82 テパニーゼ・ツェトランド
一日ゆっくりと過ごした裕二。そんな日でも学院時代から続けている訓練は出来る限り行なっている。
夜になれば宿を抜け出しパーリッド郊外の森へ白虎で走る。たまに他の冒険者の野営と出くわしそうになったりもするが、そこは裕二の感知能力で事前に察知して場所を変える。
訓練の内容は以前と同じくタルパ相手に剣と魔法、そして超能力による戦闘が中心だ。それに加え最近はドワーフから譲られた剣をより使いこなせるように考えている。魔剣ヘイムダル、邪剣オートソウ、共に大量の魔力を必要とする。特にオートソウは持った者の魔力を一瞬で枯らしてしまう程のバカ食いと言われる剣。裕二がそれを使って倒れてしまう事はないが、使いこなせているかと問われるとまだ首を縦に振れない状況でもある。
「やっぱり安定感はないよな。今のところ本番に使うより訓練向きか」
「そうですね。それを振り回しているだけで魔力を増やす訓練にはなりそうです」
セバスチャンが言うには邪剣オートソウで魔力が大量に消費される。それを長時間続けていると、さすがの裕二でもフラフラになってくる。魔力枯渇に近づいている状態だ。そこで休んで魔力を回復させる。それを繰り返し続けると、魔力の通り道、許容量が僅かづつでも増えてくる。それに伴いオートソウの扱いも安定してくる。裕二もタルパ達もそれを実感していた。剣の訓練と言うよりは魔力を増やす訓練になるだろう。
そうなると当然、魔剣ヘイムダルの扱いも安定してくる。
「何とか多少はライトブレードが伸ばせるようになってきたな」
魔剣ヘイムダルの特徴であるライトブレード。それをどこまで伸ばし、どこまで自在に扱えるようになるかは本人の努力次第だ。これを使いこなせれば剣による遠距離攻撃も可能になるだろう。
「つーかオートソウはデカイから俺よりリアンの方が似合いそうだな。出てこいリアン」
裕二が呼び出すと身の丈三メートルの武装したスケルトンエイリアンが現れる。
「持ってみな」
リアンは何も言わずにその剣を受け取った。重武装のリアンに邪剣オートソウ。見た目の凶悪さは更に増す。
「おっほー! やっぱり似合うな」
「リアンこわいー!」
「ミャアアア!」
「リアンかっこいー!」
「こんなの向かってきたらヤクザより怖いよ」
とは言ってもそもそも仲間で既に何度も見慣れたリアンを本気で怖がるタルパがいる訳はない。アリー、チビドラ、テンは怖い怖い言いながらもリアンの肩に乗って遊んでいる。だが、リアンはそれに全く見向きもしない。
「リシュテイン学院長がいたら喜ぶでしょうね」
「だな」
◇
場所は変わってパーリッドのあるシェンカー辺境伯領から西に位置するツェトランド伯爵領。とある豪邸の一室で大声で怒鳴り合う二人の女性。
「お父様の事なんか知らないわよ! 私は冒険者になりたいの。ひとりで生きていきたいの!」
「お父様はご病気なのよ! そんな時に何が冒険者ですか。あなたのような小娘が生きていける世界じゃないのよ!」
「うるさいわね! そんなの私に関係ないのよ!」
「待ちなさい、テパニーゼ!」
ここはツェトランド伯爵領領主、レドル・ツェトランドの屋敷だ。彼は今、三十代の若さにして大病を患い長期間意識の戻らない状態にあった。そんな状況にも関わらず、同じ屋敷で大声を出しケンカをしていたのは母親のエニメーラ・ツェトランド。そして、娘のテパニーゼ・ツェトランド。
父親が病気なのに冒険者になりたいと言う理由で家を出ていこうとするテパニーゼを、母親であるエニメーラが止めていたのだ。
燃えるような赤い髪にやや釣り上がった目尻は性格の強さをにじませており、既に旅の準備を整えてあるようで白銀のヴァルキリーメイルと黒いフード付きマントを身に纏う僅か十四歳の少女テパニーゼ。
準備万端で母親に自分の思いを告げ、その生まれた家を出ていくと言う。
父親のレドルは不治の病にかかっており、彼がもし亡くなるとまだ八歳にしかならない一人息子でテパニーゼの弟のカルロ・ツェトランドが当主にならなければならない。
もちろんその歳で当主としての仕事など出来るわけもなく、伯爵領を抱えるツェトランド家は今大変な事になっていた。
その状況で家を出ていこうとするテパニーゼ。傍から見れば何と薄情な娘なのかと思うだろう。
「テパニーゼ! 待ちなさいテパニーゼ!」
その声を無視し引き止める者を振り払い大きな音を立ててドアを閉める。母親と多くの臣下が身守るなか、テパニーゼはついに家を出ていってしまった。
