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料理の女神①

 合宿が終わり一週間。相変わらずの夏真っ盛りで、直射日光がジリジリとアスファルトを焼いている。

 焼かれるのは人間も同じなわけで、日向に出た人間はその瞬間に太陽の餌食になる。

 僕が今いる待ち合わせ場所は何故か日陰が一切無い。なので仕方がなく日向で体力を削りながら約束の相手を待っている。


 僕が来てから三分程経ったところで、遠くからダダダダッと勢い良く走る足音が聞こえてきた。徐々に大きくなるその音の方向を見ると、一人の女子が猛烈なスピードでこちらに向かって走って来ていた。


「っはぁ……ま、間に合った……?」


 少しオーバーランしそうになりながらも僕の目の前で止まり、両手で両膝を押さえながらハアッハアッと息を切らせている。


「っはあ、はあ……。ご、ごめん風早くん。遅くなっちゃって」


 その女子は息を切らしながらも、顔だけこちらに向けて申し訳なさそうに苦笑いをした。


 ……どんだけ急いでいたんだよ。


 今日も夏の合宿に来ていた時と同じオシャレなサンダルを履いている。

 サンダルでこのスピードってお前……。

 ちなみに合宿をしていた宿に置き去りにされたこのサンダルは、後日旅館の人に着払いで送ってもらったらしい。


「いや、全然遅くないぞ。まだ集合時間の三分前だし、僕もさっき来たばかりだ」


 猛烈なスピードで走ってきた同級生の宮島冴子は少しずれていた眼鏡と呼吸をを整え、ふぅーっとため息をついた後に、いつもの無表情で僕の方を向いた。


「久しぶりね。風早くん」


「……ああ。夏合宿ぶりだな」


 夏合宿後は暫くの間部活がなかったので僕と宮島が会うのは一週間ぶりだ。


 夏合宿という言葉を聞いた宮島は無表情を少し強ばらせた。


「そ、その……最終日は色々ごめんなさい」


 夏合宿の最終日、僕は宮島の張り手が顎に(きま)り、気を失った。 

 その後気が付くと学校の保健室に寝ており、号泣する宮島と安堵の表情を浮かべる他の三人の姿があった。

 宮島は綺麗な顔をグシャグシャにしながら僕に謝罪した。


「ぅぐっ……が、がざはやぐん……ごめんださ……い。わ、わだし……そんなづもりじゃ……」


 涙をぬぐい、鼻水を啜りながら謝る宮島はクールビューティーの欠片もなかったが、その様子から誠意だけは十分に伝わってきた。

 

「いや、泣くなよ宮島。そんなに気にしないでくれ」


「で、でも……わだし……」


「僕は気にしていないし体も何ともない。だからそんなに泣くなって」


「う、うん……」


 まあそんなことがあったので多少は気まずさがあるのだろう。僕としては女子の張り手で失神したという事実はさっさと全員の記憶から抹消したいので、宮島にも早く忘れてほしい。


 それにしても強烈だったな、宮島の張り手。去年の文化祭では客を一列に並ばせて張り手をしていったって先輩が言っていたけど、よく怪我人が出なかったなと正直思う。

 足の速さとかもそうだけど、この色白で華奢な体のどこにそんな力が隠されているんだか……。


「な、何……?今日の服、変かしら」


 宮島は僕から目線を外して少し心配そうな顔をした。どうやら僕の視線を感じ、宮島の服を見ていると勘違いしたらしい。


 淡いピンク色のワンピースからスラリと伸びる長い手足。改めて見るとモデルさながらのその容姿に思わず息を飲む。

 合宿の時には爽やかな印象を受ける服装だったが、今日はその時よりも可愛さが際立つ服装だ。


「そのままファッション誌に出てきそうなほど似合っているよ。僕が側を歩くのが申し訳ないくらいだ」


「そ、そう?ありがと……」


 こんなオシャレな格好の女子と僕が一緒に横浜で買い物か……。よくよく考えたら荷が重いな。

 

