9 試験
翌日。裕二はグラスコード侯爵と宿の前で別れた。
「ユージには色々と急でかえって申し訳なかったが、僕は君がチェスカーバレン学院で学ぶ事は必ず君の為になると信じているよ。なるべく早いうちにまた会えるようにするので、頑張ってくれ」
そう言ってグラスコード侯爵は馬車で去っていった。
「ではユージ様。参りましょう」
裕二はマレットに連れられ別の馬車を用意し、メリトルを出発する。
途中で別の街を経由し馬車を乗り換え、夜にはスペンドラに到着する予定だ。そこで一泊してから、翌朝チェスカーバレン学院に向かって手続きを行う。
しばらく馬車に揺られると街の喧噪は遠のき、のどかな草原の風景が目に入ってくる。
「マレットさん。試験て何やるんですか?」
「面談が少々とユージ様の場合は魔法を見せれば大丈夫です」
「魔法……」
「昨日の火魔法を少し抑えた程度が良いですね。あまり強すぎると目立つかも知れませんので」
「なるほど」
「ああ、そうそう。旦那様もたぶん言い忘れたのでしょうが、チェスカーバレン学院にはグラスコード侯爵家のご子息、ご息女もいらっしゃいます」
「そうなんだ」
裕二はチェスカーバレン学院に一年生として中途入学になる。
同じ学年には魔法科一年、十三歳の侯爵家令嬢のシェリル・グラスコード。
そして、シェリルよりひとつ歳上の十四歳、騎士科二年、嫡男のグロッグ・グラスコードがいる。
二人とも実家を離れ、チェスカーバレン学院の寮に住んでいる。
「何か問題がごさいましたら、私の連絡先を渡しておきますので、精霊郵便をお使い下さい。半日程で届きます」
「精霊郵便?」
精霊郵便とは風の精霊使いが、その能力で手紙をやり取りする郵便局だ。召喚魔法使いもいて、小包も届けられるが、その料金はかなり高額になる。
大きな街には必ず支局があるので、手紙は街から街へ、そこから個人に配達されるという仕組みだ
「わかりました」
裕二はマレットから連絡先の書かれた紙を受け取る。そこにはこう書いてある『グラスコード侯爵第一邸宅、第三棟、侍従長マレット・パーキンス』
――第一邸宅とか第三棟とか見なくてもデカい家ってわかるな。だけどこれで住所なのか? グラスコード侯爵邸だけで場所がわかるって事か。そんな事より文字もちゃんと読めてるな。初めて見る文字だと思うが、これも記憶にあるという事か。どうでもいいけどマレットさん、侍従長ってなってるけど偉い人なのか?
裕二はその文字をしげしげと見つめる。カタカナの様な形をした文字なので表音文字だろうか。
「後はそうですね。モンスターの事も説明しておきましょう」
グラスコード侯爵を襲ったワイルドウルフの様な生物を一般的にモンスターという。
山、森、海等に棲息し人を見つけると襲ってくる。野生動物との線引きは曖昧だが、知能の高いモンスターや魔法を使うモンスターもいる。
通常は騎士団、軍隊、自警団、冒険者達により排除されるので、街の近辺には滅多に現れない。
「冒険者って、やっぱりいるんだ」
「冒険者に興味をお持ちですか?」
冒険者というのは、傭兵、モンスター退治から、土木工事、人探し等の様々な事をする、何でも屋みたいな仕事だ。
冒険者ギルドがあり、そこで仕事を斡旋している。仕事の依頼を受けるのは冒険者でなくても可能だが、本格的にやるならギルドに登録した方が良い。
道中マレットから様々な話し聞き、この世界の事が少しづつわかってきた。
夜になり、スペンドラに到着する。
「裕二様、着きました。ここがスペンドラです。そしてあそこに見える大きな建物が王立チェスカーバレン学院です」
街の明かりにうっすら照らされたいくつもの塔、他に大小様々な建物の影が見える。想像以上の大きさだ。
その日は学院近くの宿に泊まり、明日入学手続きをする。
食事を済ませ、いざベッドに入ると、翌日の試験が気になって眠れない。
裕二はアリーとセバスチャンに話しかける。
――明日の試験、大丈夫かな?
――大丈夫だよー。ダメなら白虎で逃げよー! (ミャアアア!)
――街には来れたのですから、例え試験がダメでも裕二様の能力で生きていけます。それよりもマレット様の口ぶりだと、あまり強力な力は出さない方が良さそうです。
――うーん、出し惜しみ程度が良いのか? その出し惜しみの加減がわからないから困るよな。
と、話しながら、いつの間にか眠ってしまう。
◇
「緊張してきたあ」
裕二は翌朝、マレットとチェスカーバレン学院の門を通り、案内の若い女性に連れられ学院長室へと向かっている。
途中、裕二の緊張を察したマレットが声をかける。
「ユージ様、普段通りで良いのです」
真っ白な石材で作られた渡り廊下を通り、昨日の夜見えた塔のひとつに入る。そして階段を登った先にある一室の前で案内人が立ち止まり、部屋をノックした。
「お連れ致しました」
ここが学院長室だろう。この先にチェスカーバレン学院長がいる。こういう場合ファンタジー小説では老練な賢者風のジジイが出てくる。
だがラノベ。特に転生物の場合、長命なのに幼女、且つ美少女。そして長命らしさの演出として、その語尾は『のじゃ』となる。
当たりはどちらかと言えば後者。
さて、扉の向こうは果たしてどちらなのか!
