89 きてます
「兵士は一旦調査をやめ、そちらに整列! 村人は反対側へ楽な態勢で良いから並んでくれ!」
裕二はそこにいる全員にそう告げた。そして、兵士達と村人をきっちりと分けたのだ。
「ゆ、ユージ殿! いったいなにを?」
キリック団長は焦りながら裕二に駆け寄りそう言った。裕二はキリック団長にも全員にもわかるように大きな声で話す。
「確認したい事がある。悪いがキリック団長は黙って見ててもらえないか? バチル、お前もだぞ」
「わかったニャ」
バチルは素直に返事をするがキリック団長は納得がいかないようだ。
「いったい何をするのですか!? それを仰っていただかないと許可出来ませんぞ!」
だが、裕二は慌てる事なく落ち着いて話し出した。裕二には既に、この事態の結末が見えている。全てを片付ける自信があった。
「ちゃんと説明するさ。まずは全員に聞いてもらいたい。君らは兵士も村人もひとり残らず、魔人と言うものがどんなものか全くわかっていない!」
それはいったいどういう意味なのか。だが魔人とは何か、と問われたら答えに窮する者も多いはず。よくよく考えてみると、この中で魔人を見た事のある者は何人いるのか。おそらくひとりもいないだろう。魔人は現時点では、そんなしょっちゅう現れるものではないからだ。なので、ほとんどの人が魔人を良く知らないのは当たり前の事でもある。
「考えてみろ。邪教徒に像を拝ませて何になる? 魔人が本当にそんな事を望むと思うのか?」
村人が魔人の像を拝んだところで、魔人に何のメリットがあるのか。確かにその通りだ。兵士の中にも頷いている者がいる。
「魔人てのは人間が及びもつかないくらい狡猾な奴らだ。そいつらが今のこの状況を見たら喜ぶだろうな。人間同士が争ってるんだから」
兵士、村人問わず全ての者達が裕二の言葉を真剣に聞いている。だが、そこに言葉を投じたのはやはりキリック団長だ。言葉遣いは崩さないが少し怒っている。
「それはどういう意味ですか! 我々は領地の為に働いているのですぞ」
「まあ、落ち着け。キリック団長は魔人が欲しているものを知ってるか?」
「そ、それは……」
「誰か知っている者はいるか!」
裕二はその場から全員を見渡す。その中でひとりの兵士がおずおずと手を挙げた。
「答えてみろ」
「はい、魔人には瘴気が必要と聞いています」
「その通りだ」
その瘴気の一端は人間が作り出す。人々のネガティブな心。争い。自身の魔力を汚し、魔力を瘴気に変える。今まさにその状況と言えるだろう。
当然ながら、これは全部ヘスの受け売りをアレンジしたものだ。
「人々に像を拝ませる事に何の意味もない。魔人にとって意味があるのは人々を争わせる事。つまり、今のこの状況は魔人が欲しているもの。それ故に、魔人が意図的に作り出した、とも言える。その魔人の像はその為の餌だ」
そこでどよめきが起きる。兵士達はもしかして自分達が魔人の策略にのり、この様な事をしているのではないかと思い始めた。
しかし、そこで口を挟むのはやはりキリック団長だった。
「いい加減な事を言われては困りますぞ! そんな証拠でもあるのですか」
「あるさ。さっき見つけた」
キリック団長の言う証拠。つまり、それは先程の魔術師がやった事を証明すると言う事。裕二にそれが出来るのか。
「今から証明してやろう。よーく見ておけ」
少し離れた地面に置いてある魔人の像。裕二はそれをサイコキネシスでその場から動かずに取り寄せる。像は空中を飛び、裕二の手の中に入った。
その光景を見て、再びどよめきが起こる。
「本物の魔術師ってのがどんなものか教えてやる」
裕二のその言葉に説得力を持たせる為の演出。それが魔人の像を取り寄せるのに使ったサイコキネシスだ。ほとんどの者は知らない魔法だと思うだろう。実際、裕二からすると、ちょっと便利な超能力でしかないが、魅せる効果はかなり高い。これで彼らは、裕二を高位魔術師と認識する。
そして、裕二は魔人の像に集中し、それをマジマジと見つめる。ぶっつけ本番ではあるが薄っすらと何かが見えてきた。
――やっぱり、あのお婆さんの言うとおりだな。
裕二がパーリッドの中央通りの店に行った時、出会った老婆。その老婆によると収納魔法で取り出した物には残留魔力が残る。そして、それは高位魔術師ならば残留魔力から魔術師を特定出来る。
裕二には今まさにそれが見えていた。
魔人の像に薄くかかったモヤのようなもの。そこから何本もの細い糸状の魔力が、あの魔術師へと繋がる。老婆の話しを聞いていたお陰で裕二自身もそれを確認出来た。
しかし、裕二がそれを見えるからと言ってもそれは証明にはならない。全ての人間に見えなければ意味はないのだ。
「そこの君。ちょっと剣を借りても良いか」
「は、はい」
