65 国境
現在、チェスカーバレン学院で裕二の正体を知っている者は、リシュテインとエリネア。そしてテリーだけだ。
そして、グラスコード家の三人はあれ以来学院には来ていない。その理由も色々噂はされたが、結局のところ、グラスコード家の財政面の悪化が主な要因とされ伝わる事になった。
事件に関わった他の者達は普段通りに生活をしている。それは裕二に被害を与えたコリー・スパネラも同様だ。出来るだけ学院は平静を装わなければならず、厳しい箝口令が敷かれている。
「そんな! ではユージは戻らないのですか?」
テリーから裕二が戻らない事を聞き驚くエリネア。
まず、裕二には謝罪をしなければならないと考えていたが、当分その機会はなさそうだ。
テリーはそのまま話しを続ける。
「そうは言っていない。いずれ戻るさ。ペルメニアには石碑があるからな。ユージはエリネアにミーを頼みたいと言ってたぞ」
「わかりました。ミーの為にひと部屋用意しましょう。ですが……そうなった以上、私も更に力をつけなくてはなりません。今のままでは私はユージの隣に立つ資格はない」
「まあ、そうだな。そうなりたいなら、少なくとも本気の俺に一撃くらいはいれられないと話しにならん」
真顔でそう言うテリー。
以前のエリネアならきつい言葉で反論していたかも知れない。だが、今は武闘大会でその実力を見せつけられ、裕二の事を最初から知り、王から強大な力を持つと言われたテリオス・ジェントラーに、そんな子供じみた真似など何の意味もないと、エリネアは理解している。
エリネアが今すべき事はそんな下らない事ではない。
「ご協力……いただけますか……テリオス・ジェントラー」
◇
「叔父上! どうなっているのです。何故ユージは戻らない」
「そ、そう焦るなバイツ。話せない事が多くてな」
リシュテインとの話し合いの為に学院を訪れていたヘルツ・ハリスター。
ユージが行方不明だと知り、現場にいたバイツにも話しを聞きに来たのだが、逆に質問攻めにあっていた。
「叔父上。私は見ました。ユージを我が主と言った老紳士、そして鎧の男と白い虎。叔父上はあれが何か知っているのではないですか? 胸騒ぎがしてなりません。何か大変な事が起きているのではないかと」
「うぐ、バイツは勘が鋭いからなあ……だけど簡単には教えられないよ。知りたければまず、ハリスターに籍を移す必要があるね」
「望むところ! エストローグもその程度は先刻承知」
バイツとヘルツがそんな話しをしているのと同じ頃、校庭の片隅で話しをするバチルとドルビー。
不可解な点が多い今回の問題について話し合っていた。
「グロッグとシェリルってのは処分されたのは間違いないんだろ? 何でユージまでいなくなるんだ?」
「知らんのニャ。だけどこれから大変な事になるニャ」
「な、何でだ?」
「ユージがいないとバターソテーを作る奴がいないのニャ」
◇
リシュテイン・チェスカーバレン学院長も今回の件について、学院長としての一定の責任があり、処分、と言うかある程度の責任は取らされるだろう。
しかし、今はそれを出来ない状況である為、表向きは普段と変わらない。
事件の詳しい内容は、他の者に教える事も出来ない為、ある程度の事を知るリシュテインは、責任より先に今後の対策を考え、情報を漏れないようにしなければならない立場だ。
「テリオスはまだ魔人は動かないと言っとるが……確定を阻止してくる可能性は高いじゃろ。保護するのは危険と言う理屈はわかるが……」
そして、数日間授業を欠席していたリサ。事件については何も知らなかったが、突然訪れたテリーにその詳しい内容を知らされた。
「そんな……ユージがいないなんて」
「ユージはいずれ戻る。その前に君はやる事がある」
「私が?」
「君のお祖父さんが何故、君だけにその召喚魔法を教えたのか。それを知る必要がね」
「お祖父さん……」
◇
そして、裕二はテリーと別れた後、セバスチャンの書いた地図を見ながらペルメニア国境を越え、アンドラークへ渡ろうとしていた。
「何であんなに衛兵がいるんだよ」
普段はおそらく、のどかな佇まいであろう関所には、これからモンスター討伐でも行われるような雰囲気を醸し出している。その雰囲気を作っているのは、そこに配置された多くの兵士だ。
