61 王宮への帰還
グラスコード侯爵が学院に呼び出されている頃。バイツ・エストローグ、バチル・マクトレイヤ、ドルビー・コールゲンの三人が校庭の隅で世間話しをしている。
世間話とは言っても内容は先日のグロッグの件だ。あれが今後どうなるのか、気になるのも当然だろう。
「どういう事ニャ! ふざけるニャ!」
「俺も納得いかねえな、バイツ。どう考えてもそのグロッグって奴が悪いだろ。俺もユージを助ける方にまわるぜ」
バチルはバイツの足をガンガン蹴りながら、ドルビーは顔をしかめながら、バイツに文句を垂れる。
「まあ待て。気持ちはわかる。しかし、ハリスターからの命令だ。この件が広まるのは不味いそうだ。俺も納得はいかない。だが、一言だけ引き出してきた」
「なんニャ?」
「何だ?」
「グロッグ、いや、グラスコード家はただでは済まないと。それが本当なら俺たちの出る幕はない。だが、あの口ぶりからだと、俺たちの想像を超える事態なのかもしれん」
◇
そして同じ頃。エリネアは王宮に呼び戻されていた。
「ただいま戻りました。トラヴィス国王殿下」
謁見の間に跪くエリネア。その前にはペルメニア国王、ダムロード・トラヴィス国王が鎮座している。
「良く戻ったエリネアよ。元気そうで何より」
自身も魔術師であり、きらびやかな衣装に隠されてはいるが、がっしりと鍛え抜かれた肉体を持つトラヴィス国王。その声も低くはあるが、明瞭且つ威厳に満ちたものだ。その鋭い眼光をエリネアに向けている。
ちなみに、ペルメニアでは王でもその敬称は殿下となる。決して陛下と呼んではならない。陛下と呼んでよいのは現在、クリシュナードただひとりだけだ。
「今回、お前がグラスコードの件に関わっていると聞いている」
「仰る通りです。グロッグ・グラスコードは卑劣な輩。私はそれを糾弾する所存にてございます」
「うむ、気持ちはわかるのだが……細かい話しは後でしよう。一旦下がりなさい」
「仰せのままに」
親子の久々の対面。だが、そのやり取りは結構面倒だ。多くの臣下が見ているので仕方ないのだが、普通の親子と同じようには行かない。
エリネアはそれに、さして不満がある訳でもないが、王がグラスコードの件を口にしたのは意外だったし気にもなる。
仮にエリネアが王族の権威を振りかざしても、王自身が学院の問題に口を挟むとは考えにくい。
「お父様、いったい何なのかしら?」
用意された控え室でエリネアはアレコレ考える。もしかしてグラスコードが何か手を打ったのではないかとも考えたりした。そうなったとしても、エリネアは徹底抗戦する考えだ。絶対にグロッグを許すつもりはない。
◇
「失礼致します」
そう言ってエリネアはトラヴィス国王、個人の部屋へ足を運んだ。
そこは、プライベートな部屋と言うより小さな書庫といった雰囲気だ。様々な書物が並べられた本棚がいくつかあり、そこには歴史的な価値の高い資料も多く存在し、王自身がそう言った知識を豊富に蓄えている。他の使徒の家系に遅れを取るようでは、クリシュナード顕現時にトラヴィスの名は地に落ちてしまう。トラヴィス家は代々そのように教えられて育つのだ。
「そこへ座りなさい」
そのような資料が多少ではあるが、雑然と置かれた低いテーブル。その前にある長椅子にエリネアは腰掛けた。
「お父様。私は引く気はありませんが」
いきなり先制するエリネア。グロッグと戦う気満々だ。それに対しトラヴィス国王は苦笑いをする。
「そう言う事ではない。まあ、話しを聞きなさい」
とは言え、どこから話した方が良いのか。トラヴィス王は悩む。
「まずはユージ・グラスコード。彼について話す」
「ユージ? それはいったい……」
エリネアは王から直接、裕二の話しを聞いた。それは石碑の破片に始まり、名前、七体の精霊、そのひとつひとつが勘違いで起きる様な事ではないと言う事。現在、裕二がほぼクリシュナードだと確定している事を伝える。
「ま、まさか。ユージが……」
「お前はユージの身近にいたのであろう? それらしいものを見た事はないのか」
「それらしい……はっ! では昨晩の女の子は……七体の精霊の内の一体」
「女の子……リシュテインの資料によると、アリーと言う精霊になるな」
「はい、確かにアリーと名乗ってました! 他にセバスチャン、リアン、ムサシ、と言う仲間がいると……白い虎も目撃しましたし、セバスチャンと言う者はユージを我が主と……」
「むう、やはり間違いないな」
「そんな……では私は皇王陛下にあらぬ誤解を……」
