58 暴走
「さて、ユージとのお別れ祝いに、高級なワインでも仕入れてくるか」
グロッグは学院の外にいた。そして上機嫌で通りを歩いている。まずはワインを購入して前祝いという訳だ。
元々、裕二を精神的に追い詰めるだけの予定が、アクシデントによりエリネアが登場した。だが、エリネアを上手く騙す事により、一気に裕二を学院から追放する目処までも立ったのだ。しかもエリネアと接する機会も増える。エリネアを何とかものにしたいグロッグには、これ以上の成果はない。
グロッグからすると一発大逆転、それ以上とも言えた。
「後で剣を回収して……エリネアと色々相談するか、頼りがいのあるとこ見せないと。そうだ! あのミアーニの墓も綺麗に建ててやろう。そうすれば間違いなく、エリネアも俺に惚れ込むな。新しいミアーニをプレゼントするのも良いな。ふっ、ふはははは」
終始ニヤニヤしっぱなしのグロッグ。嬉しくて笑いが止まらない。
そんなグロッグは、背後からほんの少しの違和感を感じた。その違和感を確かめる前に――
「ガフッ!」
通りから裏路地まで一気に吹き飛び、壁に叩きつけられた。
「ガッ、ハッ」
幾つかの骨が折れたようだ。グロッグはその痛みに何が起きたのかさえ気を配れない。だが、その原因は何も考えなくてもすぐにわかった。
「グッ、ユ、ユージ!」
「何故殺した!」
裕二はグロッグを殴りつける。グロッグの口からは大量の血と、歯が何本か同時に飛び散る。
「答えろ!」
「き、貴様! こんな事、グハッ!」
「お前もミーと同じ目に合わせてやる!」
「ガッ、ギャアアア!」
グロッグの足が裕二に思い切り蹴りつけられた。その足はあらぬ方向に曲がっている。そして次にグロッグの腕を掴み、バキッと音がするまで握り潰す。
「グアアア! や、やめ、ゴホッ、やめろ!」
「何故殺した! 何故だ!」
声を枯らしながら叫ぶ裕二。その一撃一撃がグロッグを骨ごと打ち砕く。その体は一分もしないうちにボロボロになっている。そしてその強烈な痛みと共に凄まじい恐怖が襲ってきた。これ以上やられたら死ぬ。裕二は自分を殺すつもりだ。それを完全に理解した。そして、それに対して自分は全く無力、抗う術が何もないと言う事も。
「答えろ!」
再び殴られ、鼻からドクドクと血が流れてくる。だがその時、裕二の背後から声が聞こえた。
「いたぞ! やめろユージ!」
「ヤバいニャ! やり過ぎニャ」
「ユージやめて!」
そこへバイツ、バチル、エリネアが到着する。背中から怒りのオーラを放つ裕二。完全に折られたグロッグの手足。それを見て、三人はすぐに裕二を止めに入った。
「ユージを引き離せ!」
バイツの言葉で、三人が裕二の体を抑えにかかる。バイツが裕二の胴をがっしりと掴み、エリネアとバチルはその両腕を掴んだ。しかし――
「邪魔をするな!」
裕二の一喝だけで、三人の武闘大会選抜メンバーが吹き飛ばされる。裕二はこちらを見てすらいない。裕二の目にはグロッグしか写っていない。なのに凄まじい力を持つはずの三人が、簡単に吹き飛んだのだ。
「な、何だこれは……」
「魔力の放出だけで、こんな……」
「これじゃ、近づけないのニャ!」
だが、このまま放ってはおけない。三人は同じ事を繰り返すしかない。だが、その時。更に背後から大声で怒鳴る者が現れた。
「お前ら、何をしている!」
巡回中の街の警備兵だ。
警備兵は二名。血まみれのグロッグを見て、裕二がその加害者と判断した。他にも人がいる事から応援を呼ぶ為、大きな音で笛を鳴らす。それを聞き、更に数名の警備兵がやってくる。
「馬鹿野郎! お前らじゃ無理だ! 近づくな!」
そう言われて、ハイそうですかと諦める訳がない。バイツの言葉は無視され、警備兵は裕二を取り囲み、一斉に捕縛にかかった。
「うわっ!」
「何だ!」
だが結果は同じだ。彼らも同じように吹き飛ばされた。
◇
「あれは何じゃ?」
その頃、チェスカーバレン学院の近くまで辿り着いたリシュテインと諜報員の二人。通りからおかしな雰囲気を察知したリシュテインは、馬車の中から路地を覗いた。
「ユージ! あれはユージじゃ」
「何ですと!」
三人はすぐさま馬車を飛び降り、現場へ向かう。
「何じゃ、何が起きておる! とりあえず止めねば」
◇
「や、やめて、く、グボッ!」
「答えろ!」
これ以上やると本当にグロッグは死んでしまう。だが、ここにいる者では裕二は止められない。裕二に近づく事さえ困難なのだ。
「やめてユージ! お願い!」
「やめるんだユージ!」
「本当に死んじゃうニャ!」
三人は裕二に大声で叫んだ。しかし、裕二にその言葉は届かない。裕二は目の前にいるグロッグしか見ていない。おそらく、次の攻撃でグロッグは死ぬ。
だが――
「済まんユージ」
僅かにそんな声が聞こえると同時に、壁の向こうからいきなりテリーが現れた。
「うっ!」
そして、何をしたのかわからないが、裕二はその場に倒れた。
「テリオス!」
エリネアが叫ぶ。
「エリネア、不本意だがグロッグに治癒魔法を。バイツとバチルはユージを守ってほしい」
「わ、わかった」
「わからニャいけど、わかったニャ」
裕二を守るとはどういう意味か。その答えはすぐにわかった。
「全員拘束しろ!」