「入りなさい」
ゆっくりと扉が開かれた。
――シュルルルルッ
そこにいたのは長い舌をシュルシュル言わせながら、緑色の皮膚を持ち、二本足で立つリザードマン。美少女の欠片もない! 大ハズレだ!! 裕二はリザードマンに食われてしまうのか!?
「ああ、すまんすまん。幻術の練習中でな」
リザードマンの背後から声が聞こえ、その途端リザードマンは煙の様に消える。
その後ろには人がいた。長い杖を持ち、白い髭をたくわえ、白に金の刺繍の入ったローブを纏うジジイ。ハズレだ。
「精霊魔法ですね。煙を依代にして精霊をリザードマンの形に見せた。かなり高度な魔法です」
マレットは裕二に説明する。
「久しぶりじゃなマレット。そちらの少年が入学したい、という事で良いかな」
マレットと学院長は知り合いのようだ。声をかけられたマレットは、笑みで応える。そして裕二に耳打ちした。
「私も一応卒業生なのです」
「成績はイマイチじゃったがな」
ジジイのくせにしっかり聞こえているようだ。マレットは苦笑いをするしかない。
「ユージ様。こちらはチェスカーバレン学院の学院長。リシュテイン・チェスカーバレン学院長です」
「よろしくな。しておヌシの名は?」
「裕二です。よろしくお願いします」
なんだかんだと挨拶を済ませ、マレットが裕二について説明する。
裕二はグラスコード侯爵の恩人の息子。そして親が亡くなり引き取った。
まだ養子の手続きはしていないが、裕二の名は後程『ユージ・グラスコード』という事になる。
「身元は確か、という事じゃな。まあ、マレットが連れて来るなら、その辺の心配はしておらんが。黒目に黒髪とは珍しいのう。志望は魔法科じゃな」
そう言いながらリシュテインは提出された資料に目を通す。
「色々訳ありっぽいのう。まあ良いが」
そして、その資料を机の上に置く。
「では魔法を見せてもらうが、緊張せんで良いぞユージ。普通にやれば良いからな」
「はい」
リシュテインは裕二とマレットを連れて、別の部屋に向かう。
行った先は何もない体育館の様な部屋、魔法実習の為の部屋という事だ。見えないが安全策も色々施されているらしい。
「ではユージ。何でも良いので魔法を使ってみよ」
裕二は軽く返事をすると、チビドラを右手に憑依させる。そして『小さめに頼むぞ』と念じ、右手からファイアーブレスを放つ。攻撃には使えない程度の炎だ。
その様子を見た、リシュテインは少し目の色が変わった。
――無詠唱だが威力は弱い。いや、違う。威力を意図的に抑えておる。何故じゃ?
「ユージ、他の魔法はあるか?」
「いえ、これだけです」
「そうか。ならもう一度それをやってくれんか」
裕二は言われるまま、右手からファイアーブレスを放つ。
――精霊魔法……ではない。右手に何かあるな。
リシュテインは視界を変える。精霊を見るために使う精霊視という魔法だ。
――見えん……が、何かいる。何じゃこれは?!
リシュテインは表情には出さないが、焦り始めた。精霊視で見えない精霊とはどういう事なのか。それはリシュテインの知る精霊ではない事を意味してしまう。
そして、通常の精霊視から大幅にその波長を変えてみる。そこにほんの一瞬だけ赤いものが見えた。
――あれは! 小さいが……ドラゴンなのか!? 精霊の波長に合わない存在。そしてその形。とすると、これは古代魔法かもしれん。マレットめ、とんでもない少年を連れてきおった。
「良しわかったユージ。もう良いぞ。ひとつ聞くが、お前は先程、他の魔法は使えないと言ったが、あれは嘘じゃな」
「えっ……」
嘘ではない。裕二は魔法が使えないのでチビドラを使っているのだから。超能力やタルパを魔法と定義してしまえばそうなるが、今は何とも言えない。しかしリシュテインの反応は意外なものだった。
「だがそれで良い。どうせグラスコード侯爵の指示じゃろ。その判断は正しいという事じゃな」
それを聞いたマレットは焦り出す。こんな簡単にバレるのは予想外だったからだ。侯爵に何と報告すれば良いのか。
「マレット、心配するな。これを見破れる者はそうそうおらん。いるとしたら高位聖職者クラスじゃろ。ワシもとりあえずは黙っておくつもりじゃ。侯爵には悪い様にはせんと伝えておけ」
「は、はい」
そしてリシュテインは裕二に向き直り先程とは打って変わって、真剣な面持ちで口を開く。
「ユージ・グラスコード。貴殿は本日より我がチェスカーバレン学院の生徒と認める。クラスは魔法科一年Aクラス。良いな」