8 三人の秘密
「君さえ良ければなんだが、私の家に来ないか?」
突然の申し出に戸惑う裕二。だがグラスコード侯爵は話しを続ける。
「おそらく君はどこかの国の要人クラスの人物だ」
「へ? 要人?」
グラスコード侯爵は裕二の能力と身なりからそう判断した。
まず、その能力の特異且つ強力な事。こんな凄い能力を国が放っとく訳がない。
だがその能力を知ってるのは裕二とここにいる三人だけなので、全く見当違いだ。
そしてその身なり。裕二の話しではしばらく森をさ迷ったと言う。なので薄汚れてはいるが、裕二の着る黒い服は穴も綻びもない。それどころか見れば見るほど、その作りの良さが伺える。縫製、生地からどこかの国の紋章らしき物が描かれたボタン、袖のボタンにもそれはある。捲られた袖の裏地は光沢のあるツルツルした素材。間違いなく高級品だ。平民の着れる服ではない。グラスコード侯爵はそう考えた。
だがこれは単なる詰襟学生服。無駄に高い分、生地も縫製もしっかりしている。育ち盛りの少年が三年間着る事を前提に作られたのだから、頑丈に作ってあるのだ。
そして裕二が記憶喪失だと言う事。
これは裕二がクーデターの様なものに巻き込まれ逃げてきた。その時に何か強いショックを受けた。その拍子に記憶喪失になった。つまり王族の可能性もある。
だがこれは単に裕二が嘘をついてるだけだ。本当の事を言ったら膨大な説明が必要になるだろう。そんなのはまっぴらだ。
と、グラスコード侯爵の考えは裕二の実像からどんどん剥離していく。
どこかの国の王族であれば匿って損はない。
違うとしてもこの凄まじい力は自分の元に置いておきたい。八名の騎士が敵わなかったワイルドウルフの群れ。この少年はそれより多い数を一瞬でやっつけるのだ。気をつけなければならないのは、この能力、そして身分を他に知られてはならないという事だ。もちろん裕二には命を救ってもらった恩もある。これは必ず返さなければならない。そう考えグラスコード侯爵は、自分の家に来るよう言ったのだ。
「そ、そうですか……」
とりあえず、しばらく住まわしてもらい、その間この世界について知る事も重要だ。この先どうやって生きて行くかも考えねばならない。どうしても嫌なら白虎で逃げれば良い。
「わかりました。お世話になります」
「そうか! 良かった」
グラスコード侯爵は満面の笑みで裕二の手を取る。かなり嬉しそうに見えるので、裕二としても気兼ねなさそうではある。
ひとしきり喜んだ後、グラスコード侯爵は少し神妙な顔で話し出す。
「ユージ。君の能力についてなんだが、これは他人に知られない方が良い」
これは裕二もそう思っていた。しかし街や村に出れば多少は仕方ないのかとも漠然と思っている。要はあんまり何も考えていないのだが。
「そこでだ。君の能力を知られない為に、その身分も仮のものを作っておきたい」
まあ、要は侯爵の親戚とか隠し子とかだろう。王族やら何やらと勘繰られるよりは良いし、元々こだわりのある様な身分でもない。普通のどこにでもいる超能力中学生だ。
「なのでこの件については私とマレット、そしてユージの三人だけの秘密だ」
「はあ」
「まずユージは、そうだな。私の古い恩人の息子、そして親が亡くなり天涯孤独となったのでグラスコード家に引き取られた。という事にしよう」
「はい……」
「ところでユージは何歳だい?」
「十四歳です」
「十四歳か、ちょうど良いな。ユージにはこの国の常識や作法、そして魔法を学んで欲しい」
「魔法?」
「そう魔法だ。何故かと言うと、さっきのアンデッドみたいのを街中でやられたらパニックになるからね。あの炎の魔法だけでもかなりの威力だったし」
――さっきのチビドラのファイアブレスか。
「そのへんも知っておいた方が良いだろ? なのでユージはまず王立チェスカーバレン学院に行かせようと思ってるんだ」
「チェスカーバレン?」
王立チェスカーバレン学院。チェスカーバレン公爵領スペンドラという街にある。
そこはこの国の貴族、大商人等の子弟が集まる名門校。魔法、騎士、一般教養を教える学校で他国からの留学生も多い。入学資格は十二歳以上で、五年制となっている。ここを卒業すれば安泰、とまでは言わないが、国の要職についてる者はここの卒業生が多いのも事実。
「ユージはここがなんという国か知ってるかな?」
「え?! えー、わかりません」
「だろ。ここはペルメニア皇国というのさ。最初は大変かもしれないが行っといて損はないと思うよ」
「ペルメニア皇国……そうですね」
「そこを卒業したら、君の能力に合わせた仕事も用意しよう」
そこまで話し、馬車は馬を休ませる為、休憩する事になった。
裕二は表に出て白虎を呼び出し、枕代わりにして寝転んだ。そして見えないセバスチャンに話しかける。
――急展開だな。これでいいのか?