警備兵が先頭に立つテリー、そしてバイツ、バチル、エリネア、裕二に襲いかかってくる。テリーは警備兵から、倒れて意識を失っている裕二を守るよう言ったのだ。
だが、警備兵はテリーに到達する直前、一気に紙切れのように蹴散らされた。
「なっ!?」
テリーの前にはがっしりした老紳士と全身鎧の者が、何の前触れもなくいきなり現れた。そして全身鎧の者が、凄まじい早技で警備兵を攻撃した。バイツ、バチル、エリネアには目でそれを追う事すら困難だった。
「我が主に小指一本たりとも触れさせはしません」
――こ、これがユージの……
テリー以下全員が呆気に取られている。しかし、老紳士は構わず口を開く。
「白虎! 裕二様を。テリー様は白虎を使い裕二様をお願いします」
「わ、わかった」
白虎もまたストンとその場にいきなり現れた。そこに現れたのは巨大で恐ろしくも美しい白い虎。これに襲われたらひとたまりもない。その見た目に警備兵は震え上がる。
だが、テリーは躊躇なく裕二を抱え上げ、白虎の背に乗った。白虎は壁を軽々と駆け上がり、その姿はすぐに見えなくなった。
「さて、ムサシ。裕二様のご友人には傷をつけてはなりません。出来ればそっちの彼らも。時間を稼げれば良いです」
「うむ」
老紳士と全身鎧の者が警備兵と向き合う。警備兵は全身鎧の者を警戒し剣を抜く。そして今まさに飛びかかろうとした時。
「や、やめろ! やめんか! その者達に手を出すな!」
そこへ大急ぎで駆けつけたリシュテインと諜報員がやっと到達する。スペンドラでは誰もが知る有力者、リシュテイン・チェスカーバレン学院長。その慌てぶりを見た警備兵は剣を構えながらも戸惑う。
「全員動くな! 警備兵は只今より、宮廷諜報団の管理下に置かれる。学院の生徒に一切触れるな。そこの二人にもだ!」
諜報員のひとりがそう叫んだ。
全員、何がどうなってるのかわからない。全てを理解している人間はいないだろう。
「お世話をかけます。リシュテイン学院長」
「ま、待てセバスチャン! ユージは、ユージはどこだ!」
「申し訳ありませんが、後はよろしくお願いします」
そう言い残し、老紳士と全身鎧の者はスッと消えた。
◇
エリネア、バイツ、バチルの三人はその後、学院に戻り何があったのか詳しく聞かれた。
その内容を一番把握しているのはエリネアだ。
グロッグが裕二の可愛がっているミアーニを無惨に殺した。結果的にはバチルのお陰で何もなかったが、エリネアも騙され、裕二もミアーニが殺されたと信じた。グロッグの行動は悪意に満ち、裕二が怒るのは当然だと訴える。
「何というバカな事を……」
「学院長。やりすぎはあったかも知れませんが、ユージは悪くありません。あの男は私をも騙し、ユージを学院から追放しろとまで言ったのです」
「う、うむ」
「私もユージが正しいと思います。男なら弱き者を守るのは当然。ユージの怒りはもっともです。卑劣なのはそのグロッグと言う輩。未遂とは言え小動物をいじめ殺し、それをユージのせいにするなど言語道断! 騎士科にあのような者がいるのは、チェスカーバレン学院の恥晒しに他なりません」
「ちゃんと証拠もあるのニャ。後で持ってくるニャ。ユージをイジメるなら学院長でも許さないのニャ!」
「わ、わかった……」
三人とも裕二を支持し、グロッグを強く非難する。その怒りはなかなか収まらず、リシュテインもタジタジだ。それを何とか落ち着かせ、三人はその後、開放され自室へ戻った。その際、事件の事は話さないよう強く念を押された。
そして肝心のグロッグは、出血多量、全身打撲、数十ヶ所骨折の重症だ。しかし、医療と治癒魔法の組み合わせによる治療で、翌日には松葉杖で歩けるくらいには回復する事になる。
しかし、グロッグがそのまま開放される事はなく、治療と称した軟禁状態に置かれる事となった。
そして、一番重要なのは裕二とテリーの行方だ。捜索隊を出しているが、その行方は未だ掴めない。
◇
エリネアとバチルはその後、ミーの元へ訪れた。バチルが結界を張り直し、証拠の記憶石と自警団の剣を回収する。
「ミー! ミー!」
「ハラ減ってるニャ? カリカリを食べるのニャ」
「うふふ、ミーが無事で良かった」
「お前もカリカリ食べるニャ?」
「え、私は……お腹いっぱいだから」
ひと通りの事を終えると、二人はその辺の岩に腰掛けた。するとミーが突然暴れ出す。
「ミー!」
「何やってるのミー?」
ミーは寝転がって何もない所に連続キックを放っている。そうかと思うと、そこからダッシュで離れ、お尻フリフリ何もない場所に飛びかかった。
「ミー! ミー!」
「ひとりで遊んでるだけニャ」
「そうみたいね」
ミーは大暴れしているが、楽しそうなので特に心配はなさそうだ。
「そう言えば、あのでっかい虎はなんだったのニャ? テリオスのペットニャ?」
「私も不思議に思ってたの。老紳士と鎧の人もいたけど、いつ現れたのか良くわからなかった」
「ユージの事を、我が主って言ってたニャ」
「我が主……グラスコードの人かしら。学院長は知り合いみたいよね。確か……セバスチャンって呼んでた」
「て事は普通のオッサンなのニャ。それより、あの虎ニャ……はっ! もしや、チビのお父さんニャ!?」
と、二人はしばらく語り合ってから部屋へと帰って行った。




