75 初仕事
「さあユージ。行こうか」
裕二が冒険者登録をした翌日。いよいよ本格的に仕事を始める。ただ、最初にやるのは依頼ではなくギルド規定のモンスター討伐だ。裕二にはテリーからもらった金貨とメディッサバイパーを売った報酬があるので、今のところお金には困っていない。まずは金銭より慣れを優先した方が良いだろう。
ヘスの説明によるとパーリッドはドワーフのいたルビンの森西部、後はいくつかの小さな森に囲まれている。そこから街に近づくモンスターを討伐する必要がある。パーリッドの兵士がその任にあたっているが、間に合わない部分を冒険者ギルドが担っている。
「まあその辺は俺たち新人の仕事だな。そこでギルドから信用されると他の仕事もやりやすくなる」
「街の近辺を掃除って訳か」
「森の奥に強力なモンスターを発見したり弱いモンスターでも大きい群れがいた場合は依頼が入る。後は犯罪者やギャング、盗賊の捕獲とか対人戦もあるぞ」
「あーそっか。対人戦って事は……」
「ユージは殺人の経験はまだか」
「あ、ああ、まあね」
裕二に殺人の経験はない。だが、チェスカーバレンで殺意を持ってグロッグを攻撃した事はある。その気になればやれるとは思っているが、進んでやりたい事でもない。しかし、いつそうなるかわからないので、その心構えは必要だろう。
この世界は裕二の元いた日本とは違う。殺人に対する価値観も当然同じではないのだから。
「もし、そう言う状態になったら躊躇わずに殺せ。絶対に情けはかけるなよ。モンスターと同じだと思わないとこちらが殺られるからな」
「そうだな……わかった」
裕二とヘスはパーリッドを出て森を目指す。その森と平原の境界から森の浅い部分を重点的に歩き回り、モンスターがいたら対応する事になる。
街の近辺ではまだ兵士や他の冒険者も見かけるが、距離をおうごとにそれらの人影も減り、やがて誰もいなくなる。
「今日はあまりモンスターはいないな」
と、ヘスはそう言っているが、裕二の感知能力はそうなってはいない。
「この先。十分程歩くとワイルドウルフが四体いる」
裕二は剣でその方向を指し示す。ちなみに今裕二が装備しているのは『魔剣ヘイムダル』ではなく、スペンドラでゴンズに手入れしてもらった普通の剣だ。刃引きされた剣ばかり使っていたので、こちらを使うのは久しぶりになる。
「わかるのか?」
「まあな。やり方は教えん」
「わ、わかってるよ」
二人はその方向へ慎重に歩き出す。
「こっちが風上だからもう気づかれてるな。まあ奴らは好戦的だから向こうから来るだろ」
「慣れてるんだな……」
ぼそりとヘスが呟く。
「前から二体。左右に一体ずつ回った。前二体が先に来るが囮だから威嚇だけで良い。それは俺がやる。ヘスは左を頼む」
「良し! わかった」
ヘスは正面と左に集中する。すると裕二の言ったとおり正面の草むらがガサガサと動き出した。直後に二体のワイルドウルフが現れる。が、しかし――
「リトルソーン」
裕二の魔法で作られた地面のトゲをワイルドウルフが踏んだ。そして、その動きは一瞬止まる。
「ギャン!」
それと同時に裕二は右へ飛ぶ。そこにはもう一体のワイルドウルフが現れたのだが、ヘスがそれを横目で捉えた時にはワイルドウルフの背中には剣が突き刺さり、そこには既に裕二の姿がなかった。
「ヘス! 来てるぞ」
その声は正面から聞こえた。そして、ヘスが左に向く瞬間、チラリと正面に見えたのは倒れた二体のワイルドウルフと裕二の姿だった。
――マジかよ! どうやったらそうなる?
ほんの一瞬、裕二に気を取られたヘスだが、迫ってくる左のワイルドウルフが脳裏から消えた訳ではない。
「ギャン!」
ヘスもまた素早い動きでワイルドウルフを一撃で倒した。これだけではわからないが、チェスカーバレン学院で上位にいてもおかしくないと思わせる動きではある。
「けっこうやるんだな。俺から学ぶ必要があるのか?」
「いやいやいや、今のユージの動きおかしいだろ! どうなって……いや、聞かない約束だったな」
「動きに関しては身体強化のアレンジと森なら木を利用して鋭角的な動きも出来る。後は慣れだな」
「なるほど……その位置関係も先に考えてたのか」
戦闘は数秒で終わった。裕二にとっては相手がワイルドウルフなら普通の事だ。ヘスもその戦闘を見た限りでは苦戦する相手ではなさそうだ。だが、さすがにヘスでは数秒とはいかない。そこに自分との大きな差を感じている。
後はもう一〜二体モンスターを狩って終わりにしたい。あまり獲物が多すぎても運ぶのが大変だ。裕二ひとりなら異次元ポケットを使えるが、ヘスにはまだそれを知られたくない。それでも利便性を考えて話すべきか裕二は悩む。
だが、それと同時にもうひとつ気になっている事がある。先程から裕二達の進路の先にどんどん人が集まっているのだ。裕二は戦闘前からそれを感知能力で捉えていた。先にそちらを確認した方が良いかも知れない。
「ところでヘス。この先に人が四十人程集まってるけど、何かあるのか?」
「四十人? いや、その人数だとかなり大掛かりな討伐だな。そんな話しは聞いてないぞ」
「て事は……」
――アリー、チビドラ。
――見てくるー!
