リズ・リサ
誰もが映画の主人公になれる場所。
ハリウッドムービーとまではいかないが、チャウエンのストリートはオレにとってそんな場所だった。
雨季でもないのに、叩きつけるように降ったスコールに濡れたアスファルト。雨が通り過ぎた後のアスファルトの独特の香り。まるで泣き止んだ子供みたいに安堵と何かへの期待の入り混じった笑みを浮かべた、スクーターのタクシードライバー達がバーガーキングの前に再び集まりだした。
くわえタバコでジョムタンがオレに近づいてきた。
『Hi!』
かまうのも面倒だった。シカトしてリズのアパートに向かいたかった。けど、オレにバーツを運んで来るタイレンの1人をシカトすればビジネスに支障をきたす。気づかなかったようなカオを作りながらオレは振り向いた。早くリズに会ってコニカルに巻いたシャグを吸いたかった。
『Yo. my menn. What's up?』
用件なら聞く必要もなく把握していた。
『Have your some・・・』
ベッドの上のオンナみたいにアレが欲しいコレが欲しいと何か言ってくるコトバなんて、水たまりを踏みつける日本車のタイヤの鳴き声にかき消されていった。ジョムタンの声よりもストリートに浮かび上がる他の声にオレは耳をたてていた。
『Sorry Nottin』
一言だけ放り投げて、バーガーキングやセブンイレブンのネオンに照らされたジョムタンの前を去ろうとした。
空港で 待ち合わせた恋人を迎えるときみたいに大きく両手を広げたジョムタン。もちろんそこに愛情なんて虫ケラに対してのもの程もありゃあしない。
電線をつたう残りの雨の水滴が落ちてきて、歩きだしたオレの額を濡らした。オレは星だらけの夜空を見上げた。
偉大なる天が降らせたスコールだって、人間の欲望は洗い流せやしない・・・