ダークマター先輩登場⑧
料理研究部での部活も終わり、帰宅途中。結局今日も料理に関することは一つも出てこなかった。
もう慣れて来たけれど、いいのかしらこれで。
部活の途中で疲れて寝てしまった姫様は、今も僕の背中でスヤスヤと眠っている。
「すまんな純。優衣をおぶらせてしまって」
僕の左側にいるダークマター先輩が申し訳なさそうに声を掛けた。右側には無口で無表情な宮島が姿勢よく歩いている。
「いえ、家来の勤めですから」
「実は部活の途中で寝てしまうのは初めてのことなんだ。きっと純のために昨日の夜、いつもより遅くまで色々と考えていたのだろうな」
ダークマター先輩は僕の方を向いて、少し微笑んだ。
姫様が僕のために作ったプレゼントは、心の籠った本当に素敵なプレゼントで、それを貰った僕の心は大きく揺れ動いた。それこそ、今までの自分の考えがひっくり返ってしまうほどに。
「……正直ずっと怪しい変人に変な部活に入らされてしまったと思っていました」
「ふふっ、別にそれは間違いではないだろう。私が無理矢理、何もわからない純を連れてきたわけだからな」
「今日だって軽い気持ちでサボってしまおうと思ったんです」
「そうか。まあ、普通だったらそうしているよ」
「今日、姫様は僕も含めた六人で仲良くやっていくことが願いだと言っていました」
「そうか」
八歳の少女の心からのその願いを聞いた時、人の思いに真剣に応えなくてはいけないと思った。生まれて初めてかもしれない。
今まで、人から真心や思いやりを受け取ったことが無いわけではない。家族や友達、先生から、何度となく受け取ってきた。でも僕は、今思えば、その度にそれをはぐらかしてきた。
でも……。
「僕は、この部活で頑張ることにします」
人の思いに真剣に応えるということは勇気がいることだと思う。でも僕は八歳の少女の、この温かい思いにはしっかりと応えたいと心から思った。
「ふふっ、私は純ならそう言うと思っていたよ」
そして、ダークマター先輩は「まあでも…」と付け加えた。
「今回は優衣に感謝だな。この子の成長は、私もとても嬉しい」
そう言って僕の背中で眠る少女に、優しく微笑んだ。
ふと、背中から声が聞こえた。
「じゅん…いち」
寝言だろうか。背中への体重のかかり方からして、起きた様子はない。
「じゅんいち…。こら…。そっちは女風呂、じゃ…。まったくどうしようもない、やつ…じゃの」
「おいイィ!!どんな夢見てるんだよ!!お前の家来はそんな変態じゃないから!!」
「ふふふ、可愛いな優衣は」
「姫ははっきり寝言を言うタイプなのね」
先輩も、宮島も、寝言を言う主君とそれにツッコむ家来を見て、楽しそうに笑った。
*
その後、姫様の家はもうすぐだからということで同じ方向のダークマター先輩に託し、僕は宮島と二人並んで下校することになった。
「うちの部活で、一番最後に入ってきたのが姫だったの」
意外にも、宮島の方が先に口を開いた。やっぱりお前喋れるじゃん。クラスにいるときは何なんだよホント。
「それで唯一、姫様の後輩になる僕が家来ってことか」
急に家来と言われて、なすがままに従ってきたけど、そう言うことだったのか。まあ後輩イコール家来みたいなもんか。納得。
「うふふ、多分そう言うことね」
「なるほどな」
その後も不思議と会話は弾んだ。二年になってから三か月。隣の席で「おはよう」くらいしか言葉を交わしていなかったのに、まるで昔からの知り合いのように自然に感じた。あくまでも僕がそう思うだけで、向こうは気を使っているのかもしれないけど。
「でも、やっぱり…」
「…ん?」
「やっぱり、風早君って優しい人なのね」
「え…?何だよ急に」
「姫のプレゼントも素敵だけど、それに対するあなたの気持ちも、素敵だわ」
「いや、あんなプレゼント貰ったら、誰だってああなるだろ」
「そう思っても、素直になれないのが人間よ」
「そんなもんなのか?」
「うふふ、きっとね。じゃあ私、もう家そこだから。ありがとう。風早君の家、もうとっくに通り過ぎたでしょ?」
宮島はお見通しと言わんばかりに、いたずらっぽく笑った。そしてこっちに手を振ると、自宅の方へと歩いて行った。
「宮島!!」
どうしても、これは今日のうちに伝えなくてはいけないと思ったことがあり、僕は宮島を呼び止めた。
「…何?」
「あの…お前さ!その…。教室でも、部活の時みたいにもっと笑えよ!そっちの方が、僕は…いいと思うぞ!」
「ほら、やっぱり優しい」
宮島は何か喋ったようだったが、僕のところまで声は届かなかった。
「え!?悪ィ、聞こえねー!」
「何でもないわ。また明日ね、風早君」
そう言って再び僕に手を振り、自宅の方へと消えていった。