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夏合宿⑪

 合宿のために静岡県は静波海岸の温泉旅館に宿泊して本日で三日目。

 僕たち料理研究部のメンバーは、食堂での昼食を終えて五人でまったりと一階のラウンジでお茶を飲んでいた。


 テーブルの周りに向かい合って並んでいるカウチソファにそれぞれが座り、誰が何を話すわけでもなくソファに体を預けきった状態でボケーっとしている。


 いやー、いいよね。旅館って。ラウンジでお茶を飲むだけでこののほほんとした雰囲気だもの。


 僕は温泉旅館と言えば修学旅行の時のイメージしかなくて、なんだか忙しくて騒がしい場所の印象が強かったけどこんな素敵な場所だったとは……。


 声を大にして言いたい。温泉旅館とはこの世の天国である。


 都会の喧騒を離れ、静かな土地で何をするわけでもなく時間を過ごす。

 時間になれば出てくる贅沢な食事。好きな時間に入れる豪華なお風呂。

 ああ、なんて贅沢なんだろうか。


 これだけのほほんと過ごしていると、この旅館の一帯だけ時間がゆっくり流れているような気分になってくる。


 今日も天気が良く、ラウンジの窓際の席には温かい日差しが入ってくる。

 ふぁあー。なんだか眠くなってきたな。お茶が終わったら自分の部屋で昼寝でもしようかな。

 

「もう一時か……。よし、一旦解散して三十分後に本館二階の会議室に集合だ」


 僕が素敵な温泉旅館プランを立てていると、先輩が時計を見ながらそう言った。

 どうやら今日は仕事が無いらしく、朝からずっとみんなと行動を共にしている。


「会議室?何をするんです?」


「おいおい純、何を言い出すかと思ったら。お前は此処に何をしに来ているんだ?」


 先輩は欧米人のような仕草で両手を広げ、やれやれといった様子でこちらを向いた。


「何をしに来たって言われても……」


 むしろそれは僕が聞きたい。よくよく考えると今のところ飯食って寝て海で遊んだだけだ。なんだこの生活。自称サーファーの無職の男か僕は。


「部活の合宿に来ているんだからやることは部活に決まっているだろう!ハッハー!」


 先輩はその後に「ボウリング場に来てるのに、これから何をするんですか?と言っているのと同じだ」と付け加えた。

 うん、まあこの部活のメンバーはボウリング場に来ても各々勝手なことをしそうだけどな。


「風早くんが愚かなことを言うのも仕方がないわ。旅館に来てから料理の「りょ」の字も出てきていないもの」


「いや待て。むしろ僕が入部してから一度も料理の話は出てきていないぞ」


 ていうか料理の話どころか、一ヶ月経つけどまだ折り紙と穴堀りくらいしかしかしていない。なんだその二つ。どんな異種格闘技だ。何部なんだ一体。


「……純、私が何の意味もないことをお前にやらせると思うか?」


「少なくとも今までの活動が料理と関係あるとは思えませんけど」


「ふふふ、素人だな純は」


 ダークマター先輩はさも意味有り気な不敵な笑みを浮かべた。


「私の綿密な計算は、さすがに素人にはわからんか」


「……え?ま、まさか!」


「くくく……そのまさかだ」


 そのまさかだと……?それはつまり……!


「今までやって来た折り紙も穴堀りも、全部料理研究部のための特訓だったんですね!?」


 知ってるこういう展開!!

 野球の漫画とかで読んだことある!


 独特なコーチに野球と全然関係ない田植えとかをやらされて、「ふざけんなよ!コーチはいつになったら野球をやらせてくれるんだよ!俺っちは農家になるために野球部に入ったんじゃないんだぜ?」みたいなことを言って、ろくに野球をさせてもらえないまま他校との練習試合に突入して、「農業しかしてないのに勝てるわけないだろ!えーい、ダメでもともと!そりゃー☆」みたいな感じで投げて、ナメてかかってる他校の一番バッターの胸元にズバーンと良い球が決まって、シーンってなって、130キロそこそこしか出てなかったストレートが150キロ出るようになってて、「こ、この力……いつの間に……はっ!もしかして……!!」みたいなやつ!!


 つまり折り紙や穴掘りは、料理初心者の僕が料理をするための基礎的な力を養うための特訓だったというわけで……。


「いや、違うぞ」


 先輩は突如真顔になり、僕の妄想を遮るかのようにそう言った。


「違ええええええのかよおおおおおおお!思わせ振りだわ!ていうか急にその真顔はむかつくしズルい!」


「折り紙や穴堀りが料理の特訓……?正気か?純」


「ぐっ……。やっぱり僕は無駄な時間を過ごしてたんじゃないですか」


 先輩と僕が睨み合っていると、ととととーっと姫様が駆け寄ってきて、僕の服をちょんと引っ張り顔を見上げた。


「じゅんいち。とっくんじゃなくても、いっしょにおりがみをした時間はゆいのたいせつな思い出じゃぞ?むだなんて言ってはだめじゃ」


「ひ、姫様ぁ……」


 こちらを励まそうとする主君の笑顔に僕は一瞬で心が癒された。

 決めた。僕はこの天使に一生ついて行こーっと。


 ダークマター先輩は「優衣は優しくていい子だなー」と姫様の頭を撫でた。それに対して姫様も「えへへへへー」と満足そうな笑みを浮かべている。


「まあまとめると、グダグダ言わずに部活だ。純」


「そうじゃ、ぶかつじゃ!じゅんいち!」


 先輩と姫様はクルッと僕の方を向き、同じタイミングでビシッっと指をさした。

 すっごい息ぴったりだなこの二人。そんで何度も言うけどあなたたち、人に指をささないの。


「なんて勝手な……。宮島、去年もこうだったのか?」


「ええ。去年は二日目だったけれどね。基本的に先輩に振り回されて突如活動が始まるのが料理研究部の日常よ」


 宮島は無表情でお茶を啜った。


 まあ部活をするなら望むところではある。ついに僕が「ちゃんと部活をしろ!」と言い続けてきたことが実現するわけだ。


「それじゃあ私は必要ないだろうからまた夕飯の時間に」


 そう言いながらそそくさとラウンジを後にしようとした先生の肩をダークマター先輩が掴んだ。


「先生。そう言ってまた飲みに行くんでしょう?ダメです。今日の活動は先生も参加してください」


「ゔっ……バレていたか。そこまで言うなら私も参加しよう」


 こうして僕にとって初めての料理研究部の部活動が行われることになった。


 すべてが謎に包まれていた料理研究部の実体が今、明らかになる!!

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