表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/63

夏合宿④

「合宿に着ていく私服を選んでほしい?」


 料理研究部の夏合宿が始まる一週間前の土曜日、私は中学校の同級生である名取睦美と駅前のファミリーレストランで昼食を食べていた。


「ええ、そうよ。私、外出することが少ないから私服をあまり持っていなくて」


「へえー。あの冴子が私服ねえ」


 睦美はニヤニヤしながら私の顔を見つめている。


「…何よ」


「制服と剣道着しか着ない女がどういう風の吹き回しかなーって思って」


 私の家の隣には母方の祖母が経営している剣道場があり、部活の無い土日は私もそこで稽古をしている。でも流石に剣道着で外出したりはしない。今日だってちゃんと私服でやってきている。


 ただ、私は自分の私服には全く自信がない。人からの評判もいつも最悪。そこで今日は、私の中学校時代の唯一の親友で、私と比べるとはるかにオシャレな睦美に、一緒に合宿に着ていく服を選んでもらおうと考えている。


「べ、別に私は今持っている服をそのまま着て行ってもいいのだけど、その…サイズよサイズ!サイズが合わなくなってきちゃったの」


「ふーん…。じゃあ制服で行けばいいじゃん」


「ぐっ、それは…三泊四日もあるんだから、ずっと制服ってわけには行かないでしょ?」


「なかなかガードが堅いわね。よし、じゃあ正面突破といこう。冴子、あんた彼氏出来たでしょ」


 突然の睦美の発言に、私は飲んでいたアイスティーを吹き出してしまった。逆流した紅茶が喉の奥にあたり、思わず咽込んだ。


 どうしてそうなる。睦美は昔から頭の中が恋愛のことでいっぱいなところがあった。どうやら高校生になった今も抜けていないらしい。きっと頭の中を開けて見たらハートマークでいっぱいだろう。


「な、何言い出すのよ急に。出来てないわよ彼氏なんて」


「ふふふ、いつも冷静な割に随分狼狽えるじゃない。じゃあ彼氏はまだとしても、好きな人が出来たんでしょ」


「なっ…!す…」


 睦美に言われ、頭の中に顔が思い浮かび、思わず言葉が止まってしまった。恥ずかしげもなく睦美の口から出た「好きな人」という言葉が頭の中でグルグルと回り、徐々に顔が熱くなっていくのがわかった。


「ほんっとどんだけ純情なのよあんたは!思い出しただけで顔真っ赤にして。ていうか今のその真っ赤になってる可愛い顔を見せれば、落ちない男なんていないと思うんだけど…」


「す、好きとかどうとか、そんなのはまだわからないのよ?でもその、折角学校以外で会う機会だから、出来るだけいいとこ見せられればいいなって思って…」


「うるさいうるさい!言い訳しおって!いいからさっさとどんなやつか教えろ教えろーい!」


 睦美は体を乗り出し、私の両頬をムニーっと引っ張った。


「うつみ、はめ…、ひたひ…」


 両手で引きはがすと、意外とすんなりやめてくれた。結構強く引っ張られていたので、少しヒリヒリする。


「あ、相変わらず驚愕の柔らかさね」


「ううっ…何するのよ!もう」


 こういう過度なスキンシップも中学の時から変わっていない。睦美は男女構わずこういうことをするから今まで何人もの男子を勘違いさせてきている。


「まあ私に任せなさい。親友のあんたの恋のためにひと肌脱いであげる」


 恋とかどうとか言っているが、あくまでも私はいいところを見せたいだけ、だ。


 ただ、睦美が味方に付くのは本当に頼もしい。からかってきたりするけど友達思いで、いつも一生懸命になってくれる。そんなところも中学校から変わっていなくて、懐かしく、嬉しい気持ちになる。


「えーっと、とりあえず、あんたが今着ている『手巻き寿司』って書いてあるTシャツは絶対に止めたほうがいいわね」


「え…ダメなの?」


「あんた正気?魔が射しても二度と着ることが無いように、焼却炉で灰にすることをお勧めするわ」


 こちらを見て、やれやれと言った表情でため息をつく睦美。私のこのTシャツはそんなにダメなんだろうか。家族は誰もおかしいとか言ってなかったけど。


「あんたねえ、もう少しそう言うことにも興味持ったら?勿体ないわよホント」


「そんなこと言われても…」


「いい機会だから親友として一言いってあげる。あんたの今日の格好、完全なスッピンにそのダッサイ眼鏡、そして極め付けがその手巻き寿司Tシャツ。こんな有り様で、それでも可愛いって、はっきり言って奇跡よ!?本当に勿体ない!あんたがコンタクトにして薄化粧してちょっと流行りの髪型にするだけで、原宿歩けば二秒でスカウトされるのに!」


 睦美は一気に捲し立てると、目の前にあるオレンジジュースをストローで飲み干した。


「ははっ…そんな、オーバーな」


「いいから一度やって見なさいよ。化粧はまあ、あんた結局失敗しそうだからいいにしても、そのダッサイ眼鏡をコンタクトにして、少し髪の色を明るくして、あと表情!教室とかでもう少しにこやかにしてみたら?どうせ中学の時みたいに、お地蔵様みたいな顔してずーっと座ってるんでしょ」


 お地蔵様とは失礼な。そう言えば今のクラスでも陰でロボットとかサイボーグとか言われてたっけ。

 全く、皆わかってないんだから本当に。私の立ち振る舞いはお地蔵様でも、ロボットでも、サイボーグでもない。


「失礼ね。これは、クールビューティーなの」


 そう。これはクールビューティーなのだ。


「…は?」


「髪も染めないし、お化粧もしないわ。無駄な愛想笑いなんて、絶対にしない。だって私が目指してるのはクールビューティーだから」


「出た…。冴子ワールド」


「でも、服はよろしくね。睦美」


「わかったわよ、そのクールビューティーな服を一緒に選びに行こ。あ、でも」


「でも何?」


「冴子が一番輝いているのは、剣道をしている時だよ。それをそいつに見せればいいのに」


「うーん、機会があればね。行きましょ」


 その後、私たちは脚が棒になるまで買い物をした。

 睦美のコーディネートで、初日の私は白のショートパンツに、トップスは薄い水色のブラウスという格好に決まった。特に水色のブラウスは睦美オススメらしい。


 試着室から恐る恐る出てきた私を見て一気にテンションを上げ、「冴子!超かわいいよ!!もう絶対この組み合わせで行けば初日から急接近だって!!」と太鼓判を押してくれた。


 この格好を見たら、何て言ってくれるかな。


 服装のことが心配で、不安しかなかった合宿の初日が、ワクワクして寝られないほど、待ち遠しくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