54 ハリスター魔法研究所
「ようやく見えてきたのう」
十数名の護衛をつけた豪奢な馬車。それに乗るのはチェスカーバレン学院の最高責任者、リシュテイン・チェスカーバレン学院長だ。
ヘルツ・ハリスターから急いで会いたいという手紙を貰ったリシュテインは、現在、出張という名目でハリスター魔法研究所へと向かっている。
ハリスター魔法研究所の所長でもあり、魔術師としても研究者としても優れたヘルツ・ハリスター。
甥にあたるバイツ・エストローグとも仲が良く、そのバイツにベルセルクターミネイションという強力な魔法を教えた張本人でもある。
ヘルツはいったいどの様な用件でリシュテインを呼び出したのか。手紙の内容ではさっぱりわからなかったが、重要な用件の可能性は高いだろう。
そんな事を考えている間に、馬車は研究所の前に到着した。
ヨーロッパの古い図書館を思わせるその建物の周りには、必要以上とも言える衛兵が警備にあたっている。
リシュテインの馬車も近くに来た時点で、その衛兵から監視されているのがありありとわかる。正直良い気分ではないが、国内有数の研究施設なので、それも仕方のない事なのだろう。
少し緊張気味の御者は研究所の門兵に用件を伝える。
程なくして建物の扉が開き、そこからひとりの男がリシュテインを出迎えにやってきた。
たったひとりの歓迎では、リシュテインクラスの人物を出迎えるには貧相とも言えるが、これは余計な人物を出来るだけ排除する為にしている事だ。リシュテインもそれは理解している。
「お久しぶりです先生」
笑顔でリシュテインを迎えるガッシリとした体格の青年。あまり手入れのされていない長い金髪は研究に没頭した証だろうか。それを整えて精悍にすれば、バイツと良く似ているのかも知れない。
「お主も元気そうじゃの。じゃがもう少し清潔にせい」
「いやあ、申し訳ない」
ヘルツは気にする風でもなく、両手を広げリシュテインを歓迎する。
「長旅でお疲れでしょうが、実はあまり先生を休ませてる暇はなくてねえ。とりあえず中へどうぞ」
「なんちゅう歓迎じゃ……」
ヘルツに案内され建物に入る。
人払いがされてるのか長い廊下に全く人はおらず、階段を登りとある一室に通された。
「お入り下さい」
大量の書類がアチコチ山のように積まれた部屋。ふと見ると、その一角に黒いローブを纏った二人の人物が目に入る。
その二人はリシュテインを見ると声を発さず、軽く会釈をする。もちろんこれは礼儀に反するのだが、それをする人物、場合によってはそれをしなければならない者達が存在する。彼らは特別な場合を除いて名乗る事はない。
「彼らは気にしないで下さい……というより――」
「宮廷諜報団か」
「あ、ええ、まあ」
「立ち会いが必要という事じゃな」
ついこの間、裕二とテリーの関わった偽クリシュナード事件。その時、その件は国内で最強とも言える諜報組織、宮廷諜報団が預かる事となった。
今回の用件に彼らが立ち会うという事は、それだけ重要な用件という事になる。それは魔人に関する事なのか、それとも違う件なのか。いずれにしてもリシュテインは、トップクラスの機密を知る事になるだろう。
「お察しいただくのが早くて助かります」
笑顔のヘルツとは裏腹に何を聞かされるのか戦々恐々としているリシュテインは、用意された椅子に座り、ヘルツの注いでくれた紅茶で喉を潤す。
「まずはこれを見て下さい」
そう言ってヘルツはひとつの箱を取り出す。その箱は厳重に鍵がかけられ、ヘルツがその鍵を開ける。すると、中には高価な布にくるまれた物がある。ヘルツはそれを取り出し、リシュテインの前に静かに置いた。
リシュテインがそれを受け取り、布にくるまれた物を出す。それは石の様な物、何かの破片。その一部は平らになっており、そこに文字が刻まれていた。
「こ、これは?!」
「その文字は先生も見た事があるでしょう」
「う、うむ。王宮の奥深くにある石碑に刻まれた文字。現在のペルメニアでは使われてない古代の文字……まさか、その破片か?!」
「違います。これは別の場所で見つかった物です」
「な、なんじゃと! 割れた状態でか?」
「はい」
「それはつまり……既に顕現なされた、という事か!」
「それを知るために先生を呼んだのですよ」
「なんじゃと! ワシを?」
「ええ、その前にその破片について説明しましょう」
「……そうじゃの。頼む」
自分とこの破片に何の関係があるのか。驚き混乱するリシュテインだが、まずはその経緯を知らなければならない。
ヘルツはその説明を始めた。
「この破片はとある冒険者が見つけたのですが……」
バズとアゼルという二人の無名の冒険者。その二人がこの破片を見つけた。それが幾つかの場所を経由して現在、ヘルツの手元にある。
ヘルツはそこに刻まれた文字を見て、これが重要な物とすぐに気づき、調査を開始した。
破片の見つかった場所に赴き、そこに破片の元となった石碑があったであろう台座を発見し、その修復作業を行う。
修復は完璧に出来た訳ではないが、それがほぼ、王宮の奥深くにある石碑と同じものであると結論付けるまでに至る。その証拠は、大きさ、材質などもあるが、そこに刻まれた文字が決め手となった。
「先生もご存知の王宮の石碑。それと同じ物が別の場所にあり、既に破壊されていた。あの石碑の意味はご存知ですか?」
「うむ、あれはクリシュナード様の石碑。クリシュナード様がこの世に顕現なされた時、その力を取り戻す為にあると聞く。王宮は石碑を守る為に、その場所に建設されたはずじゃな」
