97 それぞれの道
マサラートと裕二達は様々な話しをし、夜も更けてきた。裕二、バチル、テパニーゼは新たに用意された天幕で休む事になり、その場から立ち去る。
そこに残ったのはマサラートとヘスだけだ。
「ヘスよ。寂しそうだな」
「い、いえ。そのような事は……」
全てが終わった今。王子の護衛騎士であるヘスにとっても、それは裕二との別れを意味する。
ヘスは王子の元へ戻り、裕二は冒険者としての活動をする。道はここで別れるのだ。
「ですが殿下。あれほどの人物ならば王宮へ召し上げた方が良いのではないですか?」
「それはお前が望んでいるのではないか?」
「いえ……決してそのような私情を挟むワケでは……」
「ふふ、無理をするな。わからんでもない。だが、ヘスよ。余はひとつだけユージには言わなかった事がある」
マサラートは夢によって裕二を知り、これから起きる事も知った。その中には自分が裕二を殺そうとした前世の記憶もあった。
「余はその時ユージに手を差し出した。もちろんそこには後悔の念もあったのだが、それだけではない」
「と、言いますと」
「その時のユージは眩いばかりに光り輝いていた。その輝きはある種の神々しさと言って良いだろう。余はそれ以上のものを見た事はない」
マサラート。つまり永井茂はその神々しさに手を伸ばしたのだ。
最初は裕二を助けるつもりで手を伸ばした。しかし、その先に別のものを見る。あれはいったい何なのか。永井はそのままそこへ吸い込まれていった。
そして、この世界で新たに生を受け、様々な知識を有するようになる。
「これは勘でしかないのだが……あの時見たユージの輝き。それは五百年前に没され、しかる後に現れると言明されたあのお方ではないか……余はそう思っているのだ」
「クリシュナード様ですか。実は私もそう思った事があります。ですがそれなら我々よりも早くペルメニアが気づくはず。ユージの周りにその気配はありません。ペルメニアの諜報団がそれを知って何もしないとは思えません」
「そうだな……」
「それに伝説によればクリシュナード様の力は本当に凄まじい。ユージは確かに凄い力を持っていますが、それに符号するとは考えにくいです」
「それはわかっている。だがなヘス。それでも余は信じているのだ」
「殿下……」
マサラートは遠くを見るようにそう告げた。言葉では言えない、説明出来ない確信。彼はそれを語りたかったのだろう。
「しかし、殿下の言うことが正しければ、やはり王宮に召し上げるのは難しそうですね」
「そうだな。まさかクリシュナード様を臣には出来まい。後でペルメニアにこってり怒られるぞ」
「ふふ、確かに」
◇
翌朝になりマサラート王子の一団は撤収を始める。一部の者が近隣の村の調査と支援の為に残る事になるが、王子がいつまでもここにいる訳にもいかない。
裕二達はともかく、アンドラークにはまだ調査する必要があるのだろう。
裕二は朝起きてからその光景をぼんやりと眺めている。
――裕二。村の外に何かきたよー。
――ミャアアア。
――なんだ? 何がきた?
裕二は急いで村の外に出た。そこに続く村への道を遠くから走ってくる馬が見える。
「あ、あれって……パーチか? アイツ何やってんだ」
そこへ向かっているのはパーリッドのギルド職員であるパーチだった。
パーチはひとりでこちらへきたようだ。いったい何の用件できたのだろう。
「よう! ユージ。大丈夫か」
「よう! じゃねーし。お前何やってんだよ」
パーチは裕二の元まで来ると馬を降りる。その顔は一応裕二を見つけ笑顔ではあるが、それでもやや強張っている。何かあったのだろうか。
「それはこっちのセリフだ。帰りが遅いからステンドット子爵に問い合わせたんだ。そしたらユージとヘスが依頼を放り出して……え? 何だこれ」
パーチは歩きながら村に入る。するとそこには王家の旗を立てた軍隊がいる。それに驚いたようだ。
「どどどどう言う事だユージ?! なんで王家の……」
「まあ……今説明する」
裕二は今までの経緯を話せる部分だけパーチに話した。さすがに魔人と関係する事は話せない。