「テパニーゼ……」
――お願いテパニーゼ。必ず……
家を出てすぐさま馬に乗り走り出すテパニーゼ。先程までの気丈な態度はなりを潜めその美しい瞳には薄っすらと涙が浮かぶ。
「お父様……私、必ず治療法を見つけて参ります。それまでどうかご無事で……」
薄情な娘と思われたテパニーゼ。だが、その心に強く決意したものは先程の身勝手な態度とは全く正反対だ。
迫真の演技を繰り広げたエニメーラとテパニーゼ。彼女達にはそうしなければならない理由があった。
◇
テパニーゼの一番重要な目的は父親であるレドル・ツェトランド伯爵の病を治す事。
そのツェトランド伯爵はひと月程前、仕事の為数名の騎士を引き連れ馬車で移動中モンスターに襲われてしまった。
場所は強力なモンスターが潜む事で有名な、ヴィシェルヘイムの森近くの街道。ツェトランド伯爵領はヴィシェルヘイムに隣接する地域があるので、その近辺を移動する場合、必ず屈強な騎士を引き連れて移動する。だが、それにも関わらずツェトランド伯爵はモンスターに襲われた。
本来であればヴィシェルヘイム奥地に潜む、より強力なモンスターでない限りは対応出来る戦力はあった。だが、そのモンスターが現れた時、数名の騎士が逃げ出してしまったのだ。残された戦力でそのモンスターに抗える訳もなく、ツェトランド伯爵はモンスターに襲われてしまった。
唯一無傷で生き残った従者の証言から、襲ってきたモンスターはミズルガルバイパーと言う毒持ちの大蛇だとわかった。
ツェトランド伯爵はミズルガルバイパーの毒に冒され、現在意識不明の状態となっている。
医師の診断によるとミズルガルバイパーの毒に冒されるとその対処法はなく、三ヶ月程掛けて石化し、最後には命を落としてしまうと言う。メディッサバイパーと似ているが、治療法の有無で大きく違うのだろう。
現在、意識不明のツェトランド伯爵の代わりに、様々な業務や手配は臣下であるステンドット子爵が行っている。だが、テパニーゼは彼に不信感を抱いていた。
まず最初ミズルガルバイパーに襲われた時、逃げ出した騎士は今も行方不明なのだが、その者達は任務にあたる直前に予定されていたメンバーが数名変えられていたのだ。何故急にそうなったのか。それを行ったのはステンドット配下の者ではないかとテパニーゼは考えており、そこから疑問を持ち始めた。つまり彼らは最初から主を守らず、逃げる気でいたのではないかと言う事だ。そして、その指示を出したのはステンドットではないのか。
そして、ツェトランド伯爵が意識不明になると、その診療を担当した医師や魔術師もステンドットの手配した者達だ。お抱えの医師がいるはずなのにこれはおかしい。それを聞いても適当にはぐらかされてしまう。そうなると当然診断結果、つまり治療法がないと言う事も怪しくなる。それだけではなく、ツェトランド伯爵邸内に抱える多くの臣下も既にステンドットの籠絡されており、表面的には指示に従うが、エニメーラの治療法を探せと言う指示にはろくに調べもせずやった振りをするだけとなっていた。
臣下の態度から何となくおかしいと思っていたエニメーラ。そして、テパニーゼがそれに気づいた時には、広い邸内に味方は家族しか残されていない状態にされていた。
現在、ツェトランド伯爵が病気という事は世間に隠されており、それもステンドット子爵による指示となっている。
表向きは領民に不安を抱かせない為と言っているが、本当は治療法を知らせる者がいたら困るからではないのか。
テパニーゼはその事に気づき、それを母親であるエニメーラに相談する。そして治療法がある事を前提に二人で良く考えた結果、テパニーゼがわがままを言って家を出ていくように見せかけ、実際は冒険者になる為ではなく、父親の治療法を探す為に出ていくという計画を立てた。
誰が敵なのかわからない状態でもあるので、邸内で見守る臣下にもそう思わせなければならない。仮にテパニーゼが治療法を探しに行く、などと素直に言ってしまったら確実に邪魔が入るだろう。
「ステンドットは我がツェトランド伯爵領を乗っ取る気なんだ。弟を当主に立ててしまえば傀儡に仕立てる事など奴には容易い事。何とかしないと」
テパニーゼは馬を走らせながらそう呟く。
だが、この少女ひとりで父親の治療法を探し、更にステンドット子爵の野望を阻止する事など出来るのか。
「まずはヴィシェルヘイムの最前線シェルラックへ向かわないと……」
