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プロローグ:神話の始まり

人々は神を信じた。

疑いもせず、誰もが世界は神が造ったものだと信じていた。

故に、過激な者も増える。

故に、崇拝を通り越す者もいる。

故に、人は神を創造してしまった。


ルシファーは世界を見つめた。

しかし、酷く落胆した様子でもある。天地開墾の侵略が起きた時こそは、その顔に満面の笑みを浮かべてはいた。しかし、終われば10年の平和が続いた。

ルシファーは何より争いを好んだ。同じ種族が、剣を取って戦うざまはなんとも滑稽で、世界を見ることしかできないルシファーにとっては退屈しのぎのネタだった。

しかしルシファーはここで気がついた。争いがないなら争いの種を撒けばいい。ひとつ、地球の外、宇宙空間を黄昏ている半径2mほどの岩に細工をした。程なくして、その岩は地球に向けて飛来していった。


ルシファーの顔には不敵な笑みが貼られている。




言わばこの世にはパラレルワールドが存在する。

言わばこの世には異世界が存在する。

神はその異世界、パラレルワールドの一つにつき1柱見定める役目を与えられた。全ての地球を見守るアウグスティヌスより。


そしてここ地球、ルシファーが見定める世界は主に四つの大陸が存在している。中心地アースガルズから等間隔に、東西南北に分かれた大陸。また、別段名前が存在するわけではなく、東洋と西洋、北欧と南欧と呼ばれている。





ND2935.8.15.AM8:30

西洋北端に位置する帝国バルカロス


「母さん、それじゃあ行ってくるよ。」


「無理しちゃいけないよ?」


「わかってるさ、行ってきます。」


昨日までじめじめとした雨が降り続いてはいたが、今日はサンサンと陽が降り続いた。入道雲が太陽を隠すと、少し涼しい風が肌を撫でた。

少年、姫神 霞は顔に笑顔の花を咲かせながら、水溜りを跳ねて避けながらコンクリートの道を音を立てながら歩いている。

―今日は晴れて良かった。

これから向かう場所は霞が家から歩いて五分かからずの所にある剣術所。霞は幼少の頃から剣術に非常に打ち込んでいた。理由は数多くあるが、大元は父の影響だろう。


霞の父親は20年程前に『北欧の龍神』と呼ばれた北欧地方最強の英雄だった。ND2918に『南欧の神話』と呼ばれたカラス・S・フラメル率いるエインヘリャルが引き起こした天地開墾の侵略を終わらせたのが、その北欧の龍神こと姫神蔵人であった。


剣術の才能はその父より授かっていた。その最強の遺伝子を引き継ぎ、元より他人、というより城の騎士団レベルでは歯が立たない程に技術を持っていた。別段、剣術所で磨くまではないのだが、父には「今の平和な世に必要なのは争いの為の剣術ではなく、魅せる為の剣術だ」と言われたから。


とは言っても、父さんとの記憶は実際そんなにはない。今は西洋に家を建てたものの、父さんは北欧の英雄。今でも北欧の帝国イザヴェルで騎士団長をしているらしい。霞自身それを悲しむことは無かった。大きくなったら、父さんと同じく帝国イザヴェルの騎士団に配属されたいという夢があった。それが実現できれば、父さんとは上下関係になるが一緒の時間を共有できると思っているから。


自分が通う剣術所の門を潜ると、すぐ右手側には年齢10に満たない門下生が揃って素振りをしていた。

集中しているのか、霞が門を潜ったことには気づいてないようだった。

道場の扉を開けば、ちらほらと年齢14程の少年少女が準備を進めていた。


「やぁ、きたようだね、霞。」


「先生、おはようございます。」


「あぁ、おはよう。それじゃあ準備が整い次第始めるとしようか。」


霞が今日晴れになって喜んだ理由はここにある。今日は霞の最終試験が待っていた。

魅せる為の剣術も、その才能故に一年足らずで習得した霞は、今日先生との試合を控えた。勝てば免許皆伝が言い渡される。その為の準備も怠らず、昨日も早く寝ることができた。