――ミャアアア!
◇
「いいか野郎ども! 先にヘスって奴を殺れ。そして、肝心のユージは高位魔術師だ。まずは魔術師全員で結界を張って魔法を防ぐ。その間に他の奴はユージを取り囲め。背後から剣で串刺しだ。いいな!」
裕二たちの進路、その森の開けた場所にガラの悪そうな連中が集まっている。そこで汚い長髪を振り乱しでかい声を張り上げ仲間に指示している大男。大剣を背負い体のアチコチに刺青を入れたその男がリーダーなのだろう。その中には昨日裕二を襲った。チンピラもいた。
森の中でこの人数に襲われたら普通は終わりだろう。助けも来ず誰の目にも晒されずひっそり死ぬ事になる。
――報復か。
――だねー。
――ミャアアア。
向こうがその気なら避けては通れないだろう。仮に逃げても時間を引き伸ばすだけだ。また襲ってくるに決まっている。
――四十人じゃ……人が死ぬかも知れないがやるしかないか。だけどヘスは……やっぱり危険か。
なるべくならヘスを巻き込みたくはない。ヘスの安全を考えるなら――
「ヘス。どうやら昨日のチンピラの報復らしい。危険だからヘスは帰るか?」
裕二はヘスを気遣ったのだが、ヘスの反応はそれに沿うものではなかった。その表情は強張り眉を釣り上げて口を開く。
「なっ! 帰る訳ないだろ。いくら何でも見くびりすぎだ。俺は自分でユージに同行すると決めたんだからな。危険だからといちいち帰ってたら何のために決意したのか意味がないだろ。ふざけるな!」
調子の良さそうな男。裕二から見てそんな印象だったヘスもこれには怒ったようだ。自分の決意を甘く見られているのだから当然とも言えよう。仮にもヘスは冒険者と言う危険な仕事をやっているのだから、こう言った場合もあり得ない訳ではない。裕二との同行うんぬんではなく冒険者として舐められている事になる。
裕二もその剣幕に少し驚いたが、ヘスのプライドを傷つけた事をすぐに理解した。そして自分がヘスを見くびっていた事にも気づいた。
おそらく裕二とヘスが戦ったら裕二の圧勝なのだろう。だからと言って見くびって良い訳ではない。彼の覚悟を馬鹿にして良い訳ではないのだ。
「そうだな……ごめん、悪かった。なら行くか」
裕二は困り顔で頭を掻きながらヘスにそう言った。ヘスも笑顔に戻り応えた。
「おう!」
だが、この短いやり取りが裕二のヘスに対する印象を大きく変えたのは間違いないだろう。
◇
「来やがったか」
チンピラを束ねている男がニヤリと笑う。その視線の先には裕二とヘスが普通に歩いてくるのが見える。そのまま十メートル程の距離まで近づくと二人は歩を止めた。
「てめえがユージか」
「そうだ」
「ふん、随分落ち着いているな。もしかしてこちらに気づいてて、それでも敢えて来たのか?」
「だったら何だ」
「いい根性だぜ。俺はオスロットの頭でオジーってもんだ」
「オスロット?」
「ユージ。アイツはパーリッドのギャング、オスロット。そのリーダー、オジーだ。かなりの猛者だと聞いている。気をつけろ」
ヘスがそう裕二に耳打ちする。
オスロットは犯罪者、元兵士、評判の悪い冒険者、チンピラ等で構成されたパーリッドのギャングだ。脅しや殺人を金で引き受ける事もあるが、その手口は今回の様に誰もいない森で行われるのでなかなか捕まる事は無い。
リーダーのオジーは元兵士だったが問題行動が多く不的確とされギャングのリーダーに成り下がった。そんなグループであってもリーダーなのだから、それなりの力はあるのだろう。
もちろん裕二にそこまでわかる訳ではないが、その風体からだいたいどんな人物か想像は出来る。
「なるほどね。で? 昨日の仕返しか。そこのチンピラが親分に泣きついたってワケだ」
裕二はそう言って後ろにいる昨日のチンピラを見やる。昨日の逃げ腰とは全く違い憎々しげにこちらを睨みつけていた。
全体の人数は最初に感知した時よりも減っているが、それは既に裕二達の周りを取り囲むように配置されているからだ。そして、オジーの背後には短杖を構えた魔術師が四人いる。彼らが結界を張るのだろう。アリーの報告通りだ。
「まあそう言う事だ。だが、慌てるなよ。許してやらねえ訳でもねえ」
「は?」
「お前メディッサバイパーの肝臓持ってるだろ。それを差し出せば命迄は取らねえよ」
――メディッサバイパーの肝臓……何でコイツらが。
「そんな物もらってどうする」
「おめえには関係ねえ。出すのか出さねえのかどっちだ。やっても構わねえが、この人数じゃお前に勝ち目はねえしその隣の奴も死ぬぞ。どうする」
もちろん裕二は肝臓を差し出すつもりはない。信用の欠片もないこの男が肝臓を差し出して約束を守るとも思えない。だが、何故メディッサバイパーの肝臓をこの男、オジーが欲しがっているのかわからない。それについて一瞬裕二は考えるが、今の状況でそれを知るのは無理だろう。
「一応聞いとくが、お前ら死ぬ覚悟があってこんな事やってるんだろうな。人数が多いから手加減は出来ないぞ。死にたくない奴はさっさと逃げろ」
それを聞いたオジーはさっき迄のニヤけた表情をサッと変え裕二を睨みつける。
「そうか、じゃあ死ね」




