60 絶望の事実
「はあ、とんでもない事になったのう……」
グロッグの件があった日の深夜。学院ではリシュテインと二人の諜報員が会議をしていた。
まず、裕二とテリーの行方がわからない。この点についてリシュテインは裕二逃走時にセバスチャン、ムサシ、白虎を確認しており、それが裕二のタルパだと諜報員に伝えてある。一番の友人であるテリオス・ジェントラーもいるので危険な事はないだろうと判断はしているが、早急に見つけ出したいと思っている。
そして、グロッグについては現在治療中ではあるが、明日には何とか動けると言う判断で、後程詳しい話しを聞く予定だ。
「リシュテイン殿の話しによれば、グロッグ・グラスコードの妹、シェリル・グラスコードも以前ユージ・グラスコードとトラブルを起こしているとの事。話しを聞く必要がありそうです」
「そうじゃな……」
「それまで彼らは見張りをつけ、監視する事になります」
だが、その前にするのは、シャストニア・グラスコード侯爵から話しを聞く事だ。グロッグの父親であり、裕二の養父で後見人でもある関わりの深い人物。今回の件の責任も当然ある。相手が相手なので知らなかったでは済まされない。
「グラスコード侯爵は明日の朝一番に強制召喚されるよう手配してあります」
「うむ、仕方あるまい」
◇
翌日、何が起きたのか全くわからないグラスコード侯爵。泊まっていた宿に突然、役人が兵士を伴いやって来て、強制召喚令状を突きつけてきた。その行く先はチェスカーバレン学院。
到着するまで何も知らされないグラスコード侯爵は、あらゆる可能性を頭に描くが、その答えに辿り着かぬまま、学院の門をくぐる事となる。
だが、グラスコード侯爵の到着する少し前。今回の事態に変化が起こる。それは僅かな謎と多大な衝撃を伴い、リシュテインと諜報員の元にやってくる。それを運んできたのはファニエ・チェスカーバレン。それは不可解な手紙という形でやってきた。
扉から半身を出して対応するリシュテイン。ファニエは顔をしかめて用件を伝える。
「学院長。変なお手紙が……」
「今は忙しいのじゃ! 後にせい」
「良いんですか? 宛先が何故かグラスコード侯爵なのですが……」
「な、なに! 誰からじゃ」
「ユージ・グラスコード様です」
「よ、寄こさんか!」
ひったくるように手紙を奪い、すぐさま扉を閉めるリシュテイン。ファニエは更に顔をしかめながら帰って行く。
そして、リシュテインはこれを諜報員に報告。この手紙の宛先はグラスコード侯爵。何故学院にこんな手紙が届いたのかわからないが、この後学院を訪れるグラスコード侯爵へ宛てた手紙、と言う事になるのだろう。
リシュテインにそれを開ける権利はないが、諜報員にはそれを調べる義務と権利がある。その手紙の封はすぐに破られた。
そこには三種類の手紙があり、ひとつはテリオス・ジェントラー及びジェントラー家がこの手紙の内容について、嘘偽りのない事を完全に保証するというテリーのサイン。
そして、この手紙はテリーが裕二の代理として、精霊郵便局で速達にて届けた、と書かれている。
もう一つはユージからグラスコード侯爵への手紙。
最後にテリオス・ジェントラーからグラスコード侯爵への手紙となっている。
そして、諜報員はその内容に目を通す。最初は訝しげに手紙を読み始めたのだが、次第に顔が青ざめ、最後には怒りの表情を浮かべていた。
「こ、これは……こんな事をグロッグ・グラスコードは……何という事を……ここに書かれている事が全て本当ならば、大罪などと言う言葉では生ぬるい! ペルメニアが行ってきた五百年の努力を全てぶち壊す程の大愚行だ!」
普段、感情を表に出す事のない諜報員。職業柄そう言う振る舞いが身についている。それが激しい怒りを剥き出しにしている。それを見たリシュテインは事態が悪化している事を悟った。おそらくこの後、手紙の内容を見せられるだろうが、何が書かれているのか戦々恐々としている。
「リシュテイン殿も事態把握の為にご覧になって下さい」
