6 平原
裕二はムサシとリアンの力を見るため森に入った。途中八体のオオカミと戦闘になったがリアンのみで軽々とオオカミを倒した。ムサシの力を見れなかったので、今度はムサシを先に攻撃させる事にした。
「またオオカミやるのー?」
「ミャアアア?」
「いたらな」
アリーがチビドラの背に乗りプカプカ浮きながら質問してくる。チビドラは何言ってるかわからないが、たぶんアリーと同じだろう。
「しかし、良く考えると歩いてるの俺だけだな」
通常、アリーとチビドラはプカプカ浮きながら裕二についてくる。セバスチャン、ムサシ、リアンは必要な時しか出てこないので、こういう場合は裕二ひとりで歩いてる事が多い。歩くのが嫌という訳ではないが、森を長時間歩くのは時間もかかるし疲れる。
「後で何か考えるか」
と、考えていると、裕二の感覚に敵の気配が引っかかる。
「さっきと違うな、数も多そうだ」
裕二の感覚による敵の気配察知も徐々に鋭くなってきたようだ。これはおそらく透視能力に近いものだろう。今後はこういう能力も鍛える必要がありそうだ。
「見えてきたな」
川沿いに進む裕二の百メートル程先にある、森の木々の隙間に何か動くものが見える。
「なんだあれ?」
そこには二足歩行で人間の大人より、やや大きな全身毛で覆われた生物がいる。良く見ると顔はイノシシのようだ。
「もしかしてオークってやつか?」
裕二にとってオオカミは元の世界にもいる。こちらのオオカミは角以外は大した違いもない。しかし今見ている生物は明らかに地球にはいないであろう二足歩行のイノシシ、オークだ。決定的な異世界の証拠と言っても良い。
そんな事を考えていると、森からオークが出てくる。しかし、その手には武器らしきものが握られている。
「剣とか槍とか持ってんぞ! ムサシ、リアン!」
まだかなり距離があるが、オークはこちらに気づいたようだ。その内の数体が武器を振り上げ走ってくる。その間にも森からオークが出てくる。十体以上はいそうだ。
「行けムサシ!」
裕二の号令にムサシは地面を蹴って走り出す。恐ろしい程のスピードで突進するムサシの右手には横に構えたダガーが握られている。
両者がぶつかるとムサシはスピードを落とさず変則的、鋭角的な動きでオークの間を縫う様に走る。一拍遅れてオークが倒れる。
「スゲー!」
あっという間に見えているオークは全て倒され、ムサシはそのまま森に突っ込む。だが、およそ数秒で森から光の玉がこちらへ一瞬で飛んできた。
それを見てビクッとする裕二の横には、光の玉から実体化したムサシが立っていた。ムサシは移動を霊体化で行ったのだ。
そしてムサシが消える。それは仕事を完璧にやり終えた合図なのだろう。同時にリアンも消え、代わりにセバスチャンが現れる。
「裕二様、参りましょう」
セバスチャンは現場に行くと、倒れたオークを片手で軽々掴み、一ヶ所に放り投げて行く。
「全部で十八体ですね。そして剣が六本、槍が八本、鉄斧三本、棒が一本です。私は解体をしておきます」
セバスチャンによって手際良く武器が並べられる。手製の石斧と魚用の銛しかなかった裕二には大収穫だ。どれも傷んではいるが、蔓で縛った石斧とは比べ物にならない。
「すごいねー」
「ミャアアア」
「この剣いいな、斧も良さそうだし」
解体の方も手際良く進んでいるが、数も多いので時間がかかりそうだ。しかし、肉の量はオオカミより遥かに多い。食べられれば当分、食料に困らないだろう。セバスチャンは先程と同じように、食べやすく切った肉の一部をアリーに渡し、焼いて裕二に食べさせるよう言い渡す。
「うまいー?」
「ミャアアア?」
「少し硬いけど豚肉だな。充分うまいよ」