「…さて、まぁ試合をする前に話をしようか。君が僕を訪れてきた時は正直驚いた。実力を測ろうとした最初の試合、君はうちの一番強い蓮華を開始5秒で倒しちゃったからね。しかも習いたいのは魅せる剣術っていうのにも驚いた。あの姫神蔵人さんの息子だっていうことにも、ね。さっ、そんな君はわずか9ヵ月でどこまで上達したか。…楽しみだよ。」


「へへ…俺も、先生と試合できんのずっと楽しみにしてたんだぜ。」


「嬉しい言葉だね…。」


霞と先生は道場の真ん中、試合をする為に線で囲われた中に入り見つめ合う。最初に木刀を構えたのは霞。右手で握り、左手は添えるだけ。木刀を顔の右に構えて切っ先は先生に向ける。

先生は霞が構え終わるのを見ると、両手で木刀を握り、左足を半歩下げる。木刀は体の前で構え、霞を見る。

決着の付け方は相手を倒せば勝ち、ではない。あくまでこれは魅せる戦い。戦いの中で、木刀が打ち合う中でどれだけ可憐に戦えるかを競う。


「それでは……はじ―」


と、門下生の一人が開始の合図をかけようとした時、空が膨大な爆発音と共に光り輝いた。それは雷などで表現するには無理がある程に、大きく輝いた。門下生達は悲鳴を上げながら、足元にしゃがみこむ。


「何事だ!?」


先生がいち早く外に出ると、その光景に目を見開いた。霞も同様に、先生の後を追って外に出ては空を見上げて驚愕の表情を浮かべる。

二人揃って見上げる空はあの綺麗に澄んだ青空なんかではない。晴れてよかった、なんて思うやつなんているわけもないぐらいに。


「空が…」


「割れている…?」


まさに言葉の通りだっただろうか。まるで亀裂が走ったかのように空には穴が開いていた。いや、それは地獄の門が開かれたかのように、大きな魔物が口を開くように、どこまでも赤く赤く輝いている。


「皆さんは早く道場の中へ!固まっていなさい!」


「おい…どういう事だよこれ!オゾン層が破れてんのか!?」


「わからない…が、良くないことは確かなようだ。霞、君も道場に入ってなさい。」


「道場に入ったって何も変わんねぇだろ…。なぁ…何か出てくるぜ…!」


今も尚赤く不気味に輝くその穴から、ゴゴゴゴゴッとおぞましい音を立てているのが聞こえる。パリッパリッ…と、亀裂が走っていた空は、空だったものはガラスのように割れていく。その大きな穴には似つかず、中から現れたのは小さな小さな、大気圏で燃え尽きてしまいそうな岩だった。ゆっくりゆっくりと、まるで地球を見下すかのように、隕石とは思えない速度で顔をあらわにした。


「先生…!」


「まずいっ!」


先生が叫んだ時とほぼ同時だっただろうか。ゆっくりと動き出した隕石は一気にその速度を上げていった。場所は寸分狂わず帝国バルカロスのバルカロス城を狙っているかのように真っ直ぐ落ちてきた。

隕石は例え小さな石ころであろうと、地表に落ちたら、その破壊力が凄まじいということを霞は習っている。だから、その時にどうすればいいかなんてわからない。どうにもできないってわかってしまった。

