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それでも料理研究部はブレない⑤

 先輩のお父様を納得させるにあたり、ブログという弱味を掴むことができた。でも、やはり表向きは正攻法で納得させるというのが筋だろう。ブログはあくまでも奥の手。お互いのためにも出来れば使いたくない。えらく紳士的だと驚く人もいるかもしれないが、仕方がないんだ。だってほら僕、主人公だし。


 そうなると問題はショーのクオリティーだ。先輩のお父様、麹町鉄幹を満足させるようなショーを何としてでも用意しなければならない。

 まず美術関係に関してだが、宮島が用意した姫様の衣装は素晴らしい仕上がりだった。桃色の小袖をステージ衣装用に改良したもので、これを姫様が着たら客の豚共は心臓麻痺を起こしかねない程の仕上がりの良さだ。ステージの準備も着々と進んでおり美術面は問題ない。

 となると、問題になるのはショーのメインである音楽だ。姫様の歌唱力はさらに力を付けており、全くもって心配はいらない。しかし今回歌う曲は姫様が作詞をし、誰かがそれに曲をつけたオリジナルソングである。そのためにCDなどで流せるバックミュージックが存在しない。このままでは姫様がただ歌うだけになってしまい、ディナーショーとしてはインパクトに欠ける。


「やっぱりアカペラだと弱いよなあ……」


 歌として聞くとしたら百点満点なんだけどなあ。やっぱりショーとなると……。


「どうやら困っているようだな」


 ガラッとドアが開き声がした。

 声の方を見ると、そこにはドアを開けて入り口に寄り掛かる女性の姿があった。


「せ、先生!」


 僕らの日本史の科目担当で料理研究部の顧問である外山藍先生だった。二十八歳にして女子大生のような容姿をしているが、歴史と酒を愛し、性格は誰よりも男らしい。

 それにしても普段はほとんど部室に顔を出さない先生がなぜこのタイミングで?


「話は聞かせてもらった。どうやら姫の歌に演奏が必要なようだな」


「は、はい。このままではインパクトが足りなくて」


 よく見ると先生は首からストラップでギターを吊るしており、左手でネックを握っていた。この人は職員室からギターをぶら下げてきたんだろうか。

 そして先生は僕に向けて自信に満ちた笑みで口を開いた。


「この腕、貸さんこともないぜ?」


 ……ダサい。協力してくれるのは嬉しいがとにかくダサい。

 そんでしかもギターを吊るすストラップで胸が強調されて妙にエロい。なんだその大きな二つの果実は。けしからん。いい意味でけしからん。


「そもそも私が作った曲だしな」


「え!先生が作ったんですか!?」


「ああ。麹町に頼まれたんだ。私がバンドをやっていることを知っていたみたいで」


 姫様が作詞をした神曲「さえこはすごいのじゃ!」のキャッチーなメロディラインはこの人によって作られたのか……。天才じゃないか。これは心強い。


「ありがとうございます先生!これでなんとかなりそうです」


「いや、まだ足りないな」


 先生はチッチッチと人差し指を左右に振りながら言った。だからダサい。一つ一つのリアクションから昭和感が漂っている。


「え?」


「ギターと歌だけでは不十分だ。ドラムとベースも必要だろう」


 確かにその二つが加われば本当に心強い。姫様の歌にバックバンドが加われば成功は間違いないように思える。しかし先輩のお父さんにショーを観せるのは明日だ。今日中にメンバーを集めて、しかも今から曲を覚えてとなるとさすがに厳しい。


「で、でも今から誰かに頼む時間は……」


「ふふっ、安心しろ風早。ちゃんと連れてきている」


 先生は自信たっぷりにそう言うと、部室の外に向かって「入ってくれ」と声をかけた。

 すると、動物の頭蓋骨のようなマスクをかぶり、首から下は黒いマントに覆われた謎の人間が中に入ってきた。


「ドラムの『牛殺し』だ」


 こえーわ。小便を全漏らしするレベルの恐怖だわ。そもそもその牛殺しさんは日本人なのか?コミュニケーションが取れるのか?