こうして、リアンに引き続きムサシもかなりの強さだと言う事がわかった。そして大量のオーク肉と武器も手に入れ、裕二は洞窟に戻って行った。
◇
洞窟ではオオカミとオークの毛皮が大量にあるので、ベッドや敷物に充分活用出来るようになった。食料についても当分大丈夫だ。
あと欲しいのは明かりだ。今の状態では焚き火の明かりがせいぜいだ。大量の薪を燃やし続けないとすぐに消えてしまう。だが裕二はムサシの戦闘を見て思いついた。それは戦闘後、ムサシが光の玉になって移動した時だ。あのような光るだけの虫みたいなタルパを作れば良い、という事だ。
裕二は目を閉じて早速集中する。形はてんとう虫。点灯と掛けてる訳ではない。大きさは十五センチくらい。体全体から光を放ち、天井に張り付き洞窟内を明るく照らす。浮遊しながら光る事も可能だ。裕二の指示通り動きまわる。
そしておよそ五分、イメージが簡単だから早いのか、それとも慣れによるものか、確かな手応えで目を開ける。
「おお、デケーてんとう虫出来た」
早速てんとう虫に点けと念じると洞窟内が一気に明るくなる。
「明るいー!」
「ミャアアア!」
アリーとチビドラも大喜びだ。
「名前つけよー!」
「ミャアアア!」
「そうだな……てんとう虫だからテンで」
「テンー!」
「ミャアアア!」
こうした新たな仲間、テンが加わった。
「思いの外早く終わったから、もう一体作る」
「なになにー?」
「ミャアアア?」
「乗り物だ」
毎日のように行く森の中を毎回歩くのは時間がかかる。そのうち森からも出る予定なので、乗り物系タルパがあった方が良い。裕二はテンに照らされた洞窟の中で再び集中する。
体長およそ三メートル。覆われた白い毛に黒い縞模様。鋭い牙と爪である程度戦う事も出来る。イメージしたのは白いトラ、白虎だ。すぐ乗れるように鞍と鐙、手綱も強くイメージする。
どれくらい時間が経ったのか、外はもう暗くなっている。そして裕二の中に白虎の確かなイメージが作られる。
そっと目を開けると、そこには白い猛獣が裕二を見ながら横たわっていた。
「出来た」
「出来たー!」
「ミャアアア!」
白い猛獣は「グルル」と僅かに喉を鳴らす。白虎の完成だ。
「なまえー!」
「白虎でいいだろ」
「びゃっこー!」
「ミャアアア!」
相変わらず名前の決め方は安置だが、白虎がいれば、森を広範囲に探索する事が出来るだろう。
「タルパはこれで当分いらないな」
アリー、チビドラ、セバスチャン、ムサシ、リアン、テン、白虎。これだけいれば困る事もそうそう起きないだろう。
裕二は夕食のオーク肉を食べながらセバスチャンを呼び出す。
「後は俺自身の能力も高めたいんだけど、何すれば良いと思う?」
「裕二様の能力を高める方法は今のところ二つございます」
「二つ? 何だ?」
「ひとつはその超能力を高める。まずサイコキネシス系が良いでしょう。物体を動かし、破壊する事が出来る。オオカミやオークが襲ってきても、手を触れずに投げ飛ばす」
「そんな事出来るのか?」
「ゆっくりでも岩を破壊出来てるので可能でしょう。それを更に極めるという事です」
「なるほどな。もうひとつは?」
「もうひとつは手っ取り早く強くなる方法。憑依です」
「憑依?」
「タルパを裕二様に憑依させ、その能力を裕二様の体で再現させるのです」
「そんな事出来るのか?」
「はい、例えば――」
自分の作ったタルパを自分に憑依させ、その能力を裕二が使う。
チビドラを憑依させれば火を操る事が出来、セバスチャンなら力持ちになれる。但しリアンの様なガトリングガンやグレネードランチャーは裕二の体で再現出来ないので無理だ。一番憑依に適してるのはムサシだろう。
「私も憑依するー?」
