夏合宿⑭
挙手による投票の結果、マグロ解体ショー一票、かくれんぼ一票、ディナーショー三票で今年の料理研究部の文化祭での出し物はディナーショーに決定した。
「そうなると後はショーの内容ですね」
「ディナーショーと聞いて思いつくのはやっぱり音楽だけど」
「そんなことはないぞ。演劇や手品もあるし、中には有名人が喋っているだけのものもある」
宮島の言葉に先生が割って入った。どうやらその口ぶりからするにディナーショー経験者のようだ。
「先生、ディナーショーに行ったことあるんですか?」
「ああ。先月も行ってきた」
「ちなみにどんなディナーショーです?」
「どんなディナーショーかというと……」
「かというと……?」
思わせぶりにためを作る先生をダークマター先輩が覗き込んだ。それに続いて宮島と姫様も先生のことを覗き込む。
「……」
「あ、忘れちゃった」
「だああああああああ!」
肩透かしをくらった僕以外の三人は叫びながらその場でズッコケた。
「なああああんだお前らその『忍たま乱太郎』みたいなベタな一連の流れは!!今までとギャグのテイストが違いすぎるだろ!」
ためを作って聞いてからのどうしようもない答え。そしてズッコケ。絵に描いたような忍たまコンビネーション。
何、あんたたち四人でそれ練習してたの?打ち合わせ無しだとしたら息ピッタリすぎて気持ち悪いわ。
「茶番はいいので真面目に決めましょう。音楽が一番合ってると思いますけど、皆さん何かできますか?」
ちなみに僕は音楽関係のことは全くできない。高校の芸術の選択クラスも音楽が苦手だからという理由で美術クラスに入っている。
「私は音楽関係は苦手ね……」
宮島は申し訳なさそうに言った。宮島は僕と同じクラスなので当然美術クラス。やはり音楽は専門外なのだろう。
「ゆいはうたをうたうのが大好きじゃ♪うたならゆいにまかせるとよいぞ」
姫様はアピールするように片手を挙げ、もう片方の手で机を抑えながらぴょんぴょん飛び跳ねている。
姫様の歌超聞きてえええええええ!!絶対可愛いじゃん!!可愛い絵しか浮かばないじゃん!!
「姫様、ちなみにどんな歌が歌えるんですか?」
「うーむ、そうじゃの。最近覚えたのじゃと、『森のくまさん』じゃ」
「完璧じゃああああああ!!決定じゃ!文化祭の出し物は姫様の『森のくまさん』に決定じゃああああ!!」
「お、落ち着け純。確かに優衣は天使のような容姿をしている。だが私たちのブースに訪れる目の肥えた客が、果たして六才児の歌で満足するかどうか……」
……文化祭の出し物に目の肥えた客が来るの?誰?海原雄山かしら。
「調度カラオケセットがあるし姫に歌ってもらってはどうだ?」
先生はホワイトボードの脇にある大きなカラオケセットを指さした。
「わーい♪うたっていいのか?」
先生の提案に目を輝かせる姫様。
いいに決まってます!むしろ私のような下賤の者が姫様の生歌を拝聴できるなんて極悦至極にございます!
ダークマター先輩がカラオケセットの歌を選ぶやつで「森のくまさん」を入れ、姫様にマイクを渡し、優しく頭を撫でて「優衣、頑張れ」と声をかけた。
大好きな先輩からの思わぬ応援と、これから歌が歌えることでルンルンのご様子の姫様。そのままてくてくと歩き会議室の前のホワイトボードがあるスペースの中央に立った。
両手でしっかりとマイクを持ち、流れてきたBGMに合わせて両足のつま先を同時に上下させてリズムをとっている。
そして真夏に降り注ぐ太陽のように満面の笑みで姫様は歌い始めた。
ニッコニコの笑顔のまま一生懸命楽しそうに歌う姫様。
それを無言で聞く僕たち四人。
夢のような二分間が光のごとく流れていった。
そして二分後、姫様は「森のくまさん」を歌い終えた。
しかし、歌い終えてもそこには拍手は無かった。
シーンと静まり返る会議室。
歌を聴いていた四人は全員言葉を失い、ダバダバと滝のような涙を流していた。
「……純」
「……はい」
「……人はどうして戦争など無益なことをするのだろうか」
「奇遇ですね……。僕も同じことを考えていました」
歳を重ねる毎に自分の心の中に蓄積された汚い部分が、今すべて浄化されたよ。天使の歌声で。
「み、みんなどうして泣いておるのじゃ!?ゆいのうたはそんなにダメであったか?」
慌てふためいてオロオロする姫様に宮島が歩み寄り、頭を撫でた。
「姫、本当に素敵だったわ。ビックリしちゃった」
涙を拭い、姫様に優しく微笑んだ。
「ほんとうか!?」
「ああ。良かったぞ優衣。冴子の言う通りだ」
先輩はパチパチと称賛の姫様に送った。
その拍手に自然と他の三人も続く。
姫様はここまで誉められるのが予想外だったらしく、えへへと照れながら居心地悪そうにマイクを弄った。