待ち構える死の時間が、死神の鎌が首にかけられているかのような感覚が、霞の思考を真っ白にさせながら、冷や汗を吹き出しながら、ただただ見つめることしかできなかった。


ND2935.8.15.AM8:43

この日、四大陸でも最大の都市とされた帝国バルカロスが滅びた。


霞の意識は爆風と爆炎に呑まれて消え去った。








ND2935.8.18


「この度は北欧帝国イザヴェルによくぞ来ていただいた。私は北欧代表、石動丸徹だ。」


「いえ、今回のはどうも西洋だけの問題にはできませんので…私は東洋帝国天照大御神の東洋代表、天照尊でございます。」


「南欧帝国ローマの南欧代表、ネロ・エルディウスだ。」


「妾は西洋帝国ツェペシュの臨時西洋代表、アリシア・マクレシアじゃ。」


北欧にある帝国イザヴェル。そこに各大陸の代表者が揃った。言わずと知れたこの集まりは、三日前に起きた帝国バルカロスに隕石が落ちたことについての集まりである。

四者共に表情は緊張故か、非常に強ばっている。無理もないといえば無理もない。四大陸の代表が一箇所に揃うなど、長い歴史の中でただの一度もある訳で無かったから。

そこで、北欧代表の石動が口を開いた。


「この場は他者からの盗聴がないように魔法壁が張られておる。暗殺等もないよう、この場の護衛には北欧の龍神、姫神蔵人がおる。」


姫神蔵人は石動に紹介されたことで、石動の後ろで一歩前に進み、一礼する。その後一歩下がって何事も無かったかのような立ち振る舞いをする。

そこで次に口を開いたのは西洋臨時代表のアリシアだった。


「主よ、そなたは帝国バルカロスに家族がおったのではないのか?なぜこの場におる?」


「プライベートの優先など、騎士団長としてはあってはならない事。故に。」


「なんと…!」


アリシアの整った顔は、蔵人の一言で一気に歪んでいった。今回の件での生存者はほぼ0に近いと言われ、自分の家族が死んでいるかもしれないというのにその立ち振る舞いを崩さなかった蔵人。アリシアはそんな蔵人にぐぅの音も出せずにいた。


「…話を進めよう。此度の件、我ら北欧では『ラグナロク』と呼ぶ事した。」


石動の言葉に直ぐに言葉を返したのは、南欧代表のネロ。


「おい、その言葉を使うっていうのは、どういう意味かわかっているんだろうな?」


「然り。ネロ公の言いたいことはわかる。たが、今回の隕石は意図的に行われたものだ。まずはこれを見て頂こう。」


石動が言葉を区切ると、蔵人が手元の機会を操作する。石動達が囲う机の真ん中に立体の映像が映り出された。それは三日前、帝国バルカロスを襲った隕石が落下する瞬間を捉えた映像であった。悍ましく思う程に空が割れていく様は、四大陸代表の顔を更に引き攣らせた。

映像が終わると、石動は再び口を開く。


「…見ていただいた通りだ。あの程度の大きさで、オゾン層をあそこまで破壊できるか?バルカロス城に落ちたのが偶然だとしても、些か不審な点が多すぎる。系統魔法の中でも、隕石や宇宙を操る魔法使いなど存在しない。だが、これは間違いなく細工されているものだ。この地球でそのようなもの出来るやつがいないとなれば、やった者は…」


「…神、という訳なのですね。」


東洋代表の天照がそう口に出すと、会議室には異様な静寂が訪れた。沈黙は肯定と捉えられる、その言葉はこの現状に最も似合う言葉だったのかもしれない。


「理由はこの通りでラグナロクという名になった。しかしな、問題な点も出てくる。調査に向かわせた者から奇妙な報告を受けた。まずはこれを見てくれ。」


石動は1枚の写真を取り出した。そこには帝国バルカロス城に落ちた隕石の写真が映されていた。あれだけ小さな岩であったにも関わらず、地表に落ちても尚砕かれていない隕石の写真。そこには文字が刻まれていた。


「…なんて書いてんだ?」


「わからぬか?これはルーン文字だ。」


「あなたは読める、と?」


「して読んでみせる。『ルシファーの名の元に命ずる。戦争を起こせ。競え。国は幾つもいらぬ。武を持って武を制する国のみ生き残れ。』」


石動がそう口にするや早く、ネロ、天照、アリシアは勢いよく立ち上がった。そして、そのまま何事も無かったかのように会議室の扉へと歩いていった。


「…して、何処に行く?」


石動の問いに返事はなかった。

皆、先程までの緊張した顔つきはしておらず、目元がどうも暗く、さっきまでの雰囲気等感じさせない程に冷えきったオーラをさらけ出していく。目が血走る。拳が固く握られる。

結局、誰も言葉を発することもなくここ会議室を後にしていった。


「くっ…ふはは…ふははははは!あぁ!見てましたか!聞いておられましたか!えぇ、やりましょうとも!始めましょうとも!世界は既に動き出しております!ラグナロクにより運ばれてきた、ラグナロクの選択の通り!今こそ…!ルシファー様!」


残された会議室には石動ただ一人の笑い声が響き渡る。静寂を切り裂いたその声高の笑い声は、壁を振動する。空気が歪む。やがてそれは地球を超える。届くははるか世界の果て、地球の果て、アウグスティヌスまで。