「そうです。そして、あの石碑は難解な防御魔法に守られ、それを破壊できないようになっている。クリシュナード様だけが、あの石碑を破壊出来る。破壊によってクリシュナード様は封印された力を取り戻す。それと同じ物が別の場所にあり破壊されていた。おそらくクリシュナード様は顕現なされている。いや、今の段階ではその可能性が高い、としか言えませんが」
「複数あった、という事か……」
「そうですね」
クリシュナードが顕現した時に破壊される石碑。ペルメニアはそれが複数あるとは知らなかった。そしてそれが破壊されてる以上、既にクリシュナードがこの世に顕現している可能性は高い。この破片はそう言う意味を持っているのだ。
「して、これをどこで見つけた?」
「グラスコード侯爵領内の名もない森の更に奥。そこに小さな山があるのです。その中腹で発見されました」
「そんな場所に……」
「近くに人が住んでいた跡も発見されているので、おそらくそこにクリシュナード様がしばらく住んでいたと推測されます」
「そうか……ん? 待て。グラスコード侯爵領?」
「そうです。それについても調査済みです」
グラスコード侯爵領内にある名もない森。その近辺に人は全く住んでおらず、森の近くを通る街道には、たまに商人等の馬車が通るくらいだ。その様な場所はペルメニアには幾らでもあり、取り立てて注目される事などない場所と言える。
「ですがある時、その街道をグラスコード侯爵が騎士を引き連れて通りましてね。その時の御者に話しを聞く事ができました」
御者は最初、なかなか話したがらなかったが、逆にそれは何かを隠しているという事でもあり、それをさせているのはグラスコード侯爵と言う事になる。ヘルツは仕方なく、自分がグラスコードよりも上位にある事を説明し半ば強制的に話しをさせた。もちろんその家族を含めた身柄も守ると約束しての事だ。
「その御者は驚くべき内容を話しました。グラスコード侯爵は街道を通った時、沢山のワイルドウルフの群れに襲われ、全ての騎士を失った。そのワイルドウルフの数は四十近かったそうです。このままでは全員殺されるだろうと思った時、見た事のない異国の黒い服を着た少年が現れ、とてつもない力で一瞬にしてワイルドウルフを全滅させた」
「そ、その少年とは……」
「ユージ。後にユージ・グラスコードとなる少年です」
ユージはそんな場所で何をしていたのか。それ以前はどこにいたのか。それはその森の奥にある、小さな山と少しづつ繋がってくる。
その他にも、石碑近くの洞窟にはいくつかの武器、おそらくオークから奪った物が残されており、それと同じような武器を裕二がスペンドラで大量に売った事がわかっている。
石碑の断面も、その風化具合から裕二がその場所にいた時期に近いと判断された。
そして裕二にはそれ以前の経歴が一切存在しない事も調べられている。何よりそれだけの力を持つ少年と言うのが稀有な存在だ。
「なるほどのう……しかし、それだけでは――」
「もちろんです。ですが、ユージ・グラスコードは最初にユージと名乗った。先生はクリシュナード様の本当の名はご存知ですか?」
「いや、ジーンというのが違う事は知っておるが……」
公にはクリシュナードはジーン・クリシュナードという事になっている。しかし、その名は本当の名ではない。
リシュテインが知ってるのは、その名の一部が違うという事だけだ。
「クリシュナード、という家名は当初から多くの者に知られていたのですが、その上につく個人名は知られていなかった。なので、その一部を変えたのです。クリシュナード様はお亡くなりになる前、再びこの世界に戻ってくると仰られた。そしてその証拠となる印、つまり条件を伝えていたのです。そのひとつ、クリシュナード様が生前伝えたのは、その名の一部を持って顕現すると言う事。その名が本物のクリシュナード様の証のひとつとなります」
その名の一部を持って顕現する。これがクリシュナードの名を変えた理由のひとつでもある。本物はジーン・クリシュナードではなく、違う名前で現れる。それは昔の名前の一部を使っている。それが本物である条件のひとつだ。
リシュテインの今まで知らなかった幾つかの情報。それが全て裕二に繋がっていく。驚きで声も出ないリシュテイン。だが、自分が呼ばれた理由も少しづつわかってきた。
そんなリシュテインにヘルツは話しを続ける。その内容はリシュテインに大きな衝撃を与え、確信めいたものを心に抱かせる。
「クリシュナード様の本当の名前は『ユージーン・クリシュナード』と言います」
◇
「ミー! ミー!」
「またこの硬い餌があるわね。とても美味しいとは思えないけど……」
裕二がグロッグをどうするか考えていた頃。エリネアはミーと至福の時を過ごしていた。
そこには以前見た、カリカリの餌がある。ミーは喜んで食べており、健康にも問題なさそうではあるが、エリネアはその匂いが気に入らない。とは言えミーとエリネアの味覚が違うのは当たり前とも言えるので、裕二がペット用の餌をどこかで探し出してきたのだと思っていた。
「捨てたいけど、ユージが怒るかしら」
「ミー!」
そしてもう一つ気になるのが、ミーのテリトリーに施された結界の様な物。これは何の変化もない。おそらく発動はされていないだろう。
「やっぱりユージに聞こうかしら」
「ミー!」
「ふふ、なに? これはユージがやったの?」
「ミー!」
少なくとも今までに、カリカリも結界もミーに影響はない。なので危険な物とは思わないが、良くわからない物は多少心配でもある。
「じゃあ明日またくるわね」
「ミー!」
エリネアはミーの精霊に魔力を注ぐと、若干モヤモヤしながら帰っていった。




