56 エリネアの怒り
報復作戦を考えた翌日。リサはしばらく休むようテリーに言われており、今日は来ていない。裕二もそれを知っているので、あまり心配はしていないが、一日も早く、リサが安心して授業に出れるようにしたいと思っている。
裕二の作戦が実行されれば、グロッグとシェリルは、リサどころではなくなるはずだ。
精神的に追い詰める、というやり方は正直、裕二はあまり好きではないが、あの二人なら効果的だし、罪悪感もほとんどない。
裕二は作戦の内容をテリーに告げた。
「グラスコード侯爵が渋ったら交渉カードに使うつもりか。構わないぜ。好きなだけ使え。お前のタイミングでジェントラー家の養子になる事を決定して良いからな」
「悪いなテリー。最低でも奴らは追い出す」
「ああ。で、そのリアン作戦て何だ?」
「テリーには後でリアンを見せるよ。俺の仲間というか家族というか」
「ほう、そいつは楽しみだな。裕二の家族なら挨拶でもするか」
「いや、無視されると思うから挨拶しなくていいぞ」
「そ、そうなのか?」
後はグラスコード侯爵へ速達で手紙を出すだけだ。すぐに届くので、今日中には何らかの返事を貰いたい。その結果次第でリアンを使う事になる。
裕二は授業が終わったら、学院内の精霊郵便局に行くつもりだ。
◇
だが、それより一足先に動いたのはグロッグだ。
「遅いぞコリー。それがそうか」
「これで最後だ! もう絶対やらない」
コリー・スパネラはそう言って、グロッグに何かを渡した。
「ふん。俺から逃げられると思ってるのか? 犯罪者のお前が」
「頼む! 本当に頼む! もうやめてくれ。こんな事もう嫌だ」
「はあ、わかったわかった。うるさいから帰っていいぞ。とりあえずこれがあればお前に用はない」
「……」
コリーは唇を噛みしめながら帰って行く。この間来た時は、コリーの知ってる事を聞きたいだけ、と言っておきながら、その要求はどんどんエスカレートしてくる。
「何でこんな事に……」
コリーは今、グロッグにやりたくない事をやらされている。これからもそれは続くだろう。ほんの僅かな金欲しさにグロッグに言われるまま、裕二に冤罪を着せようとした。思えば全ての始まりはそこにあった。あの時コリーは泥沼に落ちて、今ももがきながら少しづつ深みに嵌っている。コリーは深く後悔していた。あの時あの老紳士の言う事を聞いておけば。裕二にしっかり謝っておけば。今とは違う結果になっていたかも知れない。
「そうだ……あの方なら、何とかしてくれるかも……でも二度目はないと言われてるし。どこにいるかもわからない」
◇
「ふん、これで良い。後はこの剣をここに捨てて……これをユージが見たら、またあの顔が見られるかもな。クックック。シェリルも連れてきてやるべきだったか」
グロッグの捨てた剣には僅かに血が付いていた。それを確認してからその場を離れ、魔遠鏡から見える距離でグロッグは観察を楽しむつもりだ。
「まあ、バレる事はないだろうが、もしバレたらコリーのせいにするか。なんせ自警団の剣は俺には手が出せないからな。奴が自警団で良かった。フッフッ……いや待てよ。ミアーニを殺したくらいバレても、何の罪にもならないよな。たかが小動物だ」
グロッグはその場に隠れ、裕二が来るのを待つ。リサを妾候補にすると言った、あの時の裕二の顔。それがグロッグには何よりの戦利品となった。もう一度あれが見たい。あれこそ自分の勝利の証。裕二を一歩一歩追い詰める為に必要な儀式だ。
だが、グロッグの予想に反し、そこにやってきたのは違う人物だった。
「あ、あれは……不味いぞ」
グロッグは魔遠鏡でその光景を見ている。そこにいるのは――「エリネアが何故……」
「ミー。どこにいるの? ミー」
いつもなら草むらからひょこっと顔を出すはずのミーが、今日は現れない。とりあえず皿を新しい物に変えようとした時――
「ミー? ミー! どうしたの?」
