料理の女神②
「よーし!みんなでじゅんいちのふくをえらぶのじゃー♪」
デパートに向かって歩き出すと姫様は満面の笑みでそう言った。
左手を僕と、右手を宮島とつないでブンブン振りながら歩いている。「ふんふんふーん♪」と得意の鼻歌も聞こえてきた。どうやらかなりご機嫌らしい。
いつものことではあるが、姫様が街を歩くと人の視線を集める。小さな少女が和装をしているだけでも珍しいのに、力のある大きな瞳と太陽のように明るいこの笑顔。すれ違うだけで心を奪われる人も少なくない。
「あそこにいるちっちゃい子、超かわいくない!?」
「本物のお姫様みたーい!」
「私、写真撮らせてくださいって言って来ようかな」
そんなことを言われていても本人はそれに一切気付かず、「ふんふんふふふーん♪」と鼻歌交じりに元気良く歩いている。その天真爛漫な様子が愛らしさに拍車をかけ、「キャー」という黄色い声援まで聞こえてくる始末だ。
「ねえ、隣の女の子もモデルみたいじゃない?」
「脚すごい綺麗!あの変装用にかけてる眼鏡、外してくれないかなー」
宮島も若い女性数名から視線をを集めているようだ。愛用の眼鏡はディスられているが、まあそこはドンマイ。
「あの子達二人で手を繋いで歩くなんてホント絵になるねー!」
「姉妹二人で買い物に来たのかなー?」
……ん?あれ、僕は見えていないの?
街行く人から認識されないって何その異能。もしかして「絶」?普段から気配を殺しすぎて自然と「絶」が身に付いていたの?
ヒソカすら尾行できそうな自分の新たな異能の存在を確認しつつ、とりあえず目的のデパートに到着。まずはこのデパートの三階にある姫様が行きたいといった店から行くことにした。
最初は姫様が男性の服を選ぶのに興味があるのかと疑問だったが、どうやら家来にはこういう服を着てほしいという姫様なりの要望があるらしい。
そんでもって三階。
「ここじゃー♪ここでじゅんいちの服をえらぶのじゃ」
「……なるほど」
やって来た店は男性用着物の専門店「OCHIMUSHA」。
なんか嫌な名前だな。なりたくないわ落ち武者に。
「いつもゆいだけ着物じゃからの。けらいのじゅんいちもたまには着物を着るのじゃ」
理屈はよくわからんが姫様は家来にも自分と同じように和装であってほしいようだ。なにその要望。超可愛い。
姫様は「じゅんいちとさえこはここで待っておれ」と言い残し、一人店内で物色を始めた。ととととーっと店内を小走りで駆け回っては着物を手に取り「うーむ」と真剣な表情で思案している。
そして十分後。
「きまったぞ、じゅんいち!これじゃ!」
「じゃじゃーん♪」という姫様のセルフ効果音とともに一着の着物が僕に渡された。
「ゆいがいっしょうけんめいえらんだ着物じゃ!これならじゅんいちに似合うことまちがいなしじゃ♪」
そう言いながら自慢げに胸を張り、ニコッと笑う姫様。
嬉しい。どうしよう。泣きそう。
「せっかくだから試着してみたら?」
「そうじゃの!持っているだけでは意味がないからの。ちゃんとそうびしないとだめじゃ」
「何『そうび』って急に。この着物着ると守備力上がるの?ていうかそれ以前に姫様ド●クエやったことあるの!?」
「いちいちうるさいぞじゅんいち!さっさとしちゃくするのじゃ」
うん。まあせっかくだし試着はするけど。
お店の人に手伝ってもらい、僕は試着室で姫様が選んでくれた和服に着替えた。そしてカーテンを開け、和服姿で二人の前に立つ。
「どうかな……」
白に近い灰色で無地の単衣の着物の上に紺色の羽織。旅館とかにある浴衣よりも生地がピシッとしており、着ているだけで身が引き締まる。
「ふおおおおおお!じゅんいちじゅんいち!よくにあっておるぞ!かっこよいぞ!」
姫様はピョンピョン飛び跳ねながら目を輝かせた。
「わーいわーい」と飛び跳ねていたかと思うと、今度は「えへへー」と恥ずかしそうに笑みを浮かべながら和服姿の僕の隣に並んできた。どうやらよっぽど家来と一緒に和装をしたかったらしい。
「姫様、ありがとうございます。この着物とても気に入りました」
「うむ!じゅんいちはそのきものでゆいと公園に行くのじゃ♪」
姫様、それは世の中に存在する中で一番素敵な考えですね。うん。絶対に行く。
「もちろんです姫様!どこへでもついてまいります!」
「うむ!楽しみじゃのー♪」
そんな最高なプランを僕と姫様で話している間、宮島がこそこそと何かをしているのが目に入った。
気になってパッと宮島の方を見ると、なぜか僕の方にスマホを向けて写真を撮ろうとしていた。
「……宮島?」
「あっ!!こ、これは……違うの」
宮島は慌てふためきながらスマホを体の後ろに隠した。
違うって何がだよ。僕はまだ何も言ってないし。
「そ、その……あれよ!着物姿がどんな風か風早くんにも見せてあげようと思ったのよ!」
「いや、鏡があるだろ」
「でも自分の着物姿をおうちでも見たくなったら……」
「僕はそこまでナルシストじゃない」
「そ、それもそうね!あははははー……」
なんだ。宮島さん得意の天然か、と思ったが少し様子が違った。
宮島は顔を紅潮させ、恥ずかしそうに俯きながら右手の人差し指を一本立てた。
「でも、その……記念に一枚だけ撮っても……いい?」
なんだ急にこの宮島の乙女っぽい態度は。
ぐっ……なんかこっちまで恥ずかしくなってきた。
「別にいいけど……」
僕がそう言うと伏し目がちだった宮島はパアッと表情を明るくしながら顔を上げ、珍しくルンルンな様子で写真を撮った。
全く誰だよ宮島のこと無表情サイボーグって言い出したの。めちゃくちゃ人間味溢れてるわ。ジェロニモかってくらい溢れてるわ。
そんでその後。お店の人に三人での写真も撮ってもらい、僕は姫様が選んだ和服一式を購入すべく、「これをお願いします」とお店の人に渡した。
「ありがとうございます。こちら二点で十万八千円になります」
「……へ?」
聞きなれない桁の金額に一瞬時が止まる。
うーんと、なにそれ?デーモン小暮の年齢?
「ジューマンエン?」
「はい、こちら正絹の西陣織ですので」
さてと、まずは落ち着いて財布の中身を確認するか。えーっと、福沢諭吉は……今日は欠席か。一葉が一枚に英世が六枚……。うん。逆立ちしても買えない。清々しいくらい足りない。モウ資本主義ナンテ、ブッ壊レレバイイノニ。
僕たち三人はお店の人に全力で謝罪をし、トボトボと「OCHIMUSHA」を後にした。肩を落として歩いていく三人の様子は、さながら落ち武者だったに違いない。




