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それでも料理研究部はブレない①

 とんがる(尖る)【自動詞・五段活用】 「とがる」の音変化。①物の先端が鋭くなっている。②(比喩的に)ただ過激である。良い意味で異常である。



 夏休みも終わり、九月に入った。九月になれば夏の暑さは和らいでいくという僕の期待は例年通り裏切られ、まだまだ残暑が続いていた。これがまだカラっと晴れてくれればいいのだが、なかなかそうはいかない。三日雨が降って二日晴れるみたいな天気が続き、何ともすっきりしない今日この頃である。


 我々料理研究はと言えば、今までのだらけ具合が嘘だったかのように、文化祭に向けて熱心に部活動に励んでいる。


 文化祭での料理研究部の目標。それは他の部活の普通人間共を駆逐することである。


 ……もう一度言おう。他の部活の普通人間共を駆逐することである。


 ……。


 これだけではわからないと思うので、もう少し丁寧に説明しよう。ベロニカ高校の文化祭は、ただ単に学級や部活動が出し物をするだけでなく、その中で最も印象に残った出し物はどれかを競うコンテストにもなっている。来場者と学生、教員も含めた全員による一人一票の投票でその頂点を決める。


 その頂点に与えられる賞、「ベロニカより愛をこめて賞」。この賞を獲得することが我が料理研究部の最大の目標である。


 他の部活の普通人間共が思いつかないような奇抜な発想で圧倒し、とんがりにとんがり倒した企画で頂点を極める。それが実現された時、世の普通人間共は初めて自らの愚かさに気付くだろう。とダークマター先輩は声高に主張していた。ちなみに「とんがる」とはダークマター先輩曰く、普通であることの逆。つまり過激で異常であることらしい。


 まあ簡単に言えば、高校生活を満喫している連中を出し抜いて料理研究部が文化祭でとんがって勝つ!ということだ。


 ちなみに、そんなとんがり集団、料理研究部の文化祭の出し物はと言えば……。


 "姉ヶ崎優衣(六歳)による歌のディナーショー" 


 ……。


 嘘みたいだろ?これで部員みんな正気なんだぜ?


 ただ、僕も含めた部員全員がこれで勝てると確信していた。理由はとんがっているから。

 後はいかに部員一人ひとりが自分たちのコントロールできるところを百パーセントに近づけていくかが問題だ。


 そんな中、僕に割り当てられた仕事はディナーショーの台本作りと会場の設営。裏方で機材の準備とか肉体労働系とかが中心かなと思っていたら全くそんなことは無かった。ディナーショーの台本というとってーーーーも大切な役どころを仰せつかったのだ。

 それからというもの毎日毎日右手にペンを持ち、今日も机の上に置かれた大学ノートと睨めっこをしている。


「なあ宮島。司会の挨拶、『おっはー☆』と『やっはろー!』どっちがいい思う?」


「…………司会ということは私が言うのよね?」


「そうだけど……嫌か?」


「絶対に嫌ね」


「そんなにか?」


「ええ。だって私はクールビューティーだもの」


 クールビューティーねえ。夜の住宅街を「わ、わたし稽古をしなくちゃああああーーーーーっ!!」って全力疾走する人のどこがクールなんだろうか。まあビューティーは認めるけど。


「んー。あ、じゃあ『オッス!おら冴子!』は?」


「……真面目に考えないのなら帰れば?」


 ぐぬぬぬ……。冷たいやつめ。

 先輩から仰せつかった「とんがったディナーショーに相応しいとんがった台本」という注文は予想以上に難しい。普通のことを書くととんがりが足りないと言われるし、とんがる方向を間違えると今のような態度を取られる(主に宮島から)。


「やあみんな!元気に部活に励んでいるか!?」


 部室のドアが開き、ハキハキした声と共に金髪マスク人間が入ってきた。先輩は僕と宮島に素顔がバレてからも、いつも通り常にマスクとカツラをつけている。本人曰く、こっちの方が自然体らしい。


「お疲れ様です。先輩」


 僕と宮島は席を立ち軽く頭を下げた。


「純。台本は順調か?」


「やってはいますが苦戦していますね……。今週末には形にするんで一度見てください」


「うむ。わかった。冴子の方はどうだ?」


 宮島は当日の司会と美術関係の全般を担当している。姫様が歌う可愛いステージや衣装なんかもすべてを請け負う。やることが山積みらしく、さすがのクールビューティーさんも頭を抱えていた。


「衣装とステージの案は作ってきました。先輩のオーケーが出れば発注をかけようと思っています」


「さすがだな。仕事が早い。それと……あれ?優衣は?」


「そういえば今日姫様来てないですね……あ」


 僕がそう言うのとほぼ同じタイミングで再び部室のドアが開いた。


「ごきげんうるわしゅうございます♪だいまおうしゃまー❤」


 ニッコニコの姫様入場。大好きなだいまおうしゃまに全力の挨拶をした後、僕と宮島の方を見て「さえことじゅんいちも」と付け足した。オマケか僕たちは。


「おう優衣。よく来たな。それで来たばかりですまないが、歌詞の方はどうだ?」


 姫様は当日の歌と歌詞の担当だ。最初は姫様が知っている童謡を歌ってもらおうと思っていたが、さらなるとんがりを目指すためにオリジナルソングを作ることにした。その作詞を姫様がすることになっている。


「はい♪こんしゅうずーっと考えておりまして、いくつかかけたのを持ってきました♪」


 満面の笑みでそう言うと、巾着袋からテントウムシの写真が表紙になっている濃い緑色のノートを取り出して先輩に渡した。ジャポ二〇学習帳、懐かしっ。


「お、偉いぞ優衣。ほーこんなにたくさんか。どれど……」


 姫様から受けったノートを捲っていた先輩が突然、バランスを崩して片膝をついた。そのまますぐに体を起き上がらせることができず、そのままの態勢で苦しそうに息を切らせている。


「せ、先輩?大丈夫ですか」


「す、すまん。ちょっと眩暈(めまい)が……」


 立ち上がろうとした先輩だったが、そのまま、


 バタン


 と地面に力尽きるように倒れこんだ。


「「先輩!!」」


「だいまおうしゃま!!」

 

 倒れた込んだ先輩はびっしょりと汗をかいており、ガチガチと震えていた。マスクで良く見えなかったが、近くで見ると顔色も真っ青だ。これはただ事ではない。


「すっごい熱だわ。とにかく保健室の先生を……!」


 宮島は力強く地面を蹴り、部室を飛び出して行った。


「先輩!!僕の声が聞こえていたら手を握ってください!」


 「うっ……」という言葉にならない声と共に、先輩は僕の手を微かに握り返した。良かった。意識はある。うつ伏せに倒れたことが幸いし、外傷もない。


 僕は先輩を横向きに寝かせ、ただただ保健室の先生が来るのを待った。姫様と一緒に先輩の手を握りながら先生を待つ時間は、一生来ないのではないかと思えるほど長く感じた。

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