返す言葉が無いようだ。

 よし。このまま押せば行ける。先輩が料理研究部に帰ってくる!


「うぬぬ…………。そ、そうだ!」


 お父様は何かに気が付いたように声を上げると、ゲームに出てくる悪者のような低い声で「ぐふふふ、ふははははは!」と笑い出した。急にどうしたんだこのジジイは。情緒不安定か。


「風早純一君。君はこのショーがディナーショーと言っていたね?」


「はい。そうですが」


 僕の言葉に先輩のお父様はニヤリと笑った。ついに尻尾を掴んだと言わんばかりの表情だ。


「ふふふ。確かにショーの内容は素晴らしかった。これがもしアイドルのライブだったら、私は物販で散財して不動産を手放すことになっていただろう」


 どんだけ買うつもりだったんだよ。アラブの石油王かお前は。


「だがしかし!ディナーショーにもかかわらず、ディナーが出てこないとは笑止千万!」


 ちっ。そこを突かれたか。食事に関しては先輩の担当となっていたので今回は準備が出来ていない。確かにショーとしては完璧であっても食事が用意できていない以上、ディナーショーとしては不十分だ。この髭面クソジジイの言うことも一理ある。


「……ショーの内容が良ければという話だったはずですが」


「違うもんねー!儂は君たちの出し物って言ったもんねー!君たちの出し物はディナーショーだろう? だったらディナーもしっかり食べさせてもらわんとなあ? んー?」

 

 こんのクソジジイ。先輩がいないから準備が出来ないことも分かった上でこんな小学生みたいなことを言いやがって。ものすっごい腹立つ。先輩のお父様だけど言わせてもらう。こいつは本当にただのクソヤロウだ。

 ただ確かに思い返して見れば今回の約束をする際に「出し物」という言い方をしていたかもしれない。ぐっ……。流石は大企業の社長。記憶力も半端じゃない。それに加えて抜け目がない。


「でも!お父様は姫様の歌にもあんなに感動して……」


「それとこれとは話が別だもんねー!あれは優衣ちゃんが素晴らしいのであって、君たちの部活がすごいわけではないしぃー」


「ぐっ……姫様にとってもダークマター先輩は大切な存在なんですよ」


「優衣ちゃんと美生は部活なんか無くても疎遠にはならないしぃー。それより儂はもうお腹と背中がくっつきそうなんだが。 ディナーはまだなのかね? んー?」


 ……よし決めた。このクソッタレは法に触れない方法で学校の中庭の栄養にしよう。


「風早くん。生コンクリートっていくらくらいするのかしら」


 どうやら宮島も同じようなことを考えていたようだ。無表情の中にも凍てつくような怒気が感じれれる。宮島は土に埋めるのではなく海に沈めるつもりらしい。


「よし、そっちの方法で行くか。東京湾までのトラックは僕が手配しよう」


 そんな物騒なやり取りをしているにも関わらず、先輩のお父様は気付いているのかいないのか、一向にふざけた態度を変えなかった。

 六十前のふざけたジジイとそれを鋭い眼光で睨み付ける高校生二人。その様子を見ていた姫様は「ああっ……ゆ、ゆいは……」とあたふたしながら今にも泣き出しそうな顔をしている。大好きな先輩の父親と部活の仲間の衝突に戸惑っているのだろう。

 仕方がない。姫様のためにもこちらが下手に出るほうが良さそうだな。しっかりと頭を下げればわかってくれるかもしれない。


 僕は部室の床に膝をついた。土下座なんてするのはタダだ。こんなことくらいでダークマター先輩が戻ってくるならいくらでもする。地面におでこをこすり付けてもいい。靴をなめたっていい。

 いや、やっぱおっさんの靴はちょっと嫌だわ。人間の尊厳的におでこまでだわ。


「純。そんなクソッタレのために頭を下げる必要はないぞ!」


 僕が地面に額をつけようとしたまさにその時、聞き覚えのあるハキハキとした声と共に、勢い良く部室のドアが開いた。


「先輩!」

「先輩!」

「だいまおうしゃま!」


 颯爽と現れたのはダークマター先輩だった。しかしその姿はいつもの見慣れた金髪マスク姿の変人ではない。爽やかな黒髪のショートカットに凛とした顔立ち。紫紺の和服の袖をたすき掛けで捲くり上げた和食料理人の服装。「和食界の新星」である美人料理人、麹町美生の風貌だった。


「すまんな。準備に手間取って来るのが遅れてしまった」


 先輩は僕たちの方を向いて爽やかな笑顔を見せた。以前病院で会った時に比べると顔色もかなり良くなっている。


「み、美生……。お前一体どうやってここに!お前の部屋の入り口は家で一番大きくて重いタンスで塞いできたはずだ!」


 おい。クソジジイ。何やってんだお前ホント。娘を軟禁するんじゃない。


「ふっ。甘いな老害。そんなものは私の部屋にある大型のハンマーでバッキバキにした」


 おい。あんたも何やってんだよ。なんで女子高生の自室に大型のハンマーがあるんだよ。マリオかお前は。


「さて。それではお望み通り、料理研究部のディナーを始めるとするか」


 先輩はお父様の方を向き、自信有り気に微笑んだ。

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