それでも料理研究部はブレない②
先輩は近くの病院に運ばれた。病院には顧問の外山先生が付き添いで行くことになった。僕たちは一旦部室に戻り、先輩の荷物と自分達の荷物をまとめて病院へと向かった。
夕方六時半の総合病院は混んでいたが、先生が入り口近くで缶コーヒーを飲んでいたのですぐに見つけることが出来た。先生も僕たちに気が付き、こちらに向かって軽く手をあげた。
「せ、先輩は大丈夫なんですか!?」
姫様と宮島は今にも泣き出しそうな顔で先生を見つめる。僕だって同じ思いだ。
「ああ。大丈夫だ。命に関わるような深刻な状態ではない。過労が原因だそうだ」
先生は僕たちを安心させるように優しく微笑んだ。
「よかった……」
「ただ、高熱が下がらないのと免疫力が低下しているので今日はこのまま入院だ」
そういい終えて、先生は缶コーヒーをクイッと一口飲む。
「そう、ですか……」
「君たちも今日は帰りなさい。麹町は大丈夫だ。それに今は眠っている」
「……はい」
病院から帰る道は、誰も口を開かなかった。
外は少し肌寒かった。日中はあれだけ暑かったのに、夜になると急に気温が下がる。
駅に向かって歩く三人の足取りは重い。下を向きながらとぼとぼと歩いている。
宮島も姫様も俯きながら何かを考えているようだった。思い詰めた祈るような表情で考えていることは、もしかしたら僕と同じことかもしれない。
先輩に早く元気になって欲しい。
先輩がいなければ、あの部活は成り立たない。
*
翌日。学校が終わってすぐ僕たち三人は先輩が入院する病院に直行した。
今日の午前中には先輩から部員宛にラインが来ていた。
個室の病室に入院してはいるが、体調は落ち着いたので心配はいらないという内容だった。それに加えて僕宛のラインで、別にお見舞いは必要ないが、もし来るのなら3DSを貸してくれと言ってきた。
ラインの内容に、僕はホッと胸を撫で下ろした。
良かった。元気だ。むしろ元気すぎて暇になっている。
先輩の病室をノックすると、いつも通りのハキハキした声で「どうぞ」と返事が聞こえた。
中に入ると広々とした病室の角に大きなベッドが配置されており、そこに先輩は体を起こして長座の状態で座っていた。
いつものマント姿とは打って変わって、今日は柔らかそうな生地の薄ピンク色のパジャマ姿だ。さすがに病院ということでカツラもマスクもしていない。
入った瞬間、早速姫様がダークマター先輩の元に飛び込んだ。
「だいまおうしゃまーっ!」
「おお、優衣。来てくれたのか。心配をかけたな」
「ううっ……。ゆ、ゆいは、ゆいは……」
何か言いたいことがあったようだが、姫様の大きな瞳にはみるみる涙が溜まり、そのまま大きな声で泣き出してしまった。
そんな姫様の頭に先輩の白く美しい手が乗せられ、優しく優しく撫でられた。
「三人とも来てくれてありがとう。それに昨日も、本当に迷惑をかけた……」
「思ったより元気そうで良かったです。もっと酸素マスクとか管とかで繋がれているものかと思いましたよ」
先輩の申し訳なさそうな笑顔に僕は改めて胸を撫で下ろした。安心して気が緩んだのか思わず目頭が熱くなる。それを誤魔化すように僕は軽口を叩いた。
そして「これ、約束のものです」と袋にいれて持ってきた3DSを手渡した。
「おお!早速持ってきてくれたのか!ありがとう純。いやー病院は暇でな」
先輩は苦笑いを浮かべながら「パソコンも親に取り上げられてしまって」と続けた。
「それはそうですよ……。過労で倒れられたのですから。一度お仕事と部活のことは忘れてゆっくりしてください」
宮島は心の底から心配そうな様子だ。
「ふふっ。そうだな。観念して養生するよ」
「それにしても、さすがに病院であのマスクは着けないんですね」
「いや、午前中は着けていたんだが、巡回に来た看護師さんに怒られて取り上げられてしまってな……あのババアめ」
ホント先輩はさすがだわ。ブレないわ。
「口悪っ!先輩、ババアとかやめてくださいホント」
「ババアをババアと言って何が悪い。チッ、きっとうちの父親の差し金で……」
そのあともブツブツと「あの父親は調子に乗りすぎた。いつか然るべき報いを……」などと独り言のように言った。まさかリヴ〇イ兵長のことを言っているのか……?
それにしてもたった一日でこの元気。大したもんだな本当に。昨日の様子を見たときは血の気が引く思いをしたが、今日の先輩はいつもと何ら変わらない。まあ僕たちが来たから無理して明るくふるまっているのかもしれないけれど。
「それで、いつ頃退院できるんです?」
「ああ。私は今すぐにでも退院したいんだが、何分両親が心配性でな。今週いっぱいはここで養生することになりそうだ」
今日が水曜日だからあと四日間か。体力を回復させる意味でもそれくらいは大事を取ってもらったほうがいいだろう。
「文化祭の準備は僕たちに任せてください。先輩無しでもしっかりと活動出来るところをお見せしますよ」
「そうね。こういう時こそしっかりやらなくちゃ」
「ゆ、ゆいはだいまおうしゃまがいないとイヤじゃ……」
姫様はまだ半べそ状態で先輩と手をつなぎながらぐずっている。そこに宮島が歩み寄り、屈んで姫様と視線を合わせた。
「姫。先輩が帰ってきたときに驚かせてあげましょ?こんなに文化祭の準備が進んでるんだぞーって」
「でも……ゆいは」
「大丈夫よ。姫なら出来るわ。それに家来もついているし。ね?」
そう言って宮島は僕の方に視線を向けた。
「もちろんですよ姫様!いざという時は家来を頼ってください」
「…………うん」
姫様は目を擦りながらこくりと頷いた。
「ふふふ。よし。偉いぞ優衣」
「だいまおうしゃま……。ゆいは、がんばります!りっぱなひめになるために!じゅんいち!ついてまいれ!」
一転元気を取り戻した姫様は僕の手を引いた。表情には活気が戻り、今から部室に戻ろうとしているようだ。うん、やっぱり姫様は元気な姿が一番だ。でも今日はもう帰りましょう?今夕方の五時半だし。
「そんなわけで三人で留守をお預かりします。元気な姿で戻ってきてくださいね」
「ふふっ…。みんな、本当に頼もしいな。月曜を楽しみにしているよ」
ダークマター先輩の目には少しだけ涙が溜まっていたが、先輩はそれを誤魔化すように鼻をかむふりをした。