エリネアは草むらの中にミーを見つけた。だが、ミーは全く反応しない。それどころか、いつもフワフワの毛が赤く染まっている。直後にエリネアは叫びながらミーに駆け寄る。
「いやあああ! ミー! 何で? 何で!」
エリネアは叫びながら自分の服に血が付くのも気に留めず、ミーを抱きかかえた。だが、既にミーの体は固くなっている。ミーは息をしていない。それをエリネアは理解したくはなかった。まだ生きてると思いたかった。しばらくすれば起きる。そう信じてエリネアはミーを呼び続ける。
「ミー! お願い、起きて!」
エリネアは何度も何度もミーに呼びかける。だが、全く反応がない。ミーは全く動かない。エリネアも受け入れるしかないのか。ミーが死んだという事を。そんな事を受け入れたくはないが、動かないのだ。息をしていないのだ。もうエリネアには何もできない。ミーを助ける事はできない。エリネアには泣く事しかできない。
「ミー……何で……誰が……こんな事を」
その一部始終を見ていたグロッグ。予想しなかった事態にかなり焦っていた。この場は逃げた方が良い。そう考えたが。
「いや、これは逆に……」
グロッグは意を決してエリネアの元に向かった。
しゃがんでミーを抱きかかえるエリネアの背を見ながら、グロッグはゆっくりと近づく。
「どうしました? こ、これはひどい。いったい誰がこんな事を」
エリネアは反応しない。グロッグの言葉は聞こえているのかわからない。だが、ここまで来たら演技を続けるしかない。
「大丈夫ですかエリネア様? おや? この剣は……確か自警団の……」
その言葉にエリネアは僅かな反応を見せる。グロッグもそれを察知し、言葉を続ける。
「十六番の剣……これは確か……ユージのだったか。いや間違いない。ユージの剣だ」
「な、何で、ユージ、何で」
これにエリネアは大きく反応した。グロッグはしめたとばかりに、更に口から出まかせを放っていく。
「ユージがこのミアーニを殺したのでしょうね。あいつは隠れてこの様な事を良くやるんです」
「そんな……ユージが、まさか」
「知ってますか? ユージは良く、森に行くんですよ。何しに行くかと言うと、森の小動物を殺す為です。武闘大会前は良く動物が死んでました。かわいそうなので止めろとは何度も言ったんですが……」
「うそ……ユージが何故……何でミーを」
グロッグは裕二が良く森に行く事は知っていた。そう言った知ってる限りの知識で適当な話しを作る。
だが、エリネアはこれに、思い当たる事があった。確かに裕二は武闘大会前には良く森にいたはずだ。エリネアもあった事がある。混乱しているエリネアには、そんな些細な符合でも簡単に考えが動いてしまう。
――良し、これでいい。後は……
「エリネア様。この剣が何よりの証拠。どうかかわいそうなミアーニの為に、ユージを糾弾して下さい。私には手に負えません。王族のエリネア様ならユージを自警団から、いや、チェスカーバレン学院から追放する事も可能です」
「ユージを……追放」
「私はエリネア様と、そのミアーニの為なら全力でお手伝い致します」
完璧な演技をしたグロッグは、その顔に悲しげな表情を貼り付けてはいるが、内心は大笑いしている。これで裕二はこの学院にいられなくなる。ピンチをチャンスに変える事ができた。そのチャンスは想像以上の大きなもの。このエリネアの表情を見たら、裕二の言う事など誰も聞かないに違いない。しかもこれを機に、エリネアとお近づきにもなれる。
グロッグは自分の機転の良さに酔いしれそうな程だ。
――ユージが何を言おうが、この剣を証拠として押し通す。これで奴は終わりだ。フッフッフッ。
グロッグがそんな事を考えている間、しばしの沈黙が訪れる。そしてエリネアが静かに口を開く。
「ひとりに、して下さい」
やる事はやった。しかもこれ以上ない出来だと自負できる程に。一旦ここから引いた方が良いだろう。グロッグはその場から離れて行った。
◇
