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夢の謎

「真っ赤な花が海の中に咲いてたの!夢とは思えないくらいくっきり見えるの。」


普通、海の中にある赤色って少し変化してみえそうなのに。


「とっても幻想的で...。ん?幻想的ってことはやっぱり夢か!」


朝の光が差し込む教室の窓際で私は後ろの席にいる美しい女の子に話しかける。


「へぇー、メルヘンな夢だねぇ」

「もうっ!ちゃんと聞いてよ!」

「へいへい」


今のは私がみた夢のお話。

ここ最近頻繁にその夢をみる。ということは何か意味があるに違いないのだけれど、それはまだ謎に満ちている。

あまりにも綺麗な光景だったから親友の悠里に共有を試みたのだけれど、どうやら失敗みたい。


吸い込まれそうな艶を持つ黒髪が彼女の目を隠したり、見せたり、隠したり。まあなんというか、彼女が髪をかき上げないということは私の話に興味がないということの証拠である。ソースは私。


「その、赤い花の名前がわかるのなら少しは会話も広がるよ、花緒ちゃんさん」


普段は花緒と呼び捨てなのにわざと名前にちゃんやらさんやらをつけるのは、悠里が私を揶揄う時の特徴。ソースは、わかるよね?


「時任花緒16歳、花より団子で生きて参りました!」

「うん、つまりわからないんだね。あと、それ意味わかって使ってる?」


初めから答えはわかっていたというような表情で、手元に視線を移す。相変わらず難しそうな本を読んでる。




時任花緒はこの町に住むごく普通の女子高生だ。

この町にあるたったひとつの高校に入学。3ヶ月程経った現在では全校生徒の顔と名前やあだ名を認識したらしく、このことは親友とみなす朝倉悠里に誇れる唯一の知識である。


朝倉悠里は町一番の美少女と専らの噂だが、本人はそのことをコンプレックスと見做し、故意に前髪を長く垂れ流し、普通の女の子は嫌がりそうな髪型をあえて維持している。


時任花緒は気づいていないが、友達の数という点でも朝倉悠里を上回るのだが、本人は無自覚。

朝、高校への片道20分の道を爽やかな汗を流し、これまた晴れやかな笑顔を振りまく花緒は農作業中のおじいさんおばあさんに人気者だった。

見かけた生徒には億劫なく挨拶、先生に対しては軽くジョークを飛ばす。平凡な彼女の太陽のような性格はこの町を照らすには十分なのだ。


「花緒ー、今日アカリんちでカラオケして帰ろうよ!」

「わーい!カラオケ、カラオケ!」


同じ単語を繰り返すという世界一簡単だが円滑なコミュニケーション能力を駆使し、今日もクラスメイトから遊び相手に抜擢される。


花緒は学校生活の大部分を共にする友達グループというものに溶け込んでいない。色々なグループに一瞬だけ入り込み、軽い言葉を交わす程度なのだ。

それなのに、花緒は毎日のように異なる友人から誘いを受ける。いや、抜擢される。


朝倉悠里はその光景をみて今日も密かに胸を痛めていた。


彼女の友達は時任花緒、たったひとりなのだ。

それも一重に花緒の太陽のような性格のおかげで成り立つ関係であり、花緒でなければとっくの昔に絶交していても不思議ではない。


悠里が目を通している本、表紙は彼女が昔読んだことのあるアメリカ文学の表紙なのだが中身はコミュニケーション力についての記述である。常に語学力を向上させたい彼女はこの内容も英語で読んでいた。


悠里のコンプレックスはその美貌だけではなく、自身の性格にもあったのだ。


光のもとに暗闇はいてはならない。なぜなら光あるところに暗闇は存在できないのだから。共にいても私の暗闇が照らし出されないということはつまり、私と花緒は一緒にいるようで実は遠く離れたところで生きているのだろう。