「い、いや。アリーはいいよ」
そして翌日から超能力と憑依の練習を兼ねて森に入る。
白虎に乗り、川沿いを進みながら魚や木の実を集め、オオカミやオークが現れたらリアンに援護させ、超能力と憑依で倒す。そうしながら裕二は少しづつ力を付けていく。
裕二の超能力は、石や岩を飛ばして攻撃、敵の体を遠隔で投げ飛ばしたり抑えたり、相手の体に触れて内部破壊出来る様になる。そして敵が近くに来ると、おおよその位置と数を知る事が出来る。
憑依に使うのはほとんどムサシで、オオカミやオークなら多少数が多くても簡単に倒せる。
ムサシを憑依させる事でその動きを覚え、ムサシ相手に剣や格闘の練習も行う。
白虎に乗り、森の中を走り回り、何が食べられ何が食べられないか、危険な生物はどれか、あちこち拠点を変え野営に適した場所や水場、魚の多い場所、危険な場所を把握していく。
森に現れるのはオオカミとオークの他に五メートルクラスのクマ、集団で現れる真っ黒い豹がいる。
クマはリアンの攻撃で簡単に倒せるし、豹は白虎がいるだけで逃げて行く。
オークから奪った武器は既に百を越え、裕二はその中の綺麗な剣を普段腰に差している。中には宝剣の様な物もあった。
そんな感じで暮らしながら、約三ヶ月が経った。
◇
裕二は既に何度か森を出て平原にも行っている。特に何も見つかっていないが、今日は更に進んでみようと思っていた。
「全然人の気配ないな」
「ないねー」
「ミャアアア」
裕二は白虎に跨りながら人の気配を探す。まだ異世界に来てから誰とも会っていない。タルパがいるので寂しくはないが一生森で過ごすつもりもない。
出来たら街や村があってほしいと思っていた。
白虎より先行して飛びまわるアリーとチビドラ。蛇行しながら飛ぶのは遊んでいるのだろう。突然その動きがピタリと止まる。
「裕二何かあるよー」
「ミャアアア」
裕二はそれを聞き白虎を急かしてアリーの元に向かう。そしてそこに近づくにつれ見えてきたのは――
「道だ!」
裕二の見たのはそこから左右に延々と続く道、ところどころデコボコしているが轍の後もある。
その時、裕二が何かの気配を察知する。それは既に何度も戦ったオオカミのものだ。しかしそれだけではない。
「何かくるぞ」
道の先からガラガラと音をたて、走ってくる物がある。
「馬車だ!」
二頭の馬が引く馬車がこちらに走ってくる。その後ろにはオオカミの群れ。馬車はオオカミに襲われているのだ。
「オオカミは三十二体いるな、リアンは霊体化で待機、ムサシは憑依!」
裕二はムサシを憑依させ、道の端でそれを待つ。やがて馬車が近づくとその様子もはっきり見えてくる。
慌てた素振りで馬を操る男はセバスチャンの様な格好をしている。執事だろうか? 馬車の側面には中央に扉があり、小さな窓がある。扉の左右には大きめの窓があり、そこから少しだけ赤い座席の様なものが見える。
馬車はそのままの勢いで裕二に近づき、走り去る。その時、馬車の窓には二名の男が見えた。その二人は驚きの表情で裕二を見つめている。そして馬車が通り過ぎてもギリギリまでこちらを見ていた。
そのすぐ後にオオカミの群れが走ってくる。裕二はその前に立ちふさがり。チビドラに命令する。
「炎で足止めしろ!」
「ミャアアア!」
チビドラから放たれるファイアーブレスにオオカミの動きが止まった。
「リアン!」
そこにリアンのグレネードランチャーが撃ち込まれる。
――ポンッ!ポンッ!ポンッ!
オオカミの群れははじけ飛び、そこへガトリングガンでトドメを刺した。
「三十二体もいるなんて珍しいな、場所が広いからか?」
そう言い終えると、裕二は後ろを振り返る。
見通しの良い道の遥か先には、先程の馬車が止まっていた。