ひとりの兵士を指さし剣を借りる裕二。その刀身をじっくり眺めてからその兵士に問う。
「これは何のへんてつもない普通の剣、で間違いないか?」
「は、その通りであります」
裕二はそれを聞き剣を地面に置いた。その鋭い剣先は誰もいない方向に向いている。
「物には残留魔力が残っている場合がある。例えばこの像に何らかの魔法をかけた場合。良くあるのは収納魔法で物を取り出したらそうなるだろうな」
裕二はチラリと魔術師を見る。他の兵士には気づかれていないようだが、かなり顔が引きつり額に汗をかいているようだ。
「魔人がこの中の誰かに命じてこの争いを起こさせた。何故ならこの像には残留魔力が残っている。村人にそんな事が出来ると思うか? 残留魔力を残すと言う事は何らかの魔法。おそらく収納魔法を使った。それを使えば村人の家から魔人の像を見つけた、と装う事が出来る」
「ほ、本当なのですか! 誰がそんな事を!」
「裏切り者が我らの中にいるのか!?」
「ユージ殿! それが誰だかわかるのですか?」
やはり兵士達はその事を知らない。そればかりか彼らは裕二の言葉を信じ始めた。確かに村人に残留魔力など残せる者はいないだろう。残留魔力が残ると言う事は、何らかの魔法が使えると言う事。それが出来たら今頃村人などやっていない。魔法に関係する仕事。例えば、そこにいる魔術師のように特殊な立場にいても良いはず。
自分達の中に裏切り者がいる。悪いのは村人ではなく魔人。そして、その手先となった者。しかし、まだそれだけでは全員を信用させるのは無理だろう。
「まあ待て。君たちには残留魔力は見えない、だからその証明は難しい。しかし、別の形で証明する事は可能だ。それを今からやる。この剣を良く見ておけ」
裕二は像を片手にしゃがみ込んで地面に置いた剣に手をかざす。そして、像を持つ方の手に力を入れるような仕草を見せた。やがて裕二の手は痙攣しだし、像はプルプルと震え出す。
「きてます」
何が来ているのか。ほとんどの者はわからない。しかし、その「きてます」と言う言葉には謎の説得力があった。
「きてます、きてます。よーく見てください。きてます!」
裕二が元の世界にいた時。楽しみに見ていたテレビのマジックショー。そこに登場するマジシャンが使った言葉「きてます」この言葉が大流行した。
何が来てるのかさっぱりわからなくても何かが来ている、と思わせてしまう謎の言葉。その演出効果は果てしなく高かった。これもひとつの魔法と言えるのかもしれない。
裕二は眉間にシワを寄せ、片手に持った魔人の像を更にプルプルさせる。
「きてます、見てくださいきてます」
何かはわからないが確かにきている。多くの兵士が手に汗を握りしめ見守る中、裕二が手をかざした剣がゆっくりと動き始めた。そこで兵士達から感嘆の声があがる。もちろんこれは裕二のサイコキネシスなのだが、その剣先は先程の魔術師がいる辺りを指し示す。そこにいるのは魔術師を含めた五人の兵士。
「そこの五人はそのまま横に広がって並んで下さい。きてます」
剣に指し示され裕二に広がれと言われた五人。全員かなり焦っているが、指示通り横に広がる。
既にこの時点でほとんどの者がわかっていた。その剣に指し示された者が犯人だと。裕二の魔法によって剣がその方向を示している。
魔人の像と犯人を剣が繋いでいる。ほとんどの者が多くを説明せずとも「きてます」と言う言葉だけでそれを理解していた。
裕二は何の証明もしていない。だが、裕二の持つ簡単な超能力と元の世界で知った演出。これを駆使してこの場にいる全員の心を、予めわかっている答えへと誘導しているのだ。
マジックショーなど見た事のない彼らにとって、その演出効果は計り知れないものがある。
多くの言葉などいらない。証明などする必要はない。そもそも彼らは騙されている。なら、裕二も騙せば良い。それが裕二の結論。その最大の武器が――
「きてます!」
最後に剣が指し示したのはひとりの魔術師。全ての人間がその男に注目した。一身に視線を浴びた魔術師は身の置きどころを失いアタフタとしだす。
途端に兵士の中から怒声があがった。周りの兵士が一斉に彼を睨めつける。
「貴様が騙したのか!」
「何て事をしてくれたのだ!」
「そいつをひっ捕らえろ!」
大勢の兵士がワッと駆け寄り、中には剣を抜く者さえいた。だが、裕二はそれを大声で制止する。
「やめろ!」
全ての兵士がその声で止まる。そして、肝心の魔術師は体を小刻みに震わせ立っているのがやっとの状態だ。当然だろう。裕二が止めなければ兵士全員からなぶり殺される可能性もある。裕二はその魔術師にゆっくりと近づく。そして、最後の仕上げに一言だけ訊ねた。
「お前がやったな」
「…………は、はい」
この瞬間、裕二は本人の自白と言う形で証明する事に成功した。