悠里の心に血のような赤が微かに滲んだ時、教室の扉が開いた。

生徒の視線はそこに集中する。



「な、なんで」

「悠里!私嘘ついてないよ!本当に全校生徒の名前と顔を覚えたんだよ?だから、だから」


なにやら花緒がひとりで慌てふためいている。一体なんのことか、普通ならさっぱりなところだが長年一緒にいるため大凡の意味を掴んだ。


つまり、花緒は扉を開けて教室に入ることなくこちらを伺う少年に見覚えがないのだろう。



しんと静まり返った教室だが、そんな静寂を破るのは決まって花緒だ。今回ばかりは少し動揺したみたいだがすぐに我に戻り、あろうことか少年に向かって飛び出していった。


「あなた、新入りでしょう!」


何を言い出すかと思えば、多分花緒でなくとも誰もがわかる解答を少年本人に差し出したのだ。

おそらくその解答を思い浮かばなかったのは普段人との接触が少ない悠里くらいである。

なぜなら、もしこの町に昔から住んでる人間ならば必ず全員見覚えがあると答えそうな整った顔、聖人のような雰囲気を纏っている少年だからだ。


「君、眩しいね」


少年はそれだけ返し、観察し終わったのか教室に足を踏み入れる。そのことでクラスメイトも我に返ったのか、一斉に少年に群がった。


「お名前をっ、お名前を伺いたいです!」

「どこ出身?わかる!東京だろ!」

「転校生なんだよなー?」

「こらこら、みんな一気に質問したら彼も困るよ。一つずつ答えてもらおう」


悠里は唖然としてクラスメイトを眺め、こっそりと眉をひそめた。

こういう、鬱陶しいところが心底嫌いなのだ。


ただ美しい、それだけの理由で個人情報を根掘り葉掘り引き出そうとする図太い神経。彼も困る、などと言いながら質問にはきっちり答えさせようという卑しさ。


花緒はその集団に混ざることなく、事態を収拾させるべく教師を呼びに行った。悠里以外誰にもそのことに気づかないほど、クラスメイトは馬鹿騒ぎした。



「こら、お前たち!煩いぞ」


学校内で一番恐いと恐れられている教師をあえて呼ぶところに花緒の悪戯っ子な性質が現れている。

案の定教室は静まり返り、各々席に戻っていく。

どさくさに紛れて花緒も悠里の前の席に戻ってきた。何食わぬ顔をして。


「鬼セン、こわいねー」

お前が召喚したんだろうが。


鬼センはガミガミと何を言っているのか聞き取れない怒声を教室中に響かせる。これはこれで眉をひそめてしまう。


鬼センの説教というBGMにタッタッタッタッというドラムの刻み、いや人間らしき足音が聞こえ始め、次第に大きくなったかと思うと入り口には見慣れた教師の顔があった。


「鬼原先生、お手を煩わせてしまいすみません!間狩、もう教室に来てたのか、探したぞ」


マカリ。そう呼ばれたのはあの少年のようだ。

担任は鬼センこと鬼原先生に何度もお辞儀をし、小話を交えながら巧みに鬼センを教室の外に追い出し、そして扉を閉めた。


クラスメイトと担任、双方から安堵のため息が漏れた。

鬼センは教師の間でも鬼を表すフランス語のオグレスと呼ばれているらしい。恐いという印象もそうなのだが、教員飲み会で毎度手がつけられないほどの荒れっぷりを発揮するためいつの間にかオグレスが定着したそうだ。

このことを知るのは花緒と悠里の2人だけ。


「なんで鬼原先生に怒られてたか大体察しはつくが、お前ら少しは大人になれよー」


担任の糸杉豊彦は若く、町の男の顔面偏差値を鑑みればルックス良好な男のため、生徒から熱い支持を得ている。

しかし花緒はこの男だけはどうしても苦手だった。若くイケメンという理由で誰も気づかないようだが、彼の口癖は「大人になれ」である。

今まさにその口癖を糸杉が発したため、今度は花緒が眉をひそめる立場となった。




時任花緒のみた夢の謎。

この夢のタペストリーを編むキャラクターは出揃った。


あとは「成るように成る」である。

これは花緒が糸杉の「大人になれ」に出す最初の返答でもある。


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