そう促され、リシュテインはまず、裕二の手紙から読み始めた。その内容はグロッグ、シェリルが今まで裕二にしてきた、嫌がらせというには悪辣すぎる内容。
リシュテインが知っていたのはシェリルの母、メアリー・グラスコードを呼び出し、裕二を学院から追放しようとした件だけだが、その他に今回の件も含めた様々な事が書かれてある。
裕二に罪を着せる、人を雇いリンチ、及び殺人未遂、裕二を精神的に追い詰める為にリサを無理やり妾にしようとした。ひとつひとつ、事実を淡々と書いてあるだけだが、それを読んでリシュテインも怒りが込み上げてくる。
そして裕二の望みはグロッグ、シェリルを学院から出してほしい。その理由は自分の為というよりリサの為。これ以上の被害を望まないというだけのもの。そして、グラスコード侯爵にお願いをする、という形を取っている。その為には自分もグラスコードから放逐されても良いとまで裕二は書いていた。
あくまで裕二はグラスコード侯爵に申し訳ないと言う気持ちを持っていたのだ。そして今回、グロッグを傷めつけた謝罪すら書いてあった。
「ここまでひどかったとは……」
続けてテリーの手紙を読む。
そこにはテリーがグロッグから雇われた者達から、刃物を向けられた件が書かれている。そして、その者達は既にジェントラー家により捕縛され、今も監禁状態にある。
今後のグラスコード侯爵の判断によっては、その首謀者である、グロッグをジェントラー家に引き渡すよう仄めかす内容だ。
更に、裕二を襲った裏稼業のグループも壊滅、監禁させており、グロッグが裕二に行った事をジェントラー家が把握し、それを証明及び裕二に協力する準備もあると書かれていた。
これはジェントラー家のグラスコードに対する、宣戦布告とも言える内容になっている。
先程、諜報員の言った、ペルメニアが行ってきた五百年の努力を全てぶち壊す程の大愚行。それの意味が良くわかる。
ペルメニアがクリシュナードの意に沿い国を立ち上げ、以降五百年。再びクリシュナードが顕現するまであらゆる努力をしてきた。そうしなければペルメニアは、再び魔人に蹂躙されると知っているからだ。
その為に絶対的に必要なクリシュナードという存在。かつて多くの命を救い道を示してきた偉大なペルメニアの祖。それを迎える為に、最上位の席を開けて多くの者が待ち望んでいる。
それをグロッグとシェリルはあらゆる悪辣な方法で排除しようとしてきた。これが公になれば、ペルメニアの使徒の家系、それに追随する多くの貴族がグラスコード家を許すはずがない。
「何と恐ろしい事をしでかしたのか……」
怒りに震えるリシュテイン。その時、部屋の外を警備している兵士から連絡が入る。
「グラスコード侯爵がお見えになりました」
◇
「ご無沙汰して申し訳ありません、リシュテイン学院長」
「それは構わん。とりあえず座りなさい」
グラスコード侯爵は院長室に併設しているこじんまりとした応接室へ通された。何を言われるのか全くわからず、内心不安に思っているが、それを表に出す事はない。そして最初に気になるのは、やはり二人の黒いローブの男。この部屋には現在、グラスコード侯爵、リシュテイン学院長、そしてその二人。計四人以外の誰もいない。
「そちらのお二人は?」
「宮廷諜報団じゃ」
「宮廷諜報団!」
それを聞いただけでただ事ではないとわかる。しかし、思い当たる事が全くない。まずは腹を括り話しをじっくり聞くしかない。
「今回、ユージ・グラスコードがグロッグ・グラスコードに対し暴行を働き、グロッグ・グラスコードが重症を負う事件が発生しました。その経緯をお話しします」
「ユージが!? 何故そんな……」
諜報員は書面に纏められた報告書を差し出し、説明を開始する。
その内容は最初に聞いたイメージとは裏腹に、グロッグの嫌がらせがユージを怒らせたと、徐々にわかってきた。そしてその方法は残忍極まるものだ。ユージが怒るのも無理はない。
しかし、この段階ではまだ、グラスコード侯爵はケンカ両成敗のように思っている。しかも両人はグラスコード家。自分が全て処理出来ると考えていた。
