99 シェルラック
裕二とバチルはシェルラックへ向かう途中、ビスター小隊長の率いる街道警備兵とキュクロープスの戦いに参戦する。
ビスターは裕二からマサラート王子の紹介状を見せられ、彼らが自分達の客人だと知り、シェルラックまで行動を共にする事にした。
「しかし、凄まじい腕前でしたね」
ビスターは先程の戦いに改めて感心する。
自分達ならまず、安全を考慮して戦うのでその分時間もかかる。そうしなければ兵士も補充が間に合わない程バタバタと死んでいくだろう。
バチルのような一騎当千の剣士。裕二のような強力な魔術師は彼らにとって喉から手が出る程ほしい人材だ。ビスターとしては今すぐスカウトしたいだろう。
とは言え、自国の王子からの紹介状を持つ人物を、小隊長程度がスカウトする訳にはいかない。それ相応の人物だからこそ、紹介状を持たされているとも言えるのだ。
先に将軍が紹介状に目を通してからでなければならないだろう。
「意外と弱かったニャ」
「この辺りに出てくるのは比較的弱いモンスターです。とは言っても、我々一般兵には強敵ですが。ベヒーモスなんか現れたら大変ですよ。我々ではせいぜい足止め程度。援軍が遅れればどんどん人が死にます」
ベヒーモス。その実物を見ている裕二には納得できる話しだ。あの筋肉の鎧には普通の剣や槍など通用しないだろう。
「お二人の使われた剣はライトブレードですよね? 大量に魔力を消費するのでなかなか使い手がいないと聞いてますが」
「そうニャ。魔剣ニャンウィップなのニャ! お前らが持ったら即死ニャ」
さすがに即死と言う事はないが、それなりの人物でなければ持てないのは確かだ。
と言う事は、バチルもかなりの魔力量の持ち主と言う事になるのだろうか。
裕二はそれをバチルに聞いてみようかと思ったが、おそらく「そうニャ!」と言われて終わりそうなのでやめておいた。そもそもバチルのあの実力は、単に身体能力だけでは説明出来ない。様々な部分に自然と魔力を使っていると推測出来る。
「なんか……それらしくなってきたな」
裕二が辺りを見回しそう呟く。
モンスターさえ出なければのどかな街道なのだが、その様子も少しづつ変化してくる。
なぎ倒された木々。えぐれた地面。モンスターの骨らしきもの。折られた剣や槍の残骸。それらがかつてここで行われた戦闘の生々しさを伝える。
ここはまぎれもなくヴィシェルヘイム。その最前線となるのだ。
そして、街道警備の別部隊であろう兵士達も頻繁に見るようになってきた。先頭のビスターは彼らに軽く敬礼をしながらすれ違う。
やがて街道の先には巨大な壁で覆われた街が見えてくる。
「あれがシェルラックです」
高さ二十メートルはありそうな壁。その周りは深い水路が走っており外敵を寄せつけない。
壁の上には一定間隔で見張り台らしきものがある。良く見ると兵士が訓練している様子も見えた。
「あれはなんですか?」
裕二が壁の上に変な物を見つけた。
それは巨大な手押しポンプのような物。そこから斜め下に向けて筒が伸びている。
「あそこから熱湯を発射するんですよ。ここからは見えませんが、後ろに専用の釜があります。壁をよじ登る敵や剣が効きにくい敵に有効なんです」
「ほー、要は水鉄砲か。あれを動かして狙いもつけれるんですね」
「戦闘がなければ兵士のお茶を沸かすのに使われますけどね」
ビスターの話しによると、街からヴィシェルヘイムのある西側に唯一の出入り口になる跳ね橋がある。そして、街の中は東にペルメニア。南にアンドラーク。北にサレムの駐屯地がある。
その内側に街があり、その中に冒険者ギルド。そして、三国の会議場やクリシュナード正教会などもある。店は宿、食料、武具などか中心で宝飾品店などは一切ない。そして、シェルラックに集まる冒険者や兵士はそう言う物に厳しいので、偽物やボッタクリの店は極端に少ないそうだ。
「つまり品物は割りと良い物が揃う、と言う事にもなりますね。意外と買い物の穴場でもあるんです。同時に様々な情報も集まります。ここまでやって来るのは大変でしょうけど」
――なるほど。テパニーゼがここに情報を求めた理由もわかるな。
そんな話しをしながらビスターは跳ね橋を渡り入り口を通り抜ける。
「こちらは我が軍の客人だ」
