夏合宿⑨
合宿二日目。時刻は十一時。我々料理研究部は海にやってきた。決してこれは観光ではない。合宿である。だが料理などする様子は一切なく、初めての自由時間以外の活動が「海」である。
いい加減そろそろ料理に関することをしろよおおおお!!
いや、もういい。怒られろ。道場六三郎に怒られればいい、この部活は。
「うーみじゃー♪海じゃー♪」
あまりにも待ちきれずに旅館から浮き輪を付けてやってきた八歳の少女が、初めての海を前にテンションを上げ、ピョンピョン飛び跳ねている。
そんな姫様は本日、少し海に浸かり、その後は貝殻を拾ったり、砂浜を掘って遊んだりして過ごされるご予定です☆
もういっそのことこの部活、料理研究部から改名して「姫様眺め部」とかにした方がいいんじゃないの?すっごい部員増えるよ、多分。
かくいう僕も、水着は旅館からはいてきており、上に着ていたTシャツを脱ぐだけの状態なので、はしゃぐ姫様と一緒にブルーシートで荷物番。他の女性陣は現在、更衣室で着替えている。
「じゅんいち…なんじゃそのTしゃつは」
「え?ダメですかこれ」
「うーむ…。さえこもへやで同じものを着ておったから、もしかしたらはやっているのかもしれんの」
宮島もこのTシャツを持っているとは。てことはアイツも回転寿司で買ったのかな。
ふふっ、ヤツめ。意外といいセンスをしているではないか。
「それにしてもじゅんいち、じゅんいちはみじゅぎにならないのか?およがないのか?」
姫様が心配そうな顔で僕の顔をを見上げた。
「なりますよ。もうこれTシャツ脱ぐだけなんです。よっと」
姫様に促され、Tシャツを脱ぎ、いつでも泳げる体制になった。姫様。これでどこまでもついて行けますよ。
「楽しみじゃのー♪ゆいは海がはじめてじゃから、けらいのじゅんいちがしっかりそばにいるのじゃぞ!」
「はい!心得ました」
姫様のご命令でしたら、たとえ火の中水の中でございます。
「おーい、風早!」
そうこちらを呼ぶのは外山先生の声だった。二人とも着替え終わったらしく、水着姿に荷物を持ち、こちらに歩いてきていた。
「待たせたな。いやー、砂浜まで来ると一層日差しが眩しいな!」
外山先生は額に手を当てながら眩しそうに空を見上げた。
白地に水色のフリルが付いた水着を着ている先生は、その抜群のスタイルの良さから周りの視線を集めていた。こ、このたった一枚の布地の奥に隠されたものが昨日の柔らかさの正体か…。けしからん!この日本史教師はけしからんぞ!
「どうだ、似合うか風早?」
生は腰に両手を当て、どうだと言わんばかりに胸を張って仁王立ちをした。
ダメだ先生!揺れてはいけないものが、揺れてしまっている!けしからん、この人は本当にいい意味でけしからん!
「えーっと、そうですね、けしからんと言いますか何というか…。正直に言いますと、とても素敵です」
「そうか!?嬉しいこと言ってくれるじゃないか風早!」
嬉しそうな顔で外山先生は僕に飛びつき、ヘッドロックを掛けようとした。だめ!その格好でそのスキンシップは絶対にダメ!!
僕は後ろに飛び避け、何とか身をかわすことに成功した。ふー、危ない危ない。この二十八歳はホントに…。
「せ、先生!ちょっとはしゃぎ過ぎでは…」
隣にいる宮島が焦りながら先生を諫めた。ナイス!ちょっとがっかりだけどナイス!
はあーっとため息を一つついた宮島は、パッと僕の方を向いた。伊達メガネにも関わらずしっかり眼鏡をかけてきており、昨日と同じピンク色のピンで止めたいつも通りの髪型に…ってお前その水着は!!
「か、風早君のその水着、なかなか似合っているじゃない」
宮島は僕の姿を見てそう言うと、いつもは無表情の顔を少し紅潮させ、目のやり場に困るように視線を泳がせた。
ねえ宮島さん、普通逆じゃないかしら。水着似合ってるよからのオロオロは普通僕がやるんじゃないかしら。
何、じゃあこの場合僕が「もう、どこ見てるのよ!ばかっ」とか言えばいいの?