「申し訳ありませんでした。この件は良く話しを聞き――」
「まだ、話しは終わってません。あなたは今、グラスコード家で全て処理出来るとお考えでしょう。ですが、そうではありません」
諜報員がそう述べた。グラスコード侯爵はそれがどういう意味なのかわからないが、諜報員はそのまま話しを続ける。
「本来、あなたにはお知らせしない内容ですが、場合により私達は、それをあなたにお知らせする権限が与えられています。その場合と言うのはグラスコードが大罪を犯し、それに気づいていない場合です」
それに気づいてなければグラスコードは罪を罪と認識しない。身内であれば済む事も、相手が高貴な身分なら大罪になる。それを知らなければ、あらゆる罪を大した事のないものと認識してしまう。そうならない為、全てを明らかにする為には、今回の被害者が如何に高貴な身分なのかを知る必要がある。そしてそれを知ったらもう後戻りは出来ない。当然それに応じた、例えば軟禁、幽閉といった処置がグラスコード侯爵にも取られる。当然これは、それを知った場合だけでの処置。それ以外の事は含まれないので罪に対しての処置ではない。
「それはいったい……」
諜報員はヘルツ・ハリスターの研究から現在に至るまでを、詳らかにグラスコード侯爵に話す。それを聞くグラスコード侯爵は徐々に顔が青ざめていった。
「そ、それでは、ユージは、いやユージ様は……」
「現在、情報漏洩の観点から、ユージ・グラスコードをそのように呼ぶ事は禁止されています。なので一度だけ申し上げます」
グラスコード侯爵はつばを飲み込み諜報員の言葉を待つ。既に答えはわかっている。だが、聞かねばならない。そしてそれを聞いたら、自分に何らかの処置がある事も理解しておかねばならない。
「まだ本人と会えないので最終的な確認をしていませんが、ユージ・グラスコードは現段階であらゆる条件をクリアし、ほぼ間違いなく、クリシュナード皇王陛下である、と考えられています。これに関しては揺るぎようのない段階まで来ております」
「ユージが……皇王陛下……」
グラスコード侯爵の全身が震える。すぐに考えたのはグロッグとシェリルが、今回の件以外に何か不敬を犯していないか。いや、それよりも以前のメアリーの件だ。とんでもない事をしてしまった。身内ならあれで良かったのだが、知らなかったで済む話しでない事は簡単にわかる。
「これをご覧下さい」
それは先程のユージからの手紙。
震える手でそれを取り、ひとつずつその内容を確認する。読み進める度に頭が割れそうな程、痛くなってくる。
これ程の事をグロッグとシェリルがやっていた。ひとつでも重罪になるような事が、いくつも書かれている。
信じたくはないが、テリオス・ジェントラーのサインがそれを許さない。あのジェントラー家が入念に調べたと書いてあるのだ。
グラスコード侯爵は目の前が真っ暗になった。体は冷えているのに大量の汗が流れてくる。
「な、何故ユージは教えてくれなかったのか……」
「たわけ者!」
その言葉を聞いてリシュテインが怒りを顕にし、大声で怒鳴る。
「そこに書いてあろう! ユージが如何にお主を気遣ったのか、それがわからぬか! それをユージが言わなかったせいにするとは。本来なら、その愚息を抱えたお主が真っ先に気づかねばならぬ事。ユージが何を言おうが言うまいが、身分がどうであろうが、己の馬鹿息子の管理をするのは当たり前の事じゃ! それを放棄しておきながら何たる言いざまか!」
「も、申し訳ありません、返す言葉もございません……」
「これがペルメニアを揺るがす程の大罪である為に、このような話しをしておるのじゃぞ。まずはそれを理解する事じゃ」
「全くもって仰られる通りでございます」
グラスコード侯爵は下を向き、大量に流れる汗を拭いながらそう答えた。そして、しばしの沈黙の後、諜報員が口を開く。
「これから、グロッグ・グラスコード及びシェリル・グラスコードをこの場に呼び、聞き取り調査を行います。あなたにもそれに立ち会ってもらいます」