裕二はグラスコード侯爵に手紙を出す為、精霊郵便局に向かっていた。その道程を少し外れるとミーのいる場所がある。裕二はついでに少しだけミーの様子を見てから、精霊郵便局へと向かう事にする。
「さすがに餌がなくなってきたな。今回の件が済んだら森に魚を取りに行こう」
「バチル様には内緒にした方がよろしいでしょう」
「バターソテーにゃー!」
「ミャアアア!」
「だな」
そんな会話を繰り広げていると、やがてミーのいる場所が見えてくる。だが、同時に人がいるのも見える。
「あれは……エリネアか?」
何かを抱えるようにしゃがむエリネア。裕二にはその背中が見えている。そして何か様子がおかしい事にも気づく。裕二は急いでそこへ向かった。
「エリネア、何してる」
エリネアは裕二の声にハッとした。同時に立ち上がり、裕二を思い切り平手で殴りつけた。
「な、何をす……おい、何だそれは」
裕二はエリネアが抱える血まみれのミーを見つける。エリネアは目にいっぱい涙を浮かべ裕二を睨みつけるが、裕二にはそれが目に入らない。
「何故ミーを殺したの!」
「こ……ろした?」
裕二には何が何だかわからない。だが、ミーが大変な事になってるのはわかる。しかし、血まみれのミーをどうして良いのかがわからない。
「ミー……いったい何が」
「しらばっくれないで! ユージがミーを殺したくせに!」
「ミー、おい、ミー!」
「触らないで!」
状況が全くわからない裕二。しかし裕二の背後にいる霊体化のセバスチャンは、そこに落ちている剣に目を留めた。それを見てセバスチャンは、裕二が初めて自警団詰所に行った日を思い出す。そこにいた人物もだ。
――アリー。裕二様を頼みます。
セバスチャンは、そのまま裕二に気づかれる事なくその場を離れる。
◇
グロッグの部屋から追い出されたコリー。その表情は深く沈んでいる。彼はあてもなくフラフラとその辺を彷徨っており、疲れたコリーは石壁を背に座り込んでいた。
疲れきって下を向いた顔。その目には地面しか見えない。そこにいきなり、誰かの足がコリーに視界に入り込む。
そしてコリーが顔を上げた瞬間。
「うぐっ!」
「私は二度目はないと申し上げました」
そこにはコリーがかつて見た老紳士が、その首を片手で掴んで持ち上げていた。
「うっ! 助け、て」
「助けて? 私があなたを? あなたは人に助けを乞う前にする事があるのではないですか」
「ご、ごめんなさい」
「謝る理由は何です。それを全て話しなさい。でなければ私はあなたを殺します」
怒りと殺気に満ちた老紳士の目。コリーはそこにグロッグより遥かに恐ろしいものを見る。このままでは本当に殺される。コリーはそう直感した。
「は、話します、だから……」
セバスチャンは手を離す。同時にコリーは「ゴホッゴホッ」と咳き込みながらその場に落とされる。
「さっさと話しなさい」
「はい……」
コリーはセバスチャンに、グロッグから脅されて自警団詰所にある、裕二の剣を盗むよう言われた。そしてグロッグがそれを何に使うか、それを話した。
「何故奴がミアーニの事を知っていたのか」
「魔遠鏡という魔法道具で遠くから観察してたそうです。ユージの弱みを見つける為に」
「そうですか……」
聞きたい事を聞いたセバスチャンはコリーに背を向ける。すると、コリーはセバスチャンに大きな声で語りかけた。
「僕は本当はこんな事したくない。でも脅されて……お願いします。僕はどうすれば良いのか、教えて下さい!」
セバスチャンは立ち止まり、横目でコリーを見る。
「罪を償えば良いではないですか。何もしないで許してもらう事などできる訳ありません。ですが許しを得た人間に、そのグロッグという者は何が出来ますか?」
脅しに負けないようにするには、その弱みを無くせば良い。そうすれば言いなりではなく戦う事が出来る。セバスチャンの言葉にはそう言う意味が込められている。嫌だ嫌だと言ってるだけでは何も変わらないのだ。
コリーがそれを理解したのかわからないが、セバスチャンはその場から離れ、裕二の元に帰っていった。




