それでも料理研究部はブレない④
「……もしもし」
無言で狼狽える僕を察するかのようなお父様のバリトンボイスが耳突き刺さる。コワイ。ねえおじちゃん、オコッテルノ?
「は、はひぃ!申し遅れました!私、美生さんの部活の後輩の風早純一と申しますっ!美生さんにはいつも大変お世話になっておりまして……」
「娘から話は聞いている」
なんて重厚感のある声だ。この重低音、声帯にBOSEのスピーカーでも仕込んでいるのか?それにお父様、もう敬語が無くなっている。やっぱりオコッテルノカナ?
「えーっとその……」
何か言葉をと探すが一向に出てこない。先輩の様子を聞きたいが、相手の機嫌を損ねるようなことは言えないし……。
僕が次の一言を思案していると、再び重低音の効いた声が僕の耳を襲った。
「君と話がしたい。今時間は大丈夫かね」
「…………」
突然の言葉に時が止まった。お父様、まさかの僕目当て……?
「聞こえているか……?」
聞き間違いだ。聞き間違いに決まっている。急に電話を掛けてきた初対面のお父様が「純一タソとお話ハスハス」はまずい。さすがにまずい。
「もももも申し訳ありません!もう一度お願いします!」
「君と話がしたい」
うん……僕だった。純一タソハスハスだった。
「ごめんなさいっ!!」
「どういうことだ?」
「確かにお父様は渋くて素敵なお声をしていて、さぞダンディーな容姿でいらっしゃるんでしょうが、でも!僕は男性には興味がないんです!」
「待て」
「は、はい?」
「私は娘のことで君に話があると言っているだけだ」
「へ……?先輩の?」
「娘が入院したのは君も知っているだろう」
「……はい」
「あの一件で、私は娘に部活を止めさせることにした」
お父様から電話がかかってきた時点である程度のことは覚悟をしていたが、そう言うことか。
「でも僕たちの部活には先輩は欠かせない存在で……」
「そちらの都合は聞いていない!!」
重低音の響く声に、強い怒りが込められているのが感じられた。プレッシャーがさっきまでの比じゃない。
「ぐっ……。で、でも先輩だってこんな形で部活を辞めるのは不本意なはずです」
なんとかして食い下がらなくては。このままではプレッシャーに負けて相手の思うように話が進んでしまう。それに何より僕たちには先輩がいない部活なんて考えられない。
「部活動と言ったって、君たちの部活は大したことをしているわけじゃないだろう」
ぐっ……何を偉そうに言ってやがるんだこのジジイは。だがそれを言われると正直ぐうの音も出ない。六月に僕が入部をしてからずーっと、何をやるわけでもなく日々を過ごしてきた。各々が勝手な活動をしている時間も少なくはないだろう。
でも、僕たちにだって決めたことがある。絶対に達成しようとみんなで決めたことが。
「文化祭で、一位を取るんです」
「四人しか部員のいない部活がかね?」
「はい。絶対に取ります」
「ふんっ……くだらん」
「くだらないだって……?」
いくら先輩のお父様とは言え、それは聞き捨てならなかった。自分達で自嘲気味にくだらないと言うのならいい。ただ部外者に言われる筋合いはない。
しかし僕の思いとは裏腹にお父様の言葉は続く。
「それに、たかが高校の文化祭だろう?そんなもので一位を取って何の意味がある。うちの娘にはもっと大切な仕事が……」
「だったら一度観てみろよ!!」
気が付いたら叫んでいた。先輩のお父様相手に、一切敬語などを使わずに。
「……なんだと」
「そこまで言うなら一度観てみろと言っているんだ!仕事の方が大切だと?そんなことが何故言い切れる。先輩は本当にこの部活を大切にしているんだ!自分の価値観だけで話をするんじゃねえよ!この普通人間が!!」
電話越しの相手に激昂する僕に宮島も姫様も不安そうな視線を向けた。部室に響く僕の声から、会話の相手が先輩のお父様ということはもうわかっているだろう。
「………………」
沈黙が続いた。自分の物言いが年長者に対して失礼なことはわかっている。でも言わずにはいられなかった。
後悔はしていな…………る。だあああああああ!先輩のお父様を普通人間とか罵っちゃったよ!何様なんだ僕は一体!殺してくれええええ!いっそのこと殺してくれえええええ!