ステンドット子爵は反乱を起こし、裕二とヘスはそれに利用されそうになった。だが、ヘスはアンドラークから派遣された調査員で予めそれを知り調べていた。すると予想通りステンドット子爵は正体を現し王国軍と裕二達が共闘しこれを討った。
と言う事にしておいた。
「な、なにい! そう言うことなのか? 良く無事だったなユージ」
「まあな。あそこにいるのがマサラート王子だ」
「ななななな! 王子殿下だとお!」
パーチは予想を遥かに越える事態になっている事に驚いている。そして、訳もわからず王子の前に跪く。
「其の方がパーリッドの冒険者ギルドの者か。ヘスが色々世話になったようだ。後で褒章を考えよう」
「へへー! あ、ありがたく」
パーチにはまだ良くわかっていない部分もありそうだが、現状に対し色々と舞上がっている。そのパーチを落ち着かせてから、裕二はパーチがここにきた詳しい話しを聞くことにした。
「いやー、てっきりユージとヘスがステンドット子爵と揉めてまずい事になってると思ってな。相手は貴族だろ? ギルドとしてはお前を失いたくないからな」
つまりパーチは裕二達が貴族に逆らった。相手が平民ならともかく貴族では最悪の場合も考えられる。それで何とかそれを執り成し、その後の処遇も考えてきたらしい。
「しかし、ステンドット子爵がそんな悪党だったとはなあ。つー事はヘスも偉いのか?」
「マサラート王子の護衛騎士だ。伯爵令嬢には、ローランド卿と呼ばれてたな」
「ろろろ、ローランド卿。ユージ、俺ヘスに変なこと言ってねえよな」
「大丈夫だ、心配すんな。ヘスは変わらない」
そこへ撤収作業を抜けてきたヘスが現れる。
「あれ? なんでパーチが?」
「へへー!」
と言うパーチを何とか落ち着かせ、話しの続きを聞く。
「まあそう思っていたから俺もユージが最善と思える手を打ってきたんだ」
「最善?」
「ああ。貴族に睨まれたらたとえこの場は何とかなっても仕事はしにくくなる。それならユージはシェルラックに行った方が良い。そう思ってな」
パーチはそれを裕二に伝える為に大急ぎでここにやってきたのだ。
いずれ裕二はシェルラックに行く事になるだろう。多くの者がそれを予想していた。ならばそれは早いか遅いかの違いでしかない。
パーチは今回の件を知り、真っ先にシェルラックへと問い合わせ裕二を向かわせる手続きをしてしまった。もちろんそれは取り消せないと言う事ではない。
しかし、現状シェルラックでは出現するモンスターも多く、裕二のような人物なら歓迎したいと申し出ているらしい。
「だからユージにはこのまま国境を越えシェルラックに行った方が良いと思ったんだ」
そうなればステンドット子爵も手出しは難しい。早とちりではあったが、パーチは裕二の身を守る為にそう考えていた。
「シェルラックか」
そこで裕二が考えるのは昨日のマサラートの予言。ヴィシェルヘイムの前に立つ裕二の姿。
おそらく危険度は今までよりも増すだろう。しかし、裕二自身も一度は行ってみたいと思っていた場所。
バイツに初めてその話しを聞いてから、その先に何があるのかずっと気になっていた。もしかしたらバイツの言うように魔人の棲家があるのかも知れない。しかし――
「行ってみるかな……」
裕二はそう口にした。実は自分でも何故そう思ったのか良くわからない。
魔人を倒したいと言う正義感からか。いや、もちろんそう思わないワケではないがそれだけではない。その先に何があるのか知りたい。これも違う気がする。
「話しは聞かせてもらったニャ!」
「はっ?」
「そう言うことなら私も行くニャ! モンスター倒し放題ニャ!」
そこに突然現れたバチル。その話しをこっそり聞き自分も行くと言い出した。だが、なんだか焼き肉食べ放題のように思っているような気がしないでもない。
「いいのか? 学院に戻らなくても」
「良いニャ。私の目的は真のバターソテーを見つける事ニャ。ユージと行けばきっとそれがわかるのニャ!」
とは言ってもバチルが来てくれるのは心強い。滅茶苦茶な奴ではあるがその戦力はテリー、バイツ、エリネアとも同等だ。それになんだかんだ言っても物事の分別もあり、女性であってもあまり気を使わずに済む。
「と言う事で決まりニャ」
その様子を遠くからテパニーゼが見ていた。
――お姉様……
◇
やがて撤収の為の作業は終了しそれぞれがそれぞれの場所に帰る事となる。