「じゅんいちー!さえこー!」


 元気良くこちらを呼ぶ声が聞こえた。その方向を見るとダークマター先輩と姫様が手をつないで歩いてきていた。姫様は繋いでいない方の手をこちらに向けてブンブン振っている。


「合宿ぶりだな二人とも。元気だったか?」


 相変わらず顔の上半分だけのマスクをつけている先輩だが、今日はマントはしていなかった。


「ええ。お陰さまで。あれ、先輩今日マントは?」


「今日はちょっと仕事でな。スーツで行かなければならないんだ」


 首より上は金髪にマスクで相変わらずの変人っぷりだが、今日の首より下はレディーススーツをビシッと着こなしており、首から上を見なければ仕事の出来そうな美人OLといった風貌だ。


 ダークマター先輩は身長百七十センチ超えの女性にしてはかなりの長身で、その上出るところの出た高校生らしからぬグラマラスなボディラインをしている。

 その先輩がピシッとしたスーツを着ると、胸や腰の各部位が強調されかなり目のやり場に困る。


「……?どうした、純。私の身体をじっと見つめて」


「え、僕!?いやいや!見てないです!じっとなんて」


「ははーん、わかったぞ純。さては私のスーツ姿に見とれていたな?」


「ぐっ……そ、そんなわけ……」


「フフン。中々可愛いところがあるじゃないか。いいぞ、純にならいくらでも見られたって。ほれほれ」 


 ダークマター先輩は腰に両手をあてながら、自分の胸を強調するようにグイグイと僕の方に身体を近付けた。


「だあああああやめろ変態!白昼堂々と天下の公道で!」


「じゃが、じゅんいちの顔はうれしそうじゃの」


「……風早くんサイテーだわ」


 首をかしげて不思議そうにする姫様と、刺さるような冷たい視線を送る宮島。


 違うんだ。不可抗力だ。先輩が勝手に身体を近づけて来たんだ。

 まあでも嬉しくないと言えば、それはウソになってしまうけどね☆


「さて純との戯れはまた後日するとして……」


 また後日するのかよ。そいつは楽し……みじゃない、迷惑だ。迷惑に決まってるもんね。


「私はこの後すぐ仕事でな、もう出なくてはならない。すまんが純の私服は二人で選んでくれ」


 そもそも料理研究部の面々が今日集まった理由は僕の私服を買いに行くためだった。

 最初は合宿中に穴掘り大会で負けた宮島が、僕の私服を選ぶという罰ゲームをすることになっていた。しかし姫様と先輩が「そんなものは罰ゲームでもなんでもない。自分たちも一緒に行きたい!」と言い出し、結局みんなで行くことになったのだ。


 あの時は先輩もかなり行きたそうだったけど、急な仕事でも入ってしまったんだろうか。


「本当は私も選びたかった。目から血の涙を流すほど悔しい気持ちであるということを、どうかわかってくれ」


 うん。そんな重すぎる気持ちはわかりたくない。


「では、二人とも優衣のことを頼んだぞ。優衣、仕事が終わり次第迎えに来るからな。純に素敵な私服を選んであげなさい」


「かしこまりました!だいまおうしゃま!かならずや、ゆいがよき服をえらびましょう!」


 姫様はそう言った後、僕の方を見て「任せておけ」と言わんばかりの表情で胸を張った。


 先輩は僕たちに「さらばだ!」と言い、テクテク歩きながらどこかへと消えていった。


 ……仕事でもあのマスクはつけたままなのだろうか。あのマスクをしていたら服装がスーツでも意味ない気がするけど。


「それじゃあ私たちも行きましょうか」


「そうだな。えーっと、今日二人ともよろしくお願いします」


 僕が宮島と姫様に向かって頭を下げると、二人は「……わ、私に任せなさい」「ゆいにまかせておれ!」とそれぞれ胸を張った。 


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