始まりというのは小さなもの。

人間は何も無いところから何かを始める事は出来ない。大きかろうが小さかろうが、そこにきっかけがなければ始まらない。故に、カラス・S・フラメルは世界にきっかけを与えたに過ぎないのではないだろうか。

カラス・S・フラメルはどこまでも神を崇拝した。絶対的な立場は神のみ、と。

しかし、カラスはいつしかそんな自分に疑問を抱いた。なぜ、これほどまで私は神を崇拝しているのに、姿を見せてくれないのか。

カラスは神を疑った。しかし、神はカラスを見限らなかった。1柱の神はカラスに力を授けた。それはとても強大なもの。カラスはルシファーに気に入られた。ルシファーはカラスを自分の依り代にする事で力を授けた。

そこからは早いものだった。

力を手に入れたカラスは南欧にエインヘリャルと呼ばれる軍隊を作り上げ、海に出た。

当時、海とは危険なものだった。海にはヨルムンガンドと呼ばれる神獣が住まい、陸を離れるものなら天罰を下すと、誰もが疑いもせずに信じ込んだ。

しかし、カラスが海に出たところでヨルムンガンドの出現はなかった。故に、ヨルムンガンドの存在は否定された。故に、エインヘリャルはカラスを崇拝した。

また、カラスもこう口にした。『俺こそが絶対的な神だ。人は生まれ落ち、命を宿した時に罪もまた宿している。償いたくば、神たる俺にひれ伏せ。また生命あるものは俺に逆らうことなかれ。』

それが世界へ告げた宣戦布告。

それがカラスが起こした戦。

後に語られる『天地開墾の侵略』だった。















「うっ…。」


霞は目を開ける。

周りはしんと静まり返り、ただ窓から吹き込む優しい風が霞を包み込む。知らない部屋だった。自分が何故ここにいるのか。自分はなぜ眠っていたのか。包帯に巻かれた自分の体を見ては、記憶が鮮明に蘇っていく。

と、その時か。一つ、扉がノックと当時に開かれた。


「あぁ、起きましたね。」


「…。」


「動かない方がいいですよ。ラグナロクの後に見つけられた君はとても酷い常態でしたので。生きているかも疑う程ね。」


「ラグナ、ロク…。」


聞いたことのない単語にただ頭を捻った。しかし、この口ぶりから言うのに、目の前の…彼?いや、女とも似つかない仕様と声をした人物は俺を助けた人物なのか。まだズキズキ痛む頭でそう結論付けた。その人物は短くボサボサした髪の毛を、くりくりと指で巻きながら霞の寝ているベッドの足元に腰を下ろした。メガネが少し下がっているが、白衣は着ているし、まぁ医者なのだろうか。


「帝国バルカロスを襲った隕石の通称です。昨日、四大陸会議が行われましてね。その時に決定づけられたらしいですよ。…あぁ、そうですね。あなたが言いたいこともわかります。」


「それじゃあ、」


「私が男か女かわからない、そうでしょう?」


「…は?」


「いや困った、毎度思うのですよ。初対面の方には毎度同じように思われましてね。どうやら今回も例外ではないようで、では簡単に自己紹介をしましょうか。私はアルカナ・マクレシアと言いまして、まぁ生物学上はメスになりますよ。年齢22で彼氏募集ですね。好きな食べ物はリンガルの実ですね、あの甘酸っぱさはたまりませんね。逆に海の幸は苦手ですね、何せ毒が入ってるかもわかったもんじゃないですしね。あぁ、好きなタイプは」


「ちょ、ストップストップ!わかったから!えぇと、アルカナさん、ひとまず助けて頂けたことには感謝しています。」


いきなり見当違いな方に話を持っていかれて、しかも終わりが見えないことを語り始めたので、霞は慌てて言葉を遮る。聞いてもいないし、思っては…少しはいた事を話されたものだから、少し呆然した自分がアホらしく思えてきた。


「あら、そうですか。ではあなたの自己紹介をどうぞ。」


「あー…姫神霞、15歳だ。」


「ふむ、まだ色々と自己紹介には足りない部分もありますが、ひとまず置いておくことにしましょうか。」


どこか納得いっていないように、顎に左手を当てて何か考え始めるアルカナ。「姫神…ですか。」と少し呟いたところで、視線を霞の方に向けて、ジーッと顔を凝視した。その後、納得したように、あーっと声を出して手をぽんと叩く。霞は何もわかってないし、意味がわからないから顔を顰める。