「いや、でもお前もすごい似合ってるっていうか勇気あるな。その競泳水着」
宮島は競泳水着だった。うちの学校はプールが無いのでスクール水着ではないが、紺色の生地の両側にピンクのラインが入り、胸のあたりにメーカーのロゴがプリントされている。
おそらくこの海で小さい子供を除いてこのタイプの水着を着てきているのは宮島だけだろう。ただ、一言だけ、これだけは言っておきたい。
何か逆に、すごくいい…。
全員きゃっきゃうふふな水着を着てきている中で、一人だけこの競泳水着。しかも日の光を浴びたことが無いような白い肌に、細い腕、日本人離れした長い脚。なんか宮島だけ一人神々しい光を放っている気すらする。
「へ、変かしら。私これしか持っていなくて」
これでキャップとゴーグルも着けていたら話し合いが必要だが、今のままでいい!お前は変だが今のままでいるんだ!
「さえこさえこ!すごいきれいじゃぞ!うなぎみたいじゃ!」
姫様は目を輝かせながら両手をブンブン上下に振り、宮島に言った。姫様、それは全然褒めになっておりませぬ。
「あれ、そう言えばダークマター先輩は?」
「今日もまた仕事みたいね。そう言えば去年も海には来ていなかったわ」
「あいつは半分仕事で来ているからな。君たちの合宿の旅費が無料なのも、あいつが今働いているおかげだ。よし、私は海の家で飲み物を買ってくるからお前たちは好きに遊んでいていいぞ。姫は二人から絶対にはなれないようにな」
「はーい!」
姫様は元気良く手を挙げて返事をした。先生はそのまま財布を持ち、海の家の方に消えて行った。どうせビールでも買いに行ったんだろうな。
それにしても、旅費はダークマター先輩が出してくれていたのか。てっきり後で徴収されるものと思っていた。激しい中二病で悪ふざけの塊みたいな人だけど、合宿中は僕らのために働いてくれていたみたいだ。何か僕にも手伝えることがあればいいんだけど。
「後で一緒に、何か手伝えないか聞いてみましょ?」
考え込む僕の心を見透かすように宮島はそう言い、顔を上げた僕に優しく笑った。
「そうだな」
「今は姫もあんなにはしゃいでるし、みんなで楽しく遊ぶのが一番だわ」
姫の方を見ると、既に上に羽織っていた白いパーカーを脱ぎ捨てて臨戦態勢になっていた。
「そうじゃ!みんなで遊ぶんじゃ!そこでじゅんいち!ゆいとのやくそくをおぼえているか?」
「姫様との約束?あー、覚えてますよ。何か海で勝負をするって言う」
「そうじゃ!三人であなほりたいけつじゃ!!」
え?それなんか地味じゃないですか、姫様。もっと浜辺でビーチバレーとかそんなのの方が……。
「穴掘りか、どうする宮島。もっとビーチバレーとかの方がいいよな?」
「穴掘りよ。絶対に穴掘り。私はこの勝負に人生を掛けているの」
「怖えええよ!!どんだけ気持ち込めてるんだよ!」
宮島の顔は真剣だった。ねえ、宮島さん。さっきの「みんなで楽しく遊ぶのが一番」とか言う素敵なセリフはどこに行ったの?
「あと、ただやってもつまらないから罰ゲームもつけましょ?お遊びなんだからそれくらい構わないわよね」
お遊びじゃないだろ、お前は人生を掛けてるんだから。一体どっちなんださっきから。
「罰ゲームの内容によるけど…」
「勝った人は風早君になんでも命令できるっていうのはどうかしら」
「僕に一切うまみが無い!!」
「ふおおおー!面白そうじゃの、ゆいもさんせいじゃ!」
いや、罰ゲームとして成立してないって!
「どうする?逃げるの?風早君」
「なんだよお前のその急に高圧的な態度は…。じゃあいいよ、やってやるよ。負けたら何の言うことでも聞いてやる」
まあ女子の綺麗な手じゃそこまで深く掘ったりは出来ないだろ。僕が勝つに決まってる。
「ふふっ、やるって言ったわね。姫、ボイスレコーダーは?」
「ばっちりじゃ。ちゃんとろくおんできておる」
「言質は取ったわ」
宮島は見たことが無いほどの悪い人の表情でニヤッと笑った。
え!?何これ、僕もしかしてハメられた!?怖い、穴掘り対決すっごい怖い!




