80 それぞれの動向
裕二が現在拠点にしているパーリッドと言う街はアンドラーク王国、マクエル・シェンカー辺境伯領にある。ペルメニアとサレム王国の国境沿いに位置するエル字型の広大な領地だ。その一部はヴィシェルヘイムと言う強力なモンスターの棲息する地域とも接している。
アンドラークには、そのヴィシェルヘイムと接する地域はもうひとつある。それがシェンカー辺境伯領に包み込まれるような形で西に位置する、レドル・ツェトランド伯爵の領地だ。
裕二はペルメニアからアンドラーク、シェンカー辺境伯領パーリッドに行き、冒険者となった。そして、その隣のツェトランド伯爵領で何かが起きようとしている。
場所はツェトランド伯爵領、とあるホテルの一室。そこで二人の男が低いテーブルを挟み、椅子に座りながら対面している。
「ロクスさん。全くあなたにも困ったものだ」
「も、申し訳ありませんでした。ステンドット子爵」
冷や汗をたらしながら謝罪しているのは、裕二殺害をオスロットに依頼したカルマイヤー・ロクス。その前に座るのはギムロー・ステンドット子爵と言う。
ステンドット子爵はツェトランド伯爵領に仕えいくつかの街の代官を努めており、そこで頭角を表してきている人物だ。
ロクス商会は彼に目をかけられ手広く商売が出来ており、その範囲をシェンカー辺境伯領まで広げている。
簡単に言うと、ステンドット子爵はツェトランド家に仕え、ロクスはステンドットに目をかけられているので逆らえない。こんな感じだ。
地味な服装を好み細身で目尻の垂れ下がった初老の男。その垂れ下がった目のおかげか、初対面の人にも安心感を与える得な顔をしている。そして、立ち振る舞いも上品で言葉も柔らかい。
そんなステンドットを良く知るロクスはひたすら彼に頭を下げ続ける。
「あなたがメディッサバイパーを最後まで処理しないからこうなったのですよ」
「は、はい。その件を担当した者は厳罰を与えましたので……」
「まあ……あの怪物は支配下でも簡単には倒せないし、術が解ける恐怖もわからないではないですが……それよりもその、ユージと言う冒険者ですか」
「は、はい。如何致しましょう」
「オスロットをひとりで壊滅させるなら並みの戦力ではダメですね。それよりも……彼ひとりでそれだけの戦力なら是非、私の手駒に加えたい」
「はっ? はあ」
ロクスは素っ頓狂な声を出した。それを見てステンドットはイタズラっぽく笑う。敵として考えていた者を手駒に、と言うのはロクスにはない発想なのだろう。しかし、ステンドット子爵はオスロットからロクス商会、そして自分への繋がりが裕二にバレなければ敵対と言える状態になく、無理のある話しではない。
「し、しかし、どうやってそんな事を……」
「そうですね……」
ステンドットはしばらくの間考えてから、ゆっくりと口を開く。
「とりあえず、そのユージと言う冒険者を監視してメディッサバイパーの肝臓を売ったらすぐに買い取りなさい。持っていないと言う可能性もあるので売らなければそれで良い、と言う事にしましょう。彼とは敵対しない。無理な取り引きを持ちかけない。ですが監視は徹底して下さい。絶対よそに買い取られないように」
「わかりました。しかし、彼を手駒にと言うのは?」
「それは……私にいくつか考えがあります」
ロクスはステンドットから裕二の監視を任され、まだその信頼を失っていない事に安堵しながら気を抜いていた。だがその時、ステンドットの細い目がクワッと見開かれ鋭い眼光を覗かせる。ロクスはその目に、この人物の恐ろしさを垣間見る。そして、忘れていた緊張感を思い起こす。
「邪教徒は滅ぼさなければなりません。いずれ顕現なされるクリシュナード様の為にも」
「は、はい……」
「彼にはその大切なお役目を任せようかと。もちろんあなたにも手伝ってもらいます」
◇
「……うぅ、暑い」
裕二とヘスはメイザー坑道跡からパーリッドへ戻り、それぞれの部屋で過ごしている。裕二はさっさと寝てしまったのだが、ちょっと嫌な夢を見ながら目が覚めた。
「どうしたの裕二?」
「ミャアアア?」
アリーとチビドラがベッドから起き上がった裕二の目の前に実体化する。
「なあアリー。あの時……俺がこの世界に転移した時、永井がいたよな」
「いたねー」
「ミャアアア」
「アイツ、俺に手を伸ばしていたよな」
「伸ばしたねー」
「ミャアアア」
「その後って……」
「落ちたねー」
「ミャアアア」
「やっぱりそうなのか……」
このところ裕二はあの時の夢を良く見るようになった。最初、裕二が転移する時、光に包まれてしまったのでそこまでは見えなかった。しかし、何度か同じ夢を見るうちにその先が少しづつ見えてきたのだ。
裕二を教室の窓から突き落とした永井茂。彼はその直後にその行いを後悔し、落ちてゆく裕二に手を伸ばした。最初はそこまでしか見えなかったが最近はその先、永井の体が窓から更に出ていくのが見えるようになった。そうなれば当然永井も窓から落ちてしまう。
「間違いないか? アリー」
