それでも料理研究部はブレない⑦
「わーい♪」とテンション高めの小走りで登場した姫様。僕はステージ衣装を着た姫様のキラキラした容姿に思わず息をのんだ。
桃色の小袖に濃紺の袴。足元にある牡丹の刺しゅうと動きやすいように少しだけ丈がつめてあるのは宮島の仕事だ。髪型は前髪を編み込み、後ろはアップにして白い花のあしらわれた簪を刺している。
宮島が媚びずに最強を目指すと言っていたコンセプトが良くわかる。アイドルが着物を着ると、脚を不必要に露出していたり、どこかキャピキャピした感じのものが多いが、今日の姫様の衣装は違う。六歳なのに和の美しさが感じられ、それでいて年相応の可愛らしさもしっかりと垣間見ることが出来る。
宮島から作成中に衣装を見せてもらっていたが、実際に姫様が着るとここまで映えるのか。
「ぬわあああああああ!優衣ちゃああああああああん!」
たまらず叫ぶ髭面不機嫌ジジイ。いや、宮島の豚のくだりからすでに上機嫌ジジイか。ただまあこれは許す。叫ぶのも仕方がない。それほどまでに可愛いもの。尊いもの。
「わーい!おじしゃまー♪」
そして客席に向かって笑顔で手を振る姫様。ぐぬぬぬっ!そんなサービスまで!僕も叫んじゃおうかな。そしたら私信をくれるかもしれない。僕は姫様の家来だし。でも一応、客じゃなくてスタッフだしなあ……。
「あ、じゅんいちー!ちゃんと見ておくのじゃぞー♪」
叫ぶ前に私信をくれたああああああ!すっごいニッコニコで猛烈にブンブン手を振っているううう!さすが我らの天使!見ます!すっごい見ます!穴が開くまで見ます!
姫様が出てきてからしばらくして、バックバンドの方々も後ろにスタンバイし始めた。外山先生と牛殺しさんとメダマッチャーさん。前回の騒動は教頭先生に謝罪してなんとか許してもらったらしい。今日は職員室の先生に事前に言ってきたから多分平気だ。
バックバンドの準備が整うと、姫様がマイクを片手に喋り始めた。
「あー。あー。きこえておるかの?」
聞こえてますよー姫様。大丈夫ですよー!
「今日はゆいがうたをうたうのじゃ。いっしょうけんめいうたうから、きいてほしいのじゃ」
聞かない人間がもしいれば家来の僕がつまみ出しますからご安心ください。まあそんな愚かな人間はいないでしょうけど。
「ほんとうは『さえこはすごいのじゃ』という曲をうたうのじゃが、今日はとくべつにほかの曲をうたうのじゃ」
ん……?聞いていないぞこの演出は。いつも仲良くしてくれるお姉さんのような人のことを歌った歌だと言うのが台本だ。そしてそこから演奏が始まり、「さえこはすごいのじゃ」を歌い始める予定だった。
パッと宮島の方を見ると、宮島も焦っているようだった。どうやら誰にも言っていないらしい。
「だいすきなぶかつと、だいすきな人のことをうたった曲じゃ。『だいまおうしゃまとりょうりけんきゅうぶ』」
姫様が曲名を言った瞬間、急にポップな曲調のバッグミュージックが流れ始めた。演奏されている前奏は「さえこはすごいのじゃ」とは違うものだった。どうやら完全に新曲を用意しているらしい。演奏している様子を見る限り、先生たちは姫様が曲を変えることを知っていたようだ。
そしてついに前奏が終わり、姫様の歌が始まった。
あるひのごごのことじゃー
ゆいはだいまおうしゃまにであったーのじゃー
ゆいはひとりぼっちだったのにー
だいまおうしゃまはかぞくになってくれたのじゃー
だいまおうしゃまはゆいに
いろんなものをくれたのじゃー
いきるためにひつようなものから
かえるおうちまでくれたのじゃー
そのなかでもいちばんうれしかったのが
りょうりけんきゅうぶのなかまたちじゃー
さえこにじゅんいち こもんのあいちゃん
ゆいはみんながだいすきじゃー
りょうりりょうりー けーんきゅうぶ
りょうりりょうりー けーんきゅうぶ
ゆいはー よにんそろっていないとー
ぜったいぜったい いやなのじゃ
だいまおうしゃまといっしょじゃないとー
ぜったいぜったい いやなのじゃ
姫様は歌を歌い終え、ペコリと一礼した。そして照明が落とされ、教室内は静かな暗闇へと変わった。
暗くて辺りを見回すことは出来ないが、それでも僕にはわかる。間違いなく全員がダバダバと涙を流していだろう。僕と宮島はもちろん、髭ジジイの方からも二つのすすり泣く声が聞こえてきている。
姫様、こんなサプライズを用意していたなんて……。そしてこんなにも料理研究部のことを大切に思ってくれていたなんて。僕は主君の心の美しさに改めて感服した。
全員が涙を流し、それぞれ感傷に浸っていると、暗闇の中から再び姫様の声が聞こえてきた。
「二曲目じゃ。『虫のなまえ』」
まさかの二曲目キタアアアアアアアアアアアアアアアアア!!しかも何そのタイトル!? あの感動した曲の後に「虫の名前」!? 何それ、何かの隠喩!? 「虫の名前」の中に何かメッセージが隠されてるの?
困惑する中再び照明が付き、ステージが明るく照らされた。外山先生の前にもスタンドマイクが用意されている。どうやらデュエットらしい。
せみ (セミー)
こーうろぎー (コーウロギー)
げんごろうー (ゲンゴロウー)
みーみずー (ミーミズー)
じゅーんいちー (ジューンイチー)
くーわがたー (クーワガター)
かぶとむしー (カブトムシー)
せんたっきー (センタッキー)
みんなみんなー むーしなのじゃー
僕と洗濯機は虫じゃねええええええええ!!
ていうか何だその歌!そもそも必要なの!? あの感動した曲の後にこのシュールなヤツいるの!? あと「せんたっき」じゃなくて「せんたくき」だから!何だ「せんたっき」って。ケンタッキーか。
ツッコミどころ満載の二曲目であったが、人によって捉え方は様々らしい。客席に座っていた二人組はいつの間にか立ち上がり、涙を流したままスタンディングオベーションを送っていた。
「ブラボー……ブラボー」
……何故そうなる。まあもういいわ。感動しているのならそれで。




