62 別れ
ヴェルコート・ジェントラー。
テリオス・ジェントラーの養父であり、ジェントラー家の当主。彼の住む邸宅には、いくつもの居館と大小様々な塔が複合的に建設された城と言うべきもの。
そこでは、魔法、魔人、歴史、そしてクリシュナードの研究、騎士、魔術師、の訓練。有事にとるべき計画。あらゆる事が日々行われている。
そして、使徒の家系の一角として国内有数の力を持つ。
そんなジェントラー家の一室に、黒いローブを纏った二人の諜報員と、何やら深刻な話しをするジェントラー侯爵の姿があった。
「知っている事は話していただきたい」
諜報員のひとりが、そうジェントラー侯爵に告げる。彼はそれに対し静かに口を開く。
「私共が最重視しているのは、ユージ・グラスコードの安全。あなた方にはグロッグ・グラスコードのような小物をお任せします」
「どう言う意味でしょう」
「自分達の無能さに気づかない時点で、あなた方に情報を与えるのは危険だと言う事です」
「仰る意味がわかりませんが」
諜報員は苛立ってはいるが、それを表には出さない。目の前の男は諜報員と言えども、そう簡単にどうにか出来る存在ではない。
「あなた方が調べるべきはここではなく教会。何故魔人が偽クリシュナードの情報を得たのか」
「まさかシェルブリット! そう仰るのですか!」
「それさえ知らないあなた方が情報を得るのは危険だと思いませんか?」
「そ、それは……」
「あなた方では守れませんよ。テリオス・ジェントラーだから出来るのです」
ずっしりと重みのあるジェントラー侯爵の言葉が、諜報員にのしかかる。そして、じんわりと濡れた額を拭うのも忘れ、再び問う。
「テリオス・ジェントラーとはいったい何者なのです」
「我が息子ですが? まあ……もうひとつだけ教えましょう。ユージ・グラスコードを本当に守る気があるなら、確定はまだしてはなりません。ヒントはそれだけですね。お引取り下さい」
◇
「裕二様がクリシュナードですか」
「ああ……驚かないんだな」
「裕二様が何者であろうと、私共の忠誠が揺らぐ事は微塵もありませんので」
「ふ、大したものだ」
裕二とテリーが白虎に乗って逃亡した後。テリーは裕二が起きる前にセバスチャンと話したい事があると言う。
そこで明かされたのは、裕二がクリシュナードである事。それをセバスチャンだけにテリーは教える。それは何らかの意図があっての事なのか。
「ハリスター家がそれを嗅ぎつけて宮廷諜報団が動き出した。彼らはユージを保護しクリシュナードとして確定する事を急ぐだろう」
「でしょうね。何か問題があるのですか?」
「ああ、その確定には王宮の奥深くにある石碑を使う。それを割る事でユージにクリシュナードとしての力の一部が戻る。本物のクリシュナードだけがそれを出来る」
「なるほど。ではあの時の石碑にはそう言う意味があったのですか」
「ユージがグラスコードに会う前のものだな。おそらくそれは顕現時に必要な力と知識だけだと思う」
「思い当たりますね。言葉や文字もそれに含まれていた」
裕二がこの世界に来て、グラスコード侯爵と会った時、何故かこの世界の言葉を話す事が出来た。それは石碑から情報を得ていた事になる。セバスチャン自身も、いつからそれを知っていたのか定かではなかったが、テリーの言葉で納得する事が出来た。
「だが、本来クリシュナードの力はこんなものではない」
「と、言いますと?」
「今のユージを見てくれ」
少し離れた場所で白虎を枕に横たわる裕二。それは力の暴走とテリーの攻撃によって消耗した結果だろう。しばらくは起きそうにない。
「あの程度では、石碑の封印に耐えられない可能性がある。おそらく最初の物とは違い、本格的に力を開花させるからな」
「なるほど……テリー様は今まで裕二様を鍛える方向に誘導していた。それは石碑の封印に耐える力をつける為」
「そう言う事だ。今の状態でユージがクリシュナードと確定するのは危険なんだ。たとえ石碑の封印に耐えても、その事が世間に広まれば……」
「魔人……」
今の裕二で、どの程度魔人と戦えるのか。それについては全くわからない。以前に見た魔人はテリーなら倒せるとの事だが、それ以上の魔人が群れで襲って来たらどうなるのか。裕二がクリシュナードと確定し、それが世間に広まると、そう言う危険を背負い込む事にもなる。
「そうだ。出来ればユージはそれを知らない方がいい」
「何故です?」
「偽クリシュナードは殺された。それはクリシュナードと名乗ったからだ。本人がそれを知らなければ名乗りようがない。だが、ユージがそれを知っていた場合。もちろん黙ってるだろうが、相手は魔人だ。知識を引き出すような精神魔法を使われると……」
「なるほど。理解しました。私が知っていて裕二様が知らないのは些か心苦しいですが、それがベストですね」