「うーん、たぶん」
「ミャアアア」
となると永井はその後どうなったのか。あそこは学校の四階の教室。そこから前のめりに落ちれば地面に頭を強く打ち付ける。そう考えると……
「永井は死んだのか?」
「うーん、わかんない」
「ミャアアア」
裕二はあの時、アリーの力によってこの世界に転移した。なので死ぬ事はなかった。当然、その対象は裕二であって永井ではない。となるとやはり永井はあのまま落ちたのであれば死んでしまった、と考えるのが妥当だろう。
「あんまり良い気分ではないけど……仕方ないのかなあ」
「だねー」
「ミャアアア」
既に住む世界が全く違う裕二と永井。彼がどうなったのか、今更それを知るのは難しい。と言うか不可能だろう。裕二はこちらにきてから元の世界の情報を欠片程も入手出来ないのだから。
「手くらいは合わせてやるか……」
「永井、死んじゃったのかなー、チビドラ」
「ミャッ?」
同じ頃、別の部屋で泊まっているヘスは手紙を書いていた。それは先日のメイザー坑道跡での出来事。魔人と思わしき存在が坑道跡最深部にいた、と言う内容。姿こそ見えなかったがヘスはあれが魔人だったと確信している。身の毛もよだつあの気配。そして、家宝である魔食いの指輪が壊れた事。裕二もそれを感じ取ったからこそ、あの様な態度だったのだ。
ヘスはその内容を詳しく手紙に書いた。そして、その手紙はヘスの父親を経由してアンドラーク上層部に届く、と言う事になっている。
「ユージがいたから魔人が現れたのか? いや、違うな。ユージがいたから魔人に気づく事が出来た」
この後何も起こらないとは到底思えない。魔人はいずれ現れると言う事は誰でも知っている事だ。今まで五百年もその片鱗さえ見せなかった魔人がこの地に現れた。ここから何かが始まるのか。ヘスはそう考えずにはいられない。
「ユージ……君はいったい何者なのか……まさか! いや、それならペルメニアが先に気づくはず。小国アンドラークに遅れを取るとは思えない。ユージの周りにそれらしい者もいない」
ヘスは普段裕二には見せない真面目な顔で手紙の続きを書く。
◇
「くっ、こんなにキツイなんて……」
そう言って地面に膝をつくのはペルメニア皇国第一王女、エリネア・トラヴィスだ。エリネアは今、自身の魔力を拡大させる為の訓練をテリーから受けている。
学院の森の一部に結界を張りそこに緻密な魔法陣を描く。エリネアはその上に乗り大量の魔力を体内に通し天に放出する。だがそれは大河の水を飲んで減らせと言われているようなものだ。並の魔術師がやる訓練ではない。
「その程度でユージの隣に立てると思ってるのか?」
「は、はい!」
素直にテリーに従うエリネア。以前なら考えられない事だ。
武闘大会第三位というエリネアの残した輝かしい実績。そんなものなど何の役にも立たない世界へエリネアは足を踏み入れ始めた。そして、そこへ踏み込んだのはエリネアだけではない。
「バイツ、リサ、そろそろ回復しただろ。さっさと訓練に戻れ」
「はい……」
「くっ……わかった」
エリネアより早く限界を迎え休んでいたリサとバイツ。テリーは二人を容赦なく訓練に戻らせる。その表情には疲労が見て取れるが弱音を吐く者はいない。
裕二が学院を去った後に真実を知ったエリネア。更にその後バイツとリサもそれを知る事になった。
様々な事情からバイツはハリスター家に移りそこで真実を明かされる。そして、名前もバイツ・エストローグからバイツ・ハリスターと改める。
バイツはそこにテリーが深く関わっている事を知り相互関係を作る。そして、自身の力を高める為、訓練に参加していた。
リサはとある事情からジェントラー家の目的に協力する事になり、そのバックアップを受けている。この訓練参加もその一環だ。
そしてエリネア、バイツ、リサの三人はテリーが如何に自分達とかけ離れた存在なのか、訓練を通して知ることになった。
「はあ……テリーさん。私達の実力って今どの程度なんでしょうか?」
リサがテリーに質問した。それについてはエリネアとバイツも聞きたい部分だろう。静かに聞き耳を立てている。
「低級魔人と一対一なら戦えるだろうな。だが、そんな場面はまずないと思っとけ」
「魔人側からしたらそんな戦い方に意味はないって事か」
バイツが意見を述べた。確かにその通りだ。魔人が一対一で勝利しても意味があるのはクリシュナードとの戦いだけだ。自分達の力はそれをさせない為に必要とも言える。
「なるほど。確かにそうですよね……ところで、ドルビーさんとバチルさんは訓練に参加させないんですか?」
リサはテリーに再び問う。しかし、それに答えたのはテリーではなくバイツだった。
「ドルビーは残念だが力不足だ。この訓練には耐えられまい」
「バチルさんは?」
「バチルは……お魚さんを探すとか言って以来見てないな」
裕二の去ったチェスカーバレン学院。そこに残された者達は少しづつ力をつけ着実に前進していた。しかし、そうではなさそうな者もいる。