「私が様子を見て参りましょう」
「頼む、セバスチャン」
テリーの助言があったにも関わらずこういう事になっているのは、諜報団もまだ、ハッキリと方針が決まっていない為、当初の方針がそのまま実行されている状態である為だろう。
裕二はまさかそれが、自分を捕まえる為のものとは思っていないが、警備兵を倒している以上、ここで捕まる訳にもいかない。
「しかしよお。貴族のお坊ちゃんの家出くらいで大袈裟じゃねーか?」
ひとりの兵士が仲間にそう話しかける。
「余程の身分だろうな。絶対傷をつけるなって命令だ。使徒の家系じゃねーか?」
「ああ、なるほど」
「モンスター相手より楽な仕事だぜ。見つけたら報奨金もあるしな。いなけりゃいないで適当にブラブラしてりゃ良いだけだろ。ここに来るとは限らないって話しだからな」
「そう考えると良い仕事だな」
そんな話しをしながら適当に手を抜く兵士。だが、そこに鋭い表情でつかつかと歩み寄る者がいる。
「お前ら! 遊びじゃないんだぞ。森の中も探してこい!」
「げっ、ヤベー。騎士団様の登場かよ」
「聞こえてるぞ!」
「も、申し訳ありません。シュリコック隊長」
「さっさと行け!」
――裕二様が対象の可能性は高そうですね。
その光景を見ていたセバスチャン。テリーから話しを聞いていたので、予め国境には警戒をしていた。アリーとチビドラに任せず、自分で様子を見に行ったのはその為だ。
国境沿いにはかなり多くの兵士が配置されており、騎兵がそこら中を走り回っているので、普通に行けば捕まるだろう。
「となっておりました。東に行けば国境と川が交わるので、そちらから行った方が警備は手薄かも知れません」
「うーん、そっちから行くか。面倒は避けたいからな」
裕二は暗くなってから移動し、セバスチャンの言う川を目指した。
そこに到着すると、セバスチャンの言った通り兵士はほとんどいない。だが、川幅も五十メートルはあり、近くに橋もない。貴族のお坊ちゃんがそれを渡るとは思っていないだろうから、渡る手段さえあれば、絶好のポイントとなる。
「どうやって渡るか」
裕二は白虎の背に跨りながらそれを考える。だがその時、珍しく白虎が裕二に何かを訴えかけるように唸った。
「グルルル……」
「何だ白虎? 何かいるのか」
「僕に任せろってー!」
「ミャアアア!」
「白虎に?」
そして白虎は裕二を乗せたまま川に近づき、前足を水の上に乗せた。そこには小さな波紋が作られる。
「何やってんだ?」
と言う裕二を無視して白虎は、もう片方の前足を水の上に乗せた。
「あ、あれ? 沈まない……」
白虎は少しだけ確かめるような仕草をしてから一気に走り出す。
「ぬおおおおぉぉ……走れるのか?!」
水上に小さな波紋を作りながら走り、白虎は沈むことなく対岸へ辿り着いてしまった。
「おお! 凄いぞ白虎。いつの間にそんな事できるようになった」
「グルルル……」
「白虎も私達も、裕二様に合わせて成長しているのかも知れませんね」
セバスチャンが裕二にそう言う。考えてみれば、チビドラも武闘大会ではかなり成長していたように思えるし、セバスチャンやアリーも簡単な魔法なら使える様になっている。
白虎がそうなっていても不思議な事ではないのかも知れない。
「裕二様。国境を越えました。これでペルメニアを脱出です」
「そうだな……アンドラークか。セバスチャン、近くに街や村は――」
「ありません」
「なに! そしたら今日の寝床どうすんだ」
「野宿だー!」
「ミャアアア!」
裕二はこの瞬間からペルメニアを離れ、新たな冒険を始める事になった。
そして、チェスカーバレンに残された者達も、新たな段階へ足を踏み込む事になる。
それは来たるべき日へと続いて行くのだろう。それを意識し始めた者もいるが、裕二はまだそれを、そして自分が何者なのかを知らない。
学院編はこれで終了です。最初に考えていた部分は何とか書き上げる事が出来たと思います。ですが、この後の展開は大雑把にしか考えていないので、次回更新には時間がかかると思います。予めご了承下さい。
一応、次回からは冒険者編になるとは思いますが、今のところ駒はあるけど作戦がない感じです。とりあえず最初のうちは、伏線をばら撒きながらノンビリ展開かと思います。
引き続きよろしくお願いします。




