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料理の女神⑦

 そんなこんなで話していると午後五時半になってしまい、その日は結局僕の服は一着も買わずに終わった。三人で姫様を門限のギリギリの時間に送り届けた後、駅に向かって歩いていると先輩が「夕食でもどうだ?」と切り出した。


「いいですね。僕はもともと食べてから帰る予定でしたので」


 僕がそう言う横で、宮島が申し訳なさそうに下を向いていた。 


「ぐうっ……わ、私もすごい行きたいんですけど、この後習い事が……」


「習い事?そういえば前も言っていたよな。何をやっているんだ?」


「け、剣道よ」


「剣道か!へー!宮島は運動神経が抜群に良いし、強そうだな」


 素手であの破壊力だもんな。竹刀を持たせたら命の危険すらありそうだ。


「純、強いなんてもんじゃないぞ」


 何故かダークマター先輩が自分のことのように得意気な顔をしていた。


「え、そんなに強いんですか?」


「去年私と優衣で応援に行ったことがあるが、確かその時は全国大会だったはずだ」


「どええええええ!?マジですか!料理研究部なのに!?」


「えっと……。うん。高体連のやつ以外にも大会はあるから……」


 今日の先輩の雑誌に載るレベルの料理人というのにも驚いたが、宮島も宮島で大概だ。どんなスペックしてるんだあんた達は……。


「確か時期的にそろそろ大会だろう?今年は純も一緒に応援に行くか?」


「行きますよ!絶対に行きます!」


「…………へ?」


 宮島は信じられないことでも聞いたかのような顔をして固まった。


「あ、あれ?宮島?」


 アストロンでも使ったのかというほどの固まりっぷりだ。微動だにしていない。

 心配した先輩が肩をポンポンと叩き、「さ、冴子?」と声をかけると、宮島はやっと「……あ!」と気が付いたように声を上げた。


「か、風早くんも応援に来て、くれるの……?」


「だ、ダメか?」


「…………」


「み、宮島?」


「やっっったああああああああああーーーーーっ!!!!!!」


 宮島は片足を可愛らしく曲げ、右手を突き上げて満面の笑みで叫んだ。午後七時前の住宅街に、宮島の通る綺麗な声が響き渡る。


「じゅんくんが、じゅんくんが私の応援に来てくれるっ♪ああーんどうしよう♪がんばらなきゃっ!相手がクマでもキングコングでも鎧の巨人でも絶対に勝たなきゃ!!」


 宮島がぶっ壊れた。いつもなら途中で我に返ってビンタの流れだが、今回はその気配すらない。K点を越えたっきり一向に戻ってこないスキージャンパーのようだ。

 そもそも「じゅんくん」って僕のことか?いつもは風早くんて呼んでいるのに、本当に急にどうしたんだ宮島は。


「こ、こうしている場合じゃないわ!!わたし、かえらなきゃ。かえって稽古をしなきゃあーーーっ!!!」


 そう言い残すと、宮島は目にも止まらぬスピードで住宅街を走り抜けていった。


「……ど、どうしたんでしょう、宮島のやつ」


「わからない……が、よっぽど純が応援に来てくれることが嬉しいみたいだな」


「はあ。まあそれなら僕も応援に行く甲斐があるんですが……」


「途中で言っていた『じゅんくん』というのは純のことか?」


「多分そうだと思うんですが、そう呼ばれるのなんて小学校低学年の時以来で……」


 そう。確かに昔はじゅんくんと呼んでくる相手がいた。その子は僕の幼馴染で、とにかくいつも元気いっぱいで、喜怒哀楽が激しくて、動物みたいに運動神経がよくて……。


「まさか宮島が……?」


 いや、そんな訳はないか。第一名字が違う。確かあの子の名字はもっと難しくてなんて読むのかもわからなかった。「宮島」という漢字だったらタカアシガニでも読める。あの子の家の表札にあった漢字はもっとごちゃごちゃしていて、これを毎回書くなんて大変だなと子供心に思ったほどだ。


「純?どうした?」


 僕の顔を先輩が覗き込んだ。無意識の内に一人で考え込んでしまっていたらしい。


「すいません、何でもないです。それじゃあ行きますか」


 まあ深く考えても仕方がないか。勢いで下の名前で呼んだだけかもしれないし。とりあえず気にしないでおこう。


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