――裕二様のなさりたい様になさればよろしいかと。
――でも、何で俺、言葉わかるんだ? 初めて聞くと思うけど。
――おそらく数世代前の前世の記憶でしょう。裕二様の記憶にはこの世界とこの世界に来る方法がありましたから。以前はここに生まれた事があるのでしょう。
――なるほどな。でも、あるのでしょうって事は、はっきりとはわからないんだ。
――はい、断片的な記憶ですので。
と、話したところでグラスコード侯爵がやってきた。
「見事な虎だねえ。噛まないかい?」
「はい、触っても大丈夫ですよ」
「どれどれ。おお! 毛並みも素晴らしいね」
グラスコード侯爵は白虎を触って無邪気に喜んでいる。
「ああ、言い忘れたけどチェスカーバレン学院は全寮制なんだ」
グラスコード侯爵は滅多に家へは帰らない。侯爵でもあるし直接裕二の面倒は見れない。なので全寮制の学校の方が都合が良い部分もある。後は裕二がとんでもない魔法を、いや超能力やタルパを見せなければ問題ないだろう。
「一応個室だしあらゆる設備も整ってるからね。ユージは勉強するだけだ」
そう言ってグラスコード侯爵は立ち上がる。
「もう少し休んでいてくれ。僕はマレットと話がある」
◇
「ユージに関して細かい事はマレットに頼みたい。というかマレットにしか頼めないが」
「畏まりました旦那様。しかし奥様には――」
「いや、話すな。どこから漏れるかわからん。この三人以外誰にもだ。ユージはそれ程重要という事だ。そうなると君の気苦労も増えると思うが何とか頼む」
「畏まりました」
◇
休憩を終え馬車は再び走り出す。
「ユージ。これからメリトルという街に向かう。そこで君に必要な物を揃えよう。その服装は目立つしね。僕はその後別の仕事があるので一旦別れるけど、ユージにはマレットを付けるから、わからない事や困った事はマレットに聞いてくれ」
メリトルに到着するまでの間、色々と話しを聞く。
魔法には種類がいくつかあり、通常魔法。これは普通に魔法と呼ばれるオーソドックスなものだ。初歩的なものから難易度の高いものまで様々だ。
次に精霊魔法。精霊を呼び出して、その力を行使する魔法だ。全体的に難易度は高い。
そして召喚魔法。精霊を実体化させて呼び出す魔法だ。元々精霊魔法の範疇だが、それよりも高難易度な為、現在は分けて考えられている。
「他に闇魔法とか古代魔法とか色々あるけどね。そのへんは魔術師より魔法学者の領域だ。つまり一般的でなく、まだ良くわかってない分野という事さ。その中にユージの使う人工精霊もあるかもね」
次に貨幣価値。
小銅貨、半銅貨、銅貨、銀貨、金貨が一般に流通している。
銅貨一枚で安宿一泊。
小銅貨一枚で安い食材ひとつ。みたいな感じだ。
小銅貨十枚で半銅貨一枚。
半銅貨十枚で銅貨一枚。
銅貨十枚で銀貨一枚。
銀貨十枚で金貨一枚。
銅貨一枚を千円くらいと考えれば良いだろう。
そんな話しをしていると、やがて高い壁に囲まれた街が見えてきた。
「ユージ、あそこがメリトルだよ」
入り口には衛兵が数名、馬車の積み荷をチェックしている。ユージの乗る馬車はそことは違う入り口から入る。特にチェックもないようだ。領主の馬車だからだろう。
そのまま馬車は街中に入る。その途端、雑多な雰囲気と様々な匂いがしてくる。
石畳の道の脇にはレンガ、木造、石造建築の家が立ち並ぶ。アチコチに露店があり、一番多いのは食材と簡単な料理を出す店だ。他に服やアクセサリー、武具等の店があり、生きてる動物をそのまま売ってる店もあった。食べるのだろうか?
そこを通り過ぎると周りの雰囲気も変わり、露店が減り普通の店舗が増えてくる。
「まずはユージの物を買おう」
グラスコード侯爵に連れられ、その中でも高級そうな店に入る。そこでシャツやタキシード等、数着購入し、その場で普通のスラックスとシャツ、ベストに気替えさせられる。他の店で鞄やペン等も購入する。そして馬車に戻り買った物は鞄に詰める。
グラスコード侯爵はそれとは別に置かれた裕二の学生服が気になっているようだ。
「ユージ。その服は僕が預かろうか? 当分必要ないし、邪魔だろ」
グラスコード侯爵は裕二の学生服を調べたいのだろうか。マレットもいるのに侯爵自身が預かる必要性は皆無だ。
「大丈夫です」
裕二はそう言うと空間に学生服を押し込んだ。セバスチャンの異次元ポケットに入れたのだ。
「収納魔法も出来るのか!?」
「え、ええ。まあ」
「凄いな。さすがはユージだ。でもあまり人前でそれを見せないでくれよ」
「わかりました」
裕二の返事にグラスコード侯爵は満足そうな笑みを浮かべる。そして馬車はこれまた高そうな宿に到着した。たぶん銅貨一枚では泊まれないだろう。
「今日はここに泊まって、明日ユージはスペンドラという街に向かう。そこにチェスカーバレン学院があるから、試験と入学手続きを行う」
「試験?!」
「ああ、試験はクラス分けの為のものだから心配しなくていいよ。僕は行けないけど頑張ってくれ」
そして裕二はメリトルの高そうな宿に泊まり、翌日はグラスコード侯爵と別れ、スペンドラという街のチェスカーバレン学院に向かうのであった。