魔術師はダラダラと汗をかき膝をガックリと落とし全く抵抗を見せない。
裕二のショーによって多くの者が何のへんてつもない剣先に集中し、視線が注がれる。だが、ひとりだけ立場の違う魔術師には、それが高位魔術師ユージから放たれた、どこまでも追いかけてくる魔法の剣、そう見えた。自分に剣が指し示されたのがその証拠。実は全く証拠になっていないのだが、彼はそう思わされた。
立場が違えばその演出効果も大きく変わり、自分を追い詰めるマジックショーに彼は心が折られたのだ。
「じゃあ、キリック団長。この者を捕らえて。聞くことも色々あるだろ」
「は、はい!」
魔術師は捕らえられ魔人の像も回収され村人も開放された。そうなると兵士達はこの場に留まる必要はなくなる。だが、ひとつだけ問題が残る。
魔術師を連れて行ったあと、すぐにキリック団長が戻ってきた。
「ユージ殿。その女は我が領地の徴税官を殺害した者。拘束して連れて行かねばなりません」
村人の疑いは晴れた。それを多くの兵士が目撃していた。しかし、徴税官を殺したバチル。それも兵士に目撃されていた為、バチルを放っといて帰る訳にはいかない。だが、バチルを拘束するのは裕二抜きではかなり無理がある。おそらくそれをやれば兵士の半分以上は殺されるだろう。これは依頼された裕二の仕事になる。だが、裕二は慌てず口を開く。
「バチル。お前なんで徴税官を殺した」
「悪い奴だからニャ」
「その悪いってのは魔人の手先って意味か?」
「その通りなのニャ!」
バチルも阿吽の呼吸で話しを合わせる。悪いのはバチルではなく徴税官。そう言い放つ。だが、それでキリック団長が納得するはずもない。
「そ、そんな証拠はありませんぞユージ殿」
「バチル。そいつは何て言ったんだ?」
「邪教徒の村と決めつけたのニャ!」
「ほう。キリック団長。その徴税官は何の根拠があって邪教徒の村と決めつけたんですか? そうでない事は証明しましたよね。さっきの魔術師と同じく、そいつが魔人の手先である可能性は高いですねえ。キリック団長は魔人の手先を庇う。そう仰るのですか。もしかしてあなた……」
たった今。仲間から裏切り者が出た。それはもちろんひとりとは限らない。今の状況で魔人を庇うような事を一言でも言えばどうなるか。大勢の兵士が聞き耳をたてている。
兵士達は先程の件で、裕二を信用している者も多い。犯人を見つけて自白までさせたのだからそうなるだろう。
今の状況でキリック団長と裕二。兵士達はどちらを信じるのか。
「いや違います! わ、私は断じて……」
「それにコイツは某国のかなり高い身分の貴族ですよ。まあ信じなくても良いけど。キリック団長の言うとおりにしたらどうなるでしょうねえ」
「ハッハッハ……そ、そんなバカな」
その言葉を信じようとしないキリック団長。それが事実であればツェトランド伯爵領だけの話しではなくなってしまう。アンドラークの外交にザックリ爪痕を残してしまうかもしれない。その張本人であるキリック団長はどうなるか。考えるまでもない。
だから絶対に、この場だけでもキリック団長はそれを認めたくはないだろう。知らなかったでは済まされないが、それでも、知らなかったと言い張る事は可能だ。
しかし、それさえも許さない者がいた。その者はひとかたまりになった村人の後方からスッと立ち上がる。
「そのお方の言う事は本当です」
「て、テパニーゼ様! そんな所にいらっしゃったのですか」
「今頃気づいたような振りはおやめなさいキリック団長」
その言葉に多くの者がそこにいる人間が誰なのかを初めて認識する。
今までマントで顔と体を隠し村人の後方で事の成り行きを見守っていたテパニーゼ。
おそらく最初にこうしていても村人の疑いが晴れる事はなかっただろう。バチルも捕まっていた可能性は高い。しかし、ここに至るまでの道程を裕二が作ってくれた。ひとつひとつの問題を全て片付けてくれた。だからこそテパニーゼは今、兵士達の前に立つ事が出来るのだ。
「私の名を言いなさい、キリック」
「は、はい……あなた様は……ツェトランド伯爵家令嬢であらせられるテパニーゼ・ツェトランド様」
「そうです。ではテパニーゼ・ツェトランドの名において言明します。そこにいらっしゃるバチル・マクトレイヤ様は某国家の非常に位の高いお方。あなた方のどうこう出来る人物ではありません。即刻立ち去りなさい」
兵士達は大慌てで跪く。キリック団長もそうしない訳にはいかない。
「も、申し訳ありませんでした、テパニーゼ様。すぐに荷物をまとめ即刻この場から立ち去る事に致します」
こうしてキリック団長とその配下の兵はステンドット子爵の元に帰って行った。
裕二とヘスはステンドット子爵からの依頼を断るとキリック団長に告げ、この場に残る事になった。