「決まり、ですね」
「……そうね」
「今年の出し物は優衣の歌によるディナーショーに決定だ!!」
最初はどうなることかと思われた出し物決めだったが、最終的には満場一致で決定した。
今年の料理研究部の出し物は姉ヶ崎優衣(六歳)による歌のディナーショー。曲目は森のくまさん。
パーフェクト。パーフェクトだ……。
うん。ただ、どんな文化祭になるかは全く想像がつかん。
こうして料理研究部は高校の文化祭なのに六歳の女の子による歌のディナーショーという前代未聞の出し物を引っ提げ、十一月の文化祭に向かって行くことになった。
*
そして三泊四日の合宿も全日程が終了し、帰りの車中。先輩と姫様は合宿の疲れからかすやすやと眠っており、起きているのは運転手の先生と後部座席にいる僕と宮島の三人。
「姫も先輩も疲れていたのね」
「先輩は仕事が多かったし、姫様は外泊するのが初めてだからな」
「そうね。でも二人のおかげでとても楽しい合宿だったわ」
宮島は話している僕の方は向かず前を向いていたが、いつもの無表情を崩して微笑んでいるようだった。
「……そうだな」
合宿と呼べるのかも分からないくらいハチャメチャな合宿だった。それこそテニス部の時の合宿の疲労感や達成感は感じられない。
ただ、この部活の合宿は全く別のモノを僕に経験させてくれた。
これから一体どうなるんだという恐怖と期待の入り雑じった高揚感。
何が入っているのか分からない宝箱をドキドキと心を躍らせながら開け続けるような毎日だった。これはこの部活のメンバーとでないと絶対に味わえない。
きっとこの部活で活動をしていけばこの先もそんな体験が沢山できるのだろう。そう考えると、今後の部活も何だか楽しみになってくる。
合宿を終えて僕はそんなことを考えてた。
「楽しみだな、文化祭」
「うふふ、本当にそうね」
宮島はそう言った後、ふーっと一つ深呼吸をして前を向いたまま続けた。
「三人で部活をしていた時よりもね、今はもっと楽しいの。きっと風早くんが来てくれたおかげね」
僕のおかげ……?他のメンバーに比べて全く個性もなにもない僕が?
思わず宮島の顔を見た。
宮島は僕の視線に気づくと、僕の目を見てサイボーグと呼ばれているのが嘘のような優しい笑顔で微笑んだ。
真正面からその笑顔を受けた僕は急に顔が熱くなり、思わず視線を下に落とした。自分でも顔が赤くなっているのがわかる。恐らく宮島も気付いているだろう。
ぐっ……一体何をドキドキしているんだ僕は。宮島とはいつも隣の席でこれくらいの距離で話しているじゃないか。
冷静に、冷静にならなくては……。
視線を落として思いを巡らすこと数秒、ふと僕の視界にあるものが飛び込んできた。
宮島の履き物が、行きのオシャレなサンダルから変わっていた。
地味なベージュ色に「人生は旅」という文字が刻み込まれたスリッパ……。
……。
うん。間違いない。旅館のスリッパだわこれ。
この子間違えて旅館のスリッパを履いて帰って来ちゃってるわ。
途中まで成りを潜めていた宮島の天然がここに来てまさかの大爆発。まさかここまでの筋金入りとは。いやー、さすがだわ。宮島さんホントにさすが。
ただダメだ。このシリアスな状況で「人生は旅」サンダルに気付かせるわけにはいかない。それではあまりにも宮島がかわいそうだ。
「ん?風早くん、どうかした?」
「いやあああああ、どどどどうもしてない!いたって冷静!ハッハー☆」
「何で私の足元をずっと見ているの?」
「だあああああああ!違う違う違う!見てない見てない!見てないから絶対にお前も見るんじゃないぞ?今はまだその時じゃないんだ」
「……?変なの」
そう言いながら訝しげに自分の足元に視線を落とす宮島。
ダメか。無駄な足掻きだったか……。
自分の足元を見た宮島は「え……あっ!」と声を上げた後、一瞬にしてその顔を真っ赤に染めた。
「お前のサンダル、旅に出ちゃったみたいだな……」
宮島は下を向いたままプルプルと震えている。
どうやら僕の小粋なユーモアも聞いていないようだ。
「……ばか」
「え?」
「風早くんのバカああああああ!!」
「グフォオオオオオッ」
何故だかわからないが僕は宮島の全力のビンタをくらった。
バシイイイイという大きな音、そして激しい衝撃と共に徐々にに意識が遠退く。
うわーい、なんだか気持ちよくなってきた。これきっと気を失うヤツだ。とりあえずダイイングメッセージを書いておこう。みーやーじーまと。
なんだか先生も宮島もキャーキャー騒いでいる。先輩と姫様も起きたようだ。
全く大袈裟だなあ。今起き上がりますから……。
あれ、おかし…………。起きれな……。
……。