「あなたが姫神蔵人さんの息子なのですね。いや、変わり果てて気づかなかったもんですよ。いや、失礼。とりあえずこれをどうぞ。」


アルカナは白衣の内側、貧相な胸のところに手を入れると丸い何かを渡してくる。手渡されてそれが手鏡だと気づき、開けて中を除くと霞は目を見開いた。


「…なんだ、これ?」


霞は驚きながら、しかし視線は鏡に釘付けにされながらも髪の毛を触る。そして、鏡に顔を近づけて、自分の瞳を覗き込む。何度も何度も見てきた自分の顔。しかし、それは確かに変わり果てていた。骨格が変わったとかではなく、傍目でも知人なら変わったと言えてしまうほど。

霞の髪の毛と瞳の色は赤みがかっていた。


「どうやらこれでこちら側の謎が一つ解けましたよ。思うところありますが、すみません。語らせていただきます。まずあなたはラグナロク遺伝子の感染者になります。ラグナロク遺伝子は、ラグナロクの時に落ちてきた隕石に付着した地球外の遺伝子です。まだ何もわかってはいませんが、一つ言うならばラグナロク遺伝子の感染者は髪と瞳の色を赤くするってことですね。隕石が落下して半径500kmまでラグナロク遺伝子は拡散しましたが、僅か2秒後に全て死滅しました。しかし、ラグナロクの生存者の中では生存していたみたいでしてね。あ、そうでしたか、先程あなたが聞きたかったこともわかりました。今回のラグナロクで確認されている生存者は2名、1人があなたでもう1人はオルメス家の坊ちゃんで現在ここ帝国ヴァスティーユの孤児院に、別部屋にて保護されています。」


―聞いてしまった。

いや、聞きたくはなかったのか。いや、知りたかった。でも、知りたかった情報をいとも容易く知ってしまった。俺が知りたかったラグナロクの生存者…。俺を含めて2名、そしてもう1人がオルメスの坊ちゃんということは、母さんも先生も皆死んだということ。


「嘘だろ…。」


「事実です。すみません、私これでも科学者でして。確証のない嘘は口に出さない主義なんですよね。いや、確証のない事実かも知れませんが。」


「そんな…。」


「…明日、また容態を見に来ます。あなたには暫くの間ここの孤児院で生活していただきますので、困ったことがあったら何でも言ってください。あぁ、そこに置いてある魔法水晶にマクレシアと声をかければ私に繋がりますので。では。」


アルカナは入ってきた時と同じように髪の毛をくるくると指で巻きながら、そのまま部屋を後にしていった。残された霞はただただ呆然とするしかなかった。


平和だった。


幸せだった。


しかし、そんな日常は前触れもなく、ただ神の退屈しのぎに壊されていった。最後に見た笑顔で出迎えてくれた母さんの顔が脳裏を過ぎる、目尻が熱くなるのを感じる。それは液体となって、頬を伝って、アルカナに借りた手鏡に落ちていく。ぽた、ぽた、と。流れ出た涙は止まることを知らず、ダムが壊れたかのようにまた溢れ出してくる。


「母さん…母さん…っ!」


1人部屋に残された霞の嗚咽は今しばらく終わることはなかった。











神のイタズラは1人の人間の人生を狂わせた。否、1人ではなく多くの人生を狂わせていったのではないだろうか。

しかし、ルシファーに知る由もないなかった。ただ、これから起きる戦争を前に、石動の叫び声をツマミに酒を煽った。

ただ、これは人間にとっては最悪な自体でしかなかった。ルーン文字を読んだものは、知ったものはその通りに行動してしまう。後に『ラグナロクの選択』と呼ばれるようになるのだが。それはルシファーが争いを見るために仕向けたもの。しかし、ルシファーはこの戦争を見ることはなかった。


ルシファーはアウグスティヌスの規律を破ったとして、最高神オーディンにより神から天使へと格を落された。故に、霞のいる世界を見定める神は、ルシファーではなくなった。


それを知る人間はいない。

ルシファーが撒いた最悪の種は、ただ人間の平和を理由もなく壊したに過ぎなかった。

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