 先輩に紹介された牛殺しさんはこちらに向かってペコリと頭を下げた。あ、もしかしたら格好が変なだけで中はちゃんとした人なのかもしれない♪


「よ、よろしくお願いします」


 こちらも恐る恐る頭を下げ、挨拶をする。


「ブオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 予想外の反応だった。牛殺しさんから返ってきたのは謎の雄たけびだった。こえーわ。これしばらく夢に出てくるわ。ボク、コノ人ト会話デキル自身ガナイヨー。


「そしてこっちがベースの『メダマッチャー』だ」


 続けてもう一人部室に入ってきた。メダマッチャーさんの格好も動物の頭蓋骨のマスクに全身を包む漆黒のマント。牛殺しさんと同じだ。見分けがつかない。そしてメダマッチャーさんもこちらに向かって深々と頭を下げた。

 あ、もしかしたらこの人こそ、格好が変なだけで中身はちゃんとした人かもしれない☆


「どうも……お願いします」


「ブオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 あれれ。デジャブかしら。


「せ、先生。この人たち大丈夫なんですか?」


 正直、人なのかどうかも怪しいところである。


「ハッハッハ!なーに心配するな。ちょっと恥ずかしがっているだけだ」


「今の恥ずかしがってたの!?」


 衝撃の事実だった。威嚇されているのかと思っていた。


「確かにコミュニケーションには難ありだが、音楽の実力に関しては折り紙付きだ。しかも、麹町に頼まれて曲の練習も完璧にしてきている」


「先輩が……」


「ただお前らとしても疑心暗鬼だろうからな。まずは百聞は一見に如かずだ。私たちの演奏を聴いてもらおう」


 そう言って先生と牛殺しさんとメダマッチャーさんの三人は部室内でせっせと準備を始めた。みるみる部室内にドラムやアンプなどの機材がセッティングされていく。その手際の良さからこの人たちが場数を踏んでいるバンドマンだということが窺い知れた。


「じゅんいち。これは何をやっているのじゃ?」


「なんか演奏をしてくれるみたいです」


「……私、嫌な予感しかしないのだけれど」


 宮島さんのその意見に私も激しく同意です。


 準備が終わり、部室の電気が消され、間接照明だけの薄暗い雰囲気となった。そして暗闇の中、先生がセンターマイクを持った。どうやら先生はボーカル兼ギターらしい。


「それでは聴いてください。『寝ゲロ』」


 うん。早速名曲の予感しかしない。


 そして部室はシーンと静まり返り、数秒後。ドラムの合図と共に、とてつもない爆音が室内を襲った。


 爆発でも起きたのかと思うほどの轟音。とてつもない迫力だ。こち亀だったら窓ガラス全部割れてるやつだわ。

 どうやら先生たちのバンドはかなり激しめのロックバンドのようだ。演奏技術が素晴らしいのはもちろんだが、とにかくその迫力がすごかった。こんなに大音量なのに不快さは一切感じず、直接脳に演奏が響いてくる。


 そしてついに先生の歌が始まった。


「教頭のクソハゲがああああああ!くたばれええええええ!!!!給料をあげろおおおお!!!!」


 メロディー無視の大絶叫だ。シャウトというやつだろうか。それにしてもなんてメッセージ性の強い歌詞。というよりただの私怨だ。


 こらから曲は更に盛り上がりを見せるだろうという正にその時。

 突如部室のドアが何者かによって開けられた。急に入ってきた光に驚き、三人は演奏を止め、全員の視線がドアに集まる。

 僕も眩しさに目を細めながらドアの光の方を見つめた。誰だ……?


「外山先生。ちょっと」


 教頭だった。


 ……。 


 先生は牛殺しとメダマッチャーと共に、教頭によって何処かへと連れていかれた。アーメン。

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