裕二とバチルはこのままシェルラックへ。マサラートとヘスは王宮へ。そして、テパニーゼは自分の家に帰るのだが、女性一人なのでマサラートの一団に送ってもらう事となった。
「ではユージ。何かあったらいつでも手紙を寄越すが良い」
マサラートは裕二にそう告げヘスを残して馬車へと乗り込む。
「ユージ……残念だがここでお別れだ。お前と一緒にいれて楽しかったよ」
「ああ、俺もだ……また会いに行くさ」
二人は固い握手を交わす。ヘスは少し名残惜しそうに馬車へと乗りこんだ。
そして、もうひとつの別れ。
バチルとテパニーゼだ。
「お姉様……私は……」
「やっとテパニーゼも家に帰れるニャ」
「はい……」
全てが解決した。テパニーゼにとっては望んだ結果でもある。だが、心は晴れない。
バチルから多大な影響を受けたテパニーゼ。それは優しさ、強さ、おおらかさ、慈悲深さ、全てを兼ね備えた芯の強い心。自分を助け、貧しい者を助け、その為に悪を討ち全てを与える。
それを何でもない事のように、当たり前のようにやってしまう。そして、いつでもテパニーゼに笑顔を向けてくれた。
だからテパニーゼはここまで来れた。
バチル・マクトレイヤがいたからこそ、苦境にあったテパニーゼは生きて前を向き歩きだす事が出来た。
――私は……お姉様と一緒に行きたい。でも私には家族が……お父様を助けなければならない。もう、お姉様とはここでお別れしなければならない。
「お姉様……」
大粒の涙で頬を濡らすテパニーゼ。
初めてバチルと会った時、ここまで辛い別れがあるとは想像すらしていなかった。
バチルの声が、優しさが、笑顔が全て懐かしい。全てが自分を救ってくれた。テパニーゼはその思いで胸がいっぱいになった。
そんなテパニーゼを見たバチルは、そっと彼女の頭に手を置く。
「泣くことないのニャ。テパニーゼは私の妹なのニャ。私の妹ニャらこれからもしっかり生きていけるのニャ」
「妹?」
「そうニャ。テパニーゼは私をお姉様と言ったニャ。その時からずっと私の妹なのニャ」
「お、お姉様」
テパニーゼの眼から再び涙が溢れる。しかし、その表情は笑っていた。バチルもそれを見て笑顔になる。
「あの時、弱い奴は家に帰れと言ったニャ。でもテパニーゼはもう弱くないのニャ。私の妹ニャら当然なのニャ」
「はい。私はお姉様の妹です!」
盗賊に襲われ全てを諦めかけたテパニーゼ。自分の弱さがそれを招いたのかも知れない。だが、今の自分ならもっとマシな行動がとれる。少なくともあの様な無謀な行動はしないだろう。そして、自分の為だけでなく他人の事も思いやる。それは表面的な事だけではなく、本心から、自然に、当たり前にする事が重要なのだと知った。
バチルがそうしてくれたように、自分もそうしたいと思うようになった。
ほんの少しだけ、自分は強くなったのかも知れない。テパニーゼはそう思った。
「妹のつとめは私の為に一流のお魚さんのバターソテーを用意しておく事ニャ。そのうち食べに行くのニャ!」
「はい! お姉様」
バチルと裕二はマサラートから譲られた馬に乗り込む。
「バチル。そろそろ行くぞ」
「うニャ」
そして、彼らとは反対の方向へと走り出す。
「お姉様! 絶対来て下さい! 約束です」
「わかったニャ!」
裕二とバチルを乗せた馬は徐々にその速度を上げる。テパニーゼは馬を追いかけた。しかしその声は遠ざかり、姿は小さくなり、やがて何も見えなくなった。テパニーゼはいつまでもその先を見ていた。
「お姉さまあああ!」
アンドラークと言う小国の片田舎にあるタルソットと言う村。そこで四人の英傑が人知れず交わり民を救った。そして今、彼らは再びそれぞれの道を歩きだす。
――お姉様。私もお姉様のような素敵な女性になります。
そして、少女は力強い一歩を踏み出した。
――見ていて下さい。必ず!
◇◇
と言う事で二章は終了です。楽しんでいただけたでしょうか?
正直言うと、バチルとテパニーゼは登場させるか迷ってましたが結果的には上手くいったと思ってます。なかなか良いコンビでした。
次回から三章になりますが、二章を始めた時より何も考えてません。なので次の更新にはかなり時間がかかると思います。予めご了承下さい。