シェルラックは現在いるアンドラークの隣国、サレム王国にあるヴィシェルヘイム最前線と言われる街だ。そこには高名な冒険者が集まり様々な情報の発信基地ともなっている。ヴィシェルヘイムのモンスターであるミズルガルバイパーの情報もきっとあるだろう。
同じく冒険者が集まるパーリッドと言う選択肢もあるのだが、中級冒険者が集まる場所では情報は得られない可能性もある。
テパニーゼは最初から目的地をシェルラックと決めていた。そこでミズルガルバイパーの治療法。出来ればその治療薬も手に入れたい。
しかし、馬に乗ってひとりで遠出さえした事のないテパニーゼ。しっかりと地図も用意してきたのだが、本当に正しい道を走っているのか。当然その程度の判断も出来ない。辺りが徐々に暗くなると不安も増し最初の勢いも失せてくる。そして、今更ながらに実感する。自分は道を正しく進む事さえ出来ないのかと。その程度の事が出来ないのに父親を救う事が出来るのか。そう思わずにはいられなかった。
こみ上げてくる涙を堪えひたすら馬を走らせるテパニーゼ。だが、本来ならそろそろ野営の準備を終えてなければならない時間だ。夜行性のモンスターが動き始めたらひとりの少女などただの餌でしかない。
この計画は最初から無謀だったのだ。貴族のお嬢様に出来るような簡単な事ではない。ある程度の経験がある者なら必ずそう言うだろう。如何に高価な剣やヴァルキリーメイルを装備していても、所詮は素人でしかない。
「でも……それでもやらなければ」
テパニーゼがそんな不安に陥っていると、道の反対方向から集団で馬に乗る者が見えてきた。暗くなり始めたのでハッキリとは見えないが、彼らに助力を乞う事は出来る。少なくとも道が正しいのか知る事は出来そうだ。その為のお金も充分に用意してある。彼らにその対価を支払う事も出来る。
テパニーゼはほんの少しだけ安堵し彼らがこちらに近づくのを待った。
だが――
「おい見ろよ。貴族のお嬢様が騎士の真似事か?」
「ウェッヘッヘ、女だ! 女だぞ!」
近くまできてハッキリとわかる。彼らの汚い身なり。汚れた顔。ボサボサの頭髪。そしてその言動。旅人や冒険者ではない。彼らは盗賊だ。テパニーゼの顔は一気に引きつる。
「スゲーピカピカの鎧だな。高く売れるぜ」
――まずい! 逃げないと。
テパニーゼは一気に地獄へ叩き落とされた気分だ。盗賊は二十人近くはいるだろう。道さえわからない小娘がそれに抗えるはずもない。
「生け捕りにしろ! 鎧は汚すなよ」
その号令で盗賊が一斉に動き出す。舌なめずりをしながら下卑た笑みを浮かべる彼らにとって、ひとりの護衛もいないお嬢様のテパニーゼを捕まえるのは簡単な事だ。
――逃げ……られない。
あっという間にテパニーゼは盗賊達に囲まれてしまい逃げ場をなくす。そして、数人が馬を降りテパニーゼに近づいた。
「きゃっ!」
「ヘッヘッヘ、きゃっ! だとよ」
テパニーゼは背後から近づいた盗賊によって馬から引き摺り下ろされた。そして、その場で仰向けに倒れてしまう。
「いいねいいねえ。ここでやっちまうか」
盗賊の荒い息遣いが間近に迫る。同時に他の盗賊がテパニーゼの手足を抑えた。
「おい! 鎧を先に脱がせろ」
「ヘッヘッ、そりゃそうだな」
所詮はこの程度。テパニーゼには何も出来ない。綿密に計画を立てたつもりだった。しかし、いざ実行してみれば道に迷い盗賊に捕まりそれで終わり。
テパニーゼはもう諦めていた。自分の無力とこれから起きる苦痛。どう考えてもここから脱する事は出来そうにない。浅はかだった自分を呪う事しか出来ないのだ。父親を救うなどと言う大それた望みなど叶うはずもなかった。
――お父様……
テパニーゼは大粒の涙を流し自分の上から迫る盗賊から顔を背けた。
だが、その瞬間。
「……え?」
スコンッと小気味よい音が聞こえる。その直後、テパニーゼの上にいた盗賊は仰向けにバッタリと倒れた。
「な、なんだ! 敵襲、うっ!」
そう叫んだ盗賊もその直後に仰向けに倒れる。
「な、何が……」
テパニーゼがその盗賊を見ると、額に投擲ナイフがぐっさりと刺さっており、そこから僅かに血が流れていた。盗賊は一撃で倒されている。
「だ、誰だ! 出てきやがれ」
慌てて辺りを見回す盗賊達。しかしそれらしい影は見当たらない。だが、その声は上から聞こえてきた。
「ニャッハッハッハ。女ひとりによってたかって何してるニャ! お前らまとめてバターソテーなのニャッ!」