「ぐっ……!むぅっ…………ん!」
僕が自己嫌悪にうちひしがれていると、電話越しに謎の声が聞こえてきた。
それは超重低音バリトンボイスの成人男性による吐息、いや、吐息と言うよりは唸り声に近い……。
「あ、あの……」
「……はっ!わ、私としたことが……」
お父様の声色から怒りは消え、少し取り乱しているようだった。その様子に毒気を抜かれ、自分も少し冷静を取り戻す。
「い、いいだろう。その安い挑発に乗ろうじゃないか。今週の日曜日なら時間が取れる。そこで君たちの出し物を見せてもらおう」
「……いいんですか?」
「くだらないものなら娘は辞めさせる。もし万が一私が感動するようなものが観れればもう何も言うまい。どうだ?」
僕はその条件を受け、先輩のお父様と対立する道を選んだ。
*
宮島と姫様に事情を説明したところ、二人とも「よくやったじゅんいち!」「それでこそ風早くんよ!」と褒め称えてくれた。でもこれが失敗したら先輩が部活を辞めることになっちゃうんだよなー……。つらたん。
とは言え弱気になっている場合ではない。まずは相手がどんな人物かを知るために「こうじまちてっかん」という名前をネットで検索することにした。
そうしたらもう出てくる出てくる。ヒット件数二万二千件。多すぎだろ。ドドリアの戦闘力か。
しかもなんとウィキ〇ディアさんにまでヒットがかかる始末。
麹町鉄幹。五十七歳。料亭「桔梗庵」をはじめとする麹町グループの代表取締役兼社長。グループ傘下にミシュランガイドの三ツ星レストランを多く持つことから「星の管理人」の異名を持つ。また外食産業部門だけでなく、食品部門、教育部門、出版部門等の複数の部門を持ち、多岐にわたる展開をしている。
予想以上にすごい人だった。ここまでやり手の社長さんとは……。これほどまでに成功していて目の肥えている「出来る大人」を相手に、僕たちは文化祭の出し物を見せて感動させなければいけない。うん。今冷静になって考えると無理ゲー感が半端ない。
僕はもっと深い為人を知るべく、ネットサーフィンを続けた。サイトのリンクからリンクへと飛び、有害サイトをすり抜け、奥へ奥へと潜っていく。すると、ある一つのページに辿り着いた。
「★☆てっかんのへや☆★」
「…………」
ナニコレ。
ピンク色の背景に可愛らしいフォントの題字。どうやらブログらしい。まさかこれがご本人のブログ?五十七歳の現役社長が背景ピンクのブログ?
……いや、でも以前先輩は言っていた。父親がブログをやっていると。そして先輩は毎日それを荒らしていると。
僕は恐る恐る一つの記事をクリックをした。
タイトルは「恥ずかしがり屋のミオちゃん☆」。
「今日はミオちゃんが久しぶりにパパって呼んでくれた❤いつもはクソジジイとか老害って呼ばれてるから、パパ超うれしすー♪♪」
以下省略。
「……お父様何してんの」
他の記事をみてもほとんど内容は同じだった。キャピキャピルンルンの口調のパパが、ミオちゃんから受ける罵詈雑言に耐えたり、好意的に受け止めたり、凹んだりする内容だ。
一応コメントも来ていた。一番最初に読んだ記事に来ていたコメントは二件。
「調子乗んなks。タヒね」
「爆発しろ」
投稿者はともに「通りすがりのdmsp」さん。
ホント何やってんのこの親子。辛すぎるわ。パパかわいそうすぎるわ。そんでパパはキャラが電話と違いすぎるわ。
僕は心に重い疲労感を溜め込みつつ、このブログをお気に入りに追加し、パソコンの電源を落とした。
ふう。どっと疲れた。「☆★てっかんのへや☆★」の破壊力ワロタ。
でも収穫が無かったわけではない。
先輩のお父様が本当に堅物で娘のことを仕事の道具としか考えていないクズ野郎だったら今回の件は厳しかっただろう。
でも違った。ブログを見る限りでは、娘への愛が強すぎて娘に嫌われているイタイタしくて可哀そうな中年男性だ。
少し希望が見えてきた。十分に勝機はある。お父様はきっとわかってくれる。
もしかしたら、感動してくれないかもしれない。
それでもいい。
いざとなったらこのブログをネタに、強請ればいいのだから。