セバスチャンとしては、とりあえずテリーの言う事に承諾した。だが、それはあくまでも裕二の安全を最優先する為の手段だ。必要であればセバスチャンは話すだろう。
「アンタがそれを判断してくれるなら、それでいい」
「ですが、そうなると学院には戻りにくくなりますね」
学院に裕二が戻れば、宮廷諜報団が待っている。そのまま行けばクリシュナードと確定されてしまう。諜報団にそれが危険だと理解させるのは容易な事ではない。彼らは石碑についての理解が足りてないのだ。
それより、出来るだけ秘密を拡大させない方が安全だ。秘密拡大の過程には、何が潜んでいるのかわからないのだから。
「ああ、だからユージをペルメニアから出したい」
「国外へと言う事ですか……しかしどうやってそれを」
「ユージはグロッグとやりあった時、警備兵を吹き飛ばしている。戻ればそれに捕まる。なので、ほとぼりが覚めるまで国外へ行く。その間にジェントラー家が処理しておく。と言う事にしたい」
「私は裕二様に、知っている事を聞かれるまで話さない。それは出来ます。しかし、嘘はつけません」
「わかってる。だから、それは俺がやる。セバスチャンはそこに関わらないでくれ」
◇
「戻ったー!」
「ミャアアア!」
テリーとセバスチャンの話し合いが終わってしばらくしてから、学院の偵察に行っていたアリーとチビドラが戻ってきた。
「裕二まだ寝てるの?」
「ミャアアア?」
アリーとチビドラが帰って、いきなり場が賑やかになる。それに裕二が反応した。
「う、うう」
「起きたー!」
「ミャアアア!」
裕二は片手で頭を押さえながら何とか起き上がった。あまり調子良さそうとは言えない。
「やっと起きたかユージ」
「うう、テリー……何だここ?」
しばらくボーっとしていた裕二だが、突然我に返ったのか、このおかしな状況に疑問を持ったようだ。
「あ、あれ? セバスチャン……とテリー!」
「申し訳ありません裕二様。緊急時でしたのでテリー様に色々お手伝いいただく為やむなく……」
「ああ、そっか。まあいいや。テリー、リアンは見たのか?」
「見たぞ。あれを武闘大会で使ってくれなかった事には感謝しとく」
そんな冗談から、徐々に何が起きたのか。それを、裕二に伝える。
テリーが暴走時の事を話し、アリーがエリネアから聞いてきた内容を話す。
「そうなのか?! ミーが生きてる……」
「ミーと遊んだよ」
「ミャアアア!」
「良かったですね、裕二様」
「そうか……なら良かった」
何故そうなったのかをアリーが話す。
バチルの結界でミーは救われたが、エリネアはそれを勘違いして裕二を責めた。その事についてエリネアは裕二に謝りたいと言っていた。そして、そこにはグロッグの用意周到な計画があった。
「エリネア謝りたいってー」
「エリネアは良いけど、あの野朗! わざわざ俺の剣まで使いやがって!」
「おいおい興奮するなよ。また暴走されたらかなわん」
テリーは笑いながらそう言った。
その後、グロッグについて詳しく聞くが、やはりそれを聞く裕二の顔は険しい。だが、色々考えているのか、黙り込んでしまった。
「ユージ。グロッグはまず間違いなく処分される。エリネア達が騙されて怒ってるみたいだしな。もはやグロッグの敵はユージだけじゃなくなった。お前の手紙あったろ、あれを寄越せ」
ユージはセバスチャンの内ポケットから、グラスコード侯爵に届けようとした手紙を出す。
「これか?」
「そうだ。それは俺が渡しといてやる。それが学院に知れたら、今回の事も合わせ、奴はもう学院にはいられない。もしそうならなかったら、俺が全力で奴を叩き潰す。シェリルも合わせてだ」
「ああ、でも……」
「お前はダメだぞ。突発的に殺すなと俺がせっかく忠告したのに。もし、グロッグと会って自制出来るのか?」
「……無理……かな」
「だろ。だから俺に任せろ」
「そうだな……頼む、テリー」
だが、裕二としては複雑な気持ちだ。
おそらくグロッグと会ったら、また怒り狂う可能性が自分で否定できない。しかし、グラスコード侯爵には申し訳ないと言う気持ちも持っていた。テリーによると、グロッグの手足は全ておかしな方向に曲がっていたと言う。それについて後悔はなくとも、グラスコード侯爵には申し訳なく思う。
「なら、それも手紙に書いておけ。今回の件もな」
「ああ……グラスコードにはもういられないな」
今後どうするか。裕二はそれを考えはじめた。グラスコード侯爵家から出る、と言う事は学院にもいられない事になる。そこから学費が出ているので、当然それを考える。しかし、裕二はいつでもジェントラー家の養子になる事が可能だ。だが――
「テリー。俺はペルメニアから出ようと思う」
「な! 何でだ」
テリーはそれを裕二に話そうと思って、嘘の内容を伝えようとしていた。しかし、いきなり裕二がそんな事を言い出すのでテリーは驚いたのだ。
