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料理の女神⑤

 麹町……特徴的なこの名字を聞いたのは夏合宿の最中だった。言い出したのは確か外山先生だったはずだ。


「なんだー麹町。お前風早に何も言っていなかったのかぁー?]


「ちょおおおっと先生!私は麹町ではありません!!ダークマターです!!全く、誰ですか麹町って!有楽町線か!ハッハー!」


 こんなやりとりがあったのを覚えている。


 ……よく考えたら「麹町」ってダークマター先輩の名字じゃん。


 早速そのことを追及すべく、先輩の方を向いた。


「そう言えば合宿の時に先生が先輩のこと麹町って呼んでいましたよね?」


「うっ……」


「姫がわざわざ雑誌を持ってきて、先輩と名字が同じ……さすがにこれで他人というのは無理があるわね」


「うっ……ぐっ……」


 先輩は僕と宮島の追及にたじろくばかりで言葉が出てこないようだ。ここぞとばかりにさらに二人で追及をする。


「さすがに鈍感な僕でもわかりましたよ」


「さすがに天然の私でもわかります」


「雑誌に写っていた麹町美生さんは……」


「先輩の……」


「「お姉さん!」」


 最後の言葉は見事に二人同時に揃った。どうやら宮島も同じ考えだったようだ。


「……へ?」


「あれ、違うんですか?」


「違わない違わない!そうだ、その通りだ。イヤー、バレてしまったか!ハッハー!」


 先輩は先ほどと変わらず引きつった笑いを浮かべた。


「美人なお姉さまですね。先輩と似ていらっしゃるんですか?」


 無表情で話を続ける宮島。確かに気になる。先輩の顔はマスクでわからないが、もしこのお姉さんと似ているとしたら先輩もかなりの美人ということになる。


「いやー、昔は膝の形が良く似ているなんて言われたけどな、ハッハー!」


 またしても誤魔化すように笑う先輩。聞いてねーわ膝の形なんて。顔だ顔。


「僕、実はお姉さんに一度お会いしたことがあるんですよ」


「そそそ、そうなのか?」


「ええ。学校の近くの喫茶店で偶然なんですけど、とてもキレイな人だったので覚えていました」


「え、なんだって?もう一回言ってくれ」


「え?あ、いや。とてもキレイな人でした」


「だあああああ!あの時、私のことをそんな風に思ってくれていたのか!?」


 先輩はガタンと机に手を尽き、興奮しながら立ち上がった。


「いや、先輩ではなくて先輩のお姉さんですけど……」


「……あ!そ、そうだったな。ハッハー」


 先輩は苦笑いを浮かべながら再び席に座る。


「私も合宿でお会いしていたんです」


「そ、そうだったかー。仕事で静岡の方に行くとか言っていたかもな」


「その時優しい言葉をかけていただいて……」


「部員が落ち込んでいるときに励ますのは部長としてとうぜ……じゃない、部長の姉として当然だ!」


 いや待て。どんな当然だよそれ。

 やっぱり何かがおかしい。先ほどから話が嚙み合っていないし、先輩は明らかに何かを隠している。


「……先輩、まだ何か隠していません?」


「うぐっ……。さすがにもう、無理か……」


 僕の言葉に、先輩は観念したかのように呟いた。


「いいか?でかい声は出すなよ?」


 先輩は何かを決心したかのようにそう言うと、おもむろに自分の綺麗な金髪を掴んだ。すると金髪はスポンと頭から外れ、金髪の下から肩の辺りまでの黒髪のショートヘアが現れた。目の周囲を覆っていたマスクにも手をかけ、そちらもスルリと外す。

 そして金髪のカツラで少しペッタンコになっていた黒髪を手櫛で軽く整え、伏し目がちになりながら口を開いた。


「……私が麹町美生だ」


 …………。


「ぎゃあああああああああああああ!!!!」


「きゃあああああああああああああ!!!!」


 僕と宮島は同時に悲鳴を上げた。ああああああの、あの金髪マスクの変態が!?実は和食界期待の美人料理人で……いやいやいや、そんなわけないだろ!!と思いたいが、ただ目の前で見てしまった以上は信じるしか……。


「いけない。早く起きなきゃ……」


 僕が考えていると、宮島が自分の頬をビンタし始めた。


「待て、宮島!現実逃避をするな。夢じゃないぞ!」


「あ、風早くんも一緒に起こしてあげなきゃ……」


「やああああめろ!!僕がそれを食らうと失神しちゃうから!」


 騒ぐ僕たちに店内の視線が集まっている。どうやら大声を出しすぎてしまったらしい。


「と、とりあえず優衣が戻ってきたら外に出るか」


 先輩の提案に従い、姫様が持ってきたコーヒーをテイクアウトにしてもらい、僕たちは喫茶店を出た。


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