ビスターが門兵にそう言うと、裕二とバチルは何のチェックもなく街に入る事が出来た。
街に入るとすぐ、かなり大きな広場になっており、その先には中央通りが見える。そこは通らず広場を右へ行く。そこには古いが大きな建物があり、そこがアンドラーク駐屯地になるのだろう。
裕二達が馬を降りると兵士達は兵舎らしき場所へ向かう。
裕二とバチルはビスターに、それとは違う建物へと案内された。
◇
「失礼致します!」
「入れ」
ビスターを先頭に中へ入る。そこには恰幅の良い中年男性が腕を後ろに組み、部屋の窓際に立っていた。
やや薄めの頭髪にへの字型の口、そして細く鋭い眼光。緑色の軍服の胸には勲章らしき物がぶら下げられている。
彼がこの駐屯地の最高責任者、オーメル将軍なのだろう。少しふてぶてしい印象の男だ。
「そちらはどなただ」
「はっ! こちらのお二方はマサラート王子殿下の紹介状を携え、オーメル将軍に会いにきた方々。ユージ殿とバチル殿です」
「殿下の? 見せてみろ」
ビスターは裕二から預かった紹介状をオーメル将軍に渡す。将軍は早速それに目を通す。するとその表情は少しづつ変化してくる。
「やはりあの男!」
ステンドットの事を言ってるのだろう。昔から何かしらの疑惑はあったとヘスから聞いている。オーメル将軍もそこに思うところがあったらしい。
そして、その表情は徐々に驚きへと変わっていった。
「なるほど……ではお二方がステンドットのみならずベヒーモスまでも……ふむ、しかし殿下も成長なされたようだ」
最初はふてぶてしいと思われたオーメル将軍。しかし、それはその見た目だけだったようだ。紹介状を読んでアレコレと考える表情には思慮深さが窺える。
「良くわかりました。殿下のお力になっていただき、そして、我が領民を救っていただいた事に深く感謝致します。お二人には最大限の便宜を図らせていただきます」
オーメル将軍は深々と頭を下げた。顔はカエルの親分みたいではあるが、とても礼儀正しく芯の強そうな人物に見受けられる。やはり将軍と言う位に就くのならば、それなりの人物なのだろう。裕二はそう思った。
「ビスター。お前は任を離れしばらくお二方の案内役だ。客室を使え」
「はっ!」
裕二とバチルは将軍の部屋を出てビスターに案内される。
食堂、会議室、資料室、炊事場、訓練場と案内された。その中で裕二達にとって資料室は色々と役立ちそうだ。この辺りに出現するモンスターの詳しい資料もある。
「お二人は冒険者として活動されるのですよね? 私から正式に要請は出来ませんが、出来ればアンドラーク軍の専属になっていただけると助かります。おそらく後で将軍からそんな話しもあると思いますので考えておいて下さい」
「専属?」
シェルラックで活動する冒険者の依頼はほとんど各国の軍隊からだ。つまり傭兵としての仕事が多い。商人からの素材採取依頼などはまずない。そんな事しなくても、シェルラックでしか手に入らない素材は沢山入ってくる。
仮に商人が依頼を出しても軍隊の依頼が優先されるので、余程の高額報酬でなければ相手にされないだろう。
そして高名な冒険者、実力のある冒険者は各国で取り合いになる事もある。
とは言っても冒険者本人の意思が尊重されるのでトラブルになる事は少ないが、絶対にない訳ではない。
予めアンドラーク専属と決めておけば、その心配も少ないだろう。
「そうなんですか……そういやバチル。お前冒険者登録してるのか?」
「知らんニャ」
「だよな」
シェルラックに住む非戦闘員のほとんどは商人。戦闘員は冒険者ギルドか軍隊に所属している。
バチルのようにどこにも所属していないと、依頼を受ける、施設の利用や怪我の保証など色々面倒になってくる。
「後で登録しに行くか?」
「ユージに任せるニャ」
ビスターの後につき別館へと移動する。どうやらそこは来客用の施設で、その中の二部屋が裕二とバチルに充てがわれる。
室内は質素だが清潔で、ベッドやシャワーも完備してある。
シェルラックにいる間は無料で自由に使えるのだから待遇としては充分だ。
「一休みしたらバチル殿の登録をしにギルドへ行きましょう。ついでに街も案内致します」
バチルは別の部屋へ案内されビスターもいなくなった。
ひとりになった裕二はベッドに寝転がり手足を伸ばす。