「グロッグをそこまで傷めつけて、グラスコード家にはもういられないだろ? だからと言ってやっぱりジェントラー家にも行けない。グラスコード侯爵には世話になった。グロッグをぶちのめした事に後悔はないけど、それをやっといて自分はジェントラー家に移って今まで通りってのは……」
「いいのか、それで」
「わからん。でもグロッグはテリーが何とかするし、学院に未練がない事はないけど……まあ、良い悪いじゃなく、頭を冷やしたいって事になるのかなあ。それに、どうせいつかはそうするつもりだったし……」
裕二は考えるように下を向き、そう言った。テリーとしてはそうして欲しかったはずなのだが、その判断に同意と言うより、少し残念そうでもある。だが、その態度もすぐに打ち消す。
「そうか……」
「冒険者でもやるか」
「まあ、悪くないな」
二人は再び微かに笑いあった。
そして、裕二はこれからの細かい事を考える。その前に気になるのは、リサ、そしてミーの事だ。
「リサはまだどう言う形かわからないが、ジェントラー家が全面的にバックアップする事になっている。だからグロッグみたいのがちょっかい出す事は不可能になるな」
「そうなのか?」
「ああ、あの召喚魔法は貴重だからな。親父が気に入ってるんだ。養女になる可能性もあるから。お前、婿に来るだろ?」
「は、はあ?! なななな何を、むむむ婿って」
「ジョークだよ。動揺しすぎだ。ミーはエリネアに頼むか。アイツなら庭のひとつやふたつは用意出来るだろ。可愛がってるらしいから、衛兵くらい付けるかもな」
「エリネアか……なら安心だ」
そして、いつペルメニアから出るか。テリーとしては、今すぐ出したいと思っているので、ここで先程の話しを出した。
「なにいいい! 俺が警備兵を?」
「覚えてないのか?」
「それ、ヤバくないか」
「まあな。それはジェントラー家が何とかする。会いたい人もいるだろうが、お前はほとぼりが覚めるまで学院には戻るなよ」
「う、それは……わかった。じゃあ今すぐ出る必要があるのか……」
テリーは自分のポケットをいくつかまさぐり、そこから数枚の金貨を裕二に差し出した。
「金がいるだろ。持ってけ」
「いや、しかし――」
「うるさい、今回は俺の言う事を聞け」
「あ、ありがとう、テリー」
そう言って裕二はテリーから金貨を受け取る。そこで裕二はある事を思い出す。
「そうだ。セバスチャン。グラスコード侯爵からもらった金貨あったろ。あれは返そう。テリーに頼んでいいか?」
「わかった。手紙のついでに渡してやる」
裕二は立ち上がり、白虎を呼び寄せる。テリーも立ち上がりその光景を見ていた。
「どこに行くつもりだ」
「アンドラークかな。中級冒険者が集まるって話しだから、俺に丁度良いだろ」
「そうだな……」
テリーはほんの少し、いつもと表情が違う。裕二もそれに気づいているが、何も言わない。その時、テリーが少し躊躇しながら口を開く。
「ユージ……俺も行こうか?」
テリーの言葉に裕二は少しの間を置き、静かに口を開いた。
「……テリーと一緒なら楽しいかもな」
「なら――」
「でもダメだな」
「何でだ」
「ジェントラー侯爵にも随分世話になった。それなのに俺の都合でテリーを連れては行けない」
「……そうだな」
ここに到着した頃は日が暮れかけていたが、いつの間にか、夜は終わりを告げ、辺りは明るくなり始めている。
裕二は白虎の背に乗り、テリーに手を差し出す。二人は固い握手を交わした。
「テリーには助けられっぱなしだったな」
裕二は笑顔でそう言った。しかし、テリーの反応は意外なものだった。
「いや、お前が覚えてないだけで、俺は何度もお前に助けられてる」
「そんな事したか?」
「だから、覚えてないって言ったろ」
――俺は何度もお前に命を救われた。五百年前に……だから今度は俺が……
「うーん、そんな記憶全くないが……」
「まあ、それはそのうち教えてやるよ」
朝日が白虎の背に乗る裕二を明るく照らす。テリーとはここで一旦、別れる事になる。
「じゃあ行く。みんなによろしく伝えてくれ」
「ああ」
言葉少なに挨拶を交わすと、裕二は白虎の手綱を持つ。そして、助走から一気に速度を上げて走り出す。裕二は森の木々の間を通り抜け、すぐに見えなくなった。
テリーはそれが見えなくなっても、しばらくの間そこにいて、裕二のいなくなった先を見ていた。
「行ったか……」
テリーは振り返りスペンドラに向かう為、歩き出す。まだテリーにはやる事がある。裕二を安心させる為に、叩き潰さなければならない奴がいる。そして、裕二のこの手紙が奴らを打ち砕く事になる。
「ん、何してる? お前も行くに決まってるだろ! 元の主を守ってこい!」
こうして、裕二はペルメニアからアンドラークへ向かう事になった。