エリネアは自分の行いを後悔する。裕二を誤解したのは完全に自分のミス。裕二に一切の責任はない。それについてエリネアは裕二に謝罪したいと思っているが、相手がクリシュナードと言う事なら、例え王女でも単なる謝罪では済まなくなる。クラスメイトに謝るのとは訳が違う。
裕二がいなくなった一要因ではあるが、エリネアにもその責任はないとは言えない。あの時、エリネアが冷静になり、事態を正確に把握すれば、裕二を責める事はなかった。すぐに裕二を止めれば、ああはならなかったはず。その後すぐ、バチルが来たのだから真相もわかったはずなのだ。ミーが死んでないとわかれば、裕二の暴走もなかったと言える。
だが、トラヴィス国王はその点については心配ないと話す。
「それについては、先程ヴェルが来てな。エリネアを処分する事はユージ・グラスコードが許さないだろうと言っておった。お前も含めたユージの友人に対しての調査はしても、勝手な処分は絶対するなと言われた」
「ヴェル……ヴェルコート・ジェントラー! ユージに会ったのですか?」
「そうではないらしい。テリオス・ジェントラーからの伝言と言われた。色々知っているようだが、居場所は本当にわからないそうだ。ユージの安全が最優先と言われて、余り詳しく教えてはくれなかった。まあ、今は情報が複雑でその辺は詳しく教えられん」
「テリオスが……では彼は最初から知っていたのですか?」
「おそらく。だが、情報漏洩を防ぐには、それを知る人物は最小限にしないとならん。ユージさえ、それを知らんらしい。それを盾にされるとコチラも何も言えん。王家も色々隠してるだろうと言われてな」
エリネアは愕然とした。今までクラスメイトだと思っていた人物が、まさかクリシュナードだったとは思いもよらない。
そしてテリオス・ジェントラー。彼は最初から何もかも知っていた可能性がある。
エリネアを処分しないよう伝言したテリー。それは、黙っていたら、そうなる可能性がある事を知っていた事になる。それを知っているのは裕二の立場を知っているからだ。クリシュナードだからこそ、エリネアでさえ処分の可能性がある。裕二が単なるクラスメイトなら、エリネアが多少悪くても処分などあり得ない。そうなるとテリーはそんな伝言の必要がなくなる。
しかし、こうなるとグロッグの処分どころではない。それは然るべき機関が判断し対応する事になるだろう。エリネアがグロッグを糾弾するのも取りやめるしかない。その問題を広げるのが如何に危険な事か、エリネアは理解した。
「グラスコード家は頭の痛い事に今回の件だけではないらしい。諜報団幹部の中にはグラスコードは根絶やしにすべき、あれでは魔人より悪い、と言う者までいる。お前の手には余る」
「そこまでひどいのですか?」
「まだ詳しくはわからないが、お前はもう関わるな。それよりテリオス・ジェントラーだ。彼とは絶対に敵対するな」
「は、はい。そんなつもりは全くありませんが」
「詳しく言えんが、ジェントラー家は彼の傀儡の可能性がある」
「傀儡……」
「おそらく敵ではない。だが、テリオス・ジェントラーは只者ではない。ペルメニアとは違う立場で動いている。私の勘が正しければ、彼は強大な力を持つはず」
「な、何者なのですか。テリオスは」
「おそらく彼は第八の……いや、やめておこう。これは私の勘でしかないのだ。とにかく、テリオス・ジェントラーとは敵対するな」
◇
エリネアはトラヴィス国王との話しを終え、学院に戻る為、馬車に乗り込む。そこで考えるのは、自分はこれからどうすれば良いのか、と言う事だ。
エリネアは今まで、クリシュナードが顕現した時、そのそばに仕える事を目標にしてきた。クリシュナードの最側近。それがトラヴィス家の責務であり、王位を継ぐより重要な事になるのだ。
エリネアがある程度の歳までにクリシュナードが顕現しなければ、エリネアは女王になっていたかも知れないが、もうその可能性はほとんどない。
クリシュナードが顕現しているとわかった以上、自分のする事はひとつだけだ。
「私、クリシュナード様に仕える為にクリシュナード様を追い越そうとしてたのね」
エリネアはグロッグの前で暴走していた裕二を思い出す。全く何も出来ずに、裕二に近づく事さえ困難だった。今思えば、当たり前の話しだ。
「ユージは凄い早さで力をつけていた。あれより凄い力をつけてもおかしくはない。なら、私は……せめてユージの盾になれる程度にはならないと。でもそんなの簡単には……はっ! テリオス。彼なら……」