「ふう。とりあえず……後はバチルの登録と……資料室が気になるな。どうするか、セバスチャン」
「裕二様。私が代わりに見ておきましょう」
「うーん。でも、学院の図書館なら人が多かったから目立たなかったけど、ここで実体化は不味いだろ」
「読んで覚えるだけなら霊体化のままでも可能です。資料を取る時は手だけ実体化させれば良いのです」
「手だけ……ああ、なるほど。そういやベヒーモスと戦った時、ムサシがやってたな」
セバスチャンが実体化して資料室をうろうろしてたら不味いが、手だけであればどこかの影に隠れて資料を見ることが出来る。
後はその内容を裕二に伝えるなり、書き留めておくなりすれば良い。
特にこの辺りのモンスター情報は知っておきたい。裕二が行って覚える事も出来なくはないが、参謀役のセバスチャンが知っておいた方が良いだろう。
その分、裕二は他の事に時間も使えるのだから。
「では私は早速。アリー、チビドラ。裕二様をお願いします」
「わかったー!」
「ミャアアア!」
そう言うとセバスチャンは資料室へ向かった。
裕二はそのままゆっくりと休む。
◇
「ユージ殿。そろそろ参りましょう」
裕二がベッドでウトウトしかけていると、扉がノックされ外からビスターの声が聞こえてきた。
「ふぁーい……」
裕二が扉を開けると既にバチルもいて準備万端の様子だ。
「お前寝てたニャ」
「うっ……ちょっとな」
と、バチルに指摘されながら街へ向かう。距離的にはさほど離れていないのですぐに中央通りへ着いた。
「あそこが冒険者ギルドです」
その通りの先に見える大きな建物。パーリッドのギルドよりもかなり立派な建物だ。そこに一流の冒険者達が集まるのだろう。
裕二達は先にバチルの登録を済ませる為、ギルドの扉をくぐる。部屋はかなり広いが雰囲気はパーリッドとあまり変わらない。
新参者の二人をジロジロ見る者もいれば全く無視する者もおり、人によって様々だ。
バチルは早速登録を済ませる。とは言っても、バチルに全て任せるのも不安なので書類の作成などは裕二が手伝う。
裕二自身もパーリッドのギルドからの移動を伝えておかねばならない。
一通りの説明を聞くと冒険者タグは十分程で発行されると言う。翌日発行されるパーリッドののんびりした雰囲気とは違うようだ。
「後はしばらく待ちましょう。タグを受け取れば終わりです」
ビスターが二人にそう告げる。
と、その時。こちらへ近づく者が数人いる事に裕二が気づいた。
薄緑色の長髪。鎧ではなく白い軍服を着た長身の男。先程見たオーメル将軍の着ていたアンドラークの軍服ではない。
先頭のその男は冒険者や軍人らしき人物を引き連れ、ニヤニヤしながらこちらへ歩いてくる。
「おい。貴様はアンドラーク兵か」
「はい。そうですが」
話しかけられたのはビスターだ。服装と態度からするとペルメニアかサレムの軍関係者。そして、小隊長であるビスターにぞんざいな口をきけるだけの地位があるのだろう。
ハッキリ言って印象は悪い。
「街道でキュクロープスをあっさり倒した冒険者がいると聞いたが、その後ろの奴らか」
「そ、それは……」
どうやら先程の戦いは既に噂として広まっているらしい。しかし、ビスターが口ごもると言う事は、あまり良い事ではなさそうだ。
そんなビスターを見た男は裕二とバチルに直接話しかける。
「おい、お前ら。俺の隊の専属にしてやる。アンドラークのようなヘッポコ軍より良いだろ。待遇もアンドラークなど比べものにならんぞ」
目の前にいるアンドラーク兵のビスターにはかなり失礼な態度だ。だがビスターは落ち着いて口を開く。
「こちらの方々は我が軍の客人でもありますので――」
「お断りします」
言いかけたビスターを遮り裕二がそう答えた。
態度が悪い。と言う事もあるが、それよりもバチルを怒らせると面倒くさい。そうなれば目の前の男は確実にブチのめされるだろう。
そうならない為に裕二は即座に断ったのだ。
「そうか、まあいい。強い奴はいつでも歓迎する。弱っちいアンドラーク兵に足を引っ張られたら気も変わるだろう」
男はそう言って去っていった。
裕二がふとバチルを見ると、目を細めて男の背中を睨みつけている。そして、一言だけ呟いた。
「ユージ。今の奴には気をつけるニャ」




