36 バイツvsシェリル
ドルビーとの試合に圧勝したテリーは、舞台を降りると早速裕二の元にやってきた。
「どうだユージ。俺に勝てそうか?」
「うるさい。そんな事教えるか!」
「ハッハッハ、それもそうだな」
しかし裕二の初めて見たテリーの戦闘は、予想より遥かに驚異的とも言えるし、二手で終わらせてしまったので分析も難しい。だが、裕二もそう簡単に諦める訳ではない。何故なら裕二には、見えないブレーンとも言えるセバスチャンがいるからだ。
――あれはおそらく、ブレードスライダーと言う風属性魔法です。理論書で見たことがあります。超難度魔法ですが対策は可能です。基本的に通常魔法、そして対剣士向けの魔法ですし。
――おお! さすがはセバスチャン。
――ですがそれをテリー様が知らないとは思えません。あれは裕二様ではなく、バイツ様に向けてのデモンストレーションではないですか?
その言葉に裕二はふと、バイツを見る。その表情には確かに緊張感はあるが、それ以上の事は読み取れない。だが、あの魔法を全く意識してないと言う事はないだろう。
――バイツ……でもそうなると、シェリルはガン無視って事か。
――そう言うことです。
「ユージ様、次はいよいよシェリル様ですね」
マレットがそう話しかけた。問題児とは言え、グラスコード家の侍従長としては応援しない訳には行かない。だが、裕二としてはシェリルを応援する気などサラサラなく、仲の良いバイツを応援しているし、バイツが勝つだろうとも思っている。もちろんそれは口には出さないが。
「シェリル様も一時期は天才と呼ばれてました。ですがチェスカーバレンでエリネア様を見て挫折感を味わったようです。余計な事を考えず、努力をすれば更なる才能を引き出せると思うのですが……」
――なるほど、それであんなにひねくれてるのか? いや違う、ひねくれてるのはあの母親の責任だな。しかし、それほど才能があるとは意外だな。でも一応ベストエイトだし、当然とも言えるのか。
大方の予想ではバイツに軍配が上がるだろう。バイツとしても騎士科は自分ひとりしか残っていないので、負ける訳には行かない。そしてやる気があるのかないのか、良くわからないシェリル。だが、そのシェリルは時おりバイツを睨み付けている。やる気がない訳ではないようだ。
「バイツ・エストローグ……と言うと、ハリスター家の近縁のエストローグ家ですか?」
「佐様です。ハリスター家、当主の妹君の息子ですな。本来は魔術師の強い家系ですが、バイツは剣の道を選んだようです」
ジェントラー侯爵の思い当たるのは、クリシュナードの使徒の家系のひとつ、ハリスター家。その近縁に当たるバイツ・エストローグ。剣士ではあるが、魔法の才能も期待出来る家柄だ。
「なるほど。おもしろい戦いですね。使徒の家系に連なるエストローグと、新進気鋭のグラスコードですか」
「育った条件はおそらく五分五分。後は本人次第と言えるでしょうな。今まで真面目にやっていれば接戦になるはずですが……」
◇
「では一回戦最後の試合を行う。バイツ・エストローグ、シェリル・グラスコードは舞台へ」
バイツとシェリルが舞台へ登る。バイツは盾と一体化された籠手に片手剣。シェリルは何故かマントを羽織っている。
この試合が終わると一回戦は終了し二回戦となる。今のところ二回戦第一試合はユージ対エリネアと決まっており、第二試合、テリーの対戦相手がこの試合で決まる。
もし、シェリルが勝ち進んだ場合、シェリルはテリーと戦う事になるが、シェリル自身はその事をどう思っているのだろう。
「悪いが女でも容赦はしない。危険と感じたら場外へ逃げてくれ」
バイツは親切心としてシェリルに警告する。だが、シェリルからすれば、どう考えても挑発にしか聞こえない。
「ふんっ、騎士科風情が魔法科に勝てると思ってるの? 全くおめでたいわね。騎士科があなたしか残ってないのは、剣では魔法に勝てないからよ。そんな事もわからないなんて、よほどバカなのかしら」
「それならそれで構わん。こちらも負ける気はしないのでな」
「私はあなた程度には負けない。私の敗北はテリーの為にあるのよ。本当は別の奴を倒したかったけど、あなたを倒してテリーに勝利をプレゼントするわ」
「そ、そうか……」
つまり本来シェリルは裕二を倒す、倒せないとしても大ダメージを与える。もしテリーと対戦になったら勝ちを譲る、というつもりだった。しかし運悪く裕二とは当たらないので、裕二に使うつもりだった秘策をバイツに使う、という訳だ。
――セバスチャン、シェリルのあのマント、かなり怪しいよな。
――はい、ですが悪知恵の働く方ですので規定違反ギリギリを狙うのではないでしょうか。
――バカ女負けろー!
――ミャアアアア!
「では、試合始め!」
審判の声と共に鐘が鳴り響く。双方身体強化をするが、すぐには動かず相手の出方を窺う。
――剣や格闘の勝負に持ち込めば確実にこちらが勝つ。だが、向こうも簡単にそれはさせないだろう。おそらくあのマントに隠された部分に、その対策があるはず。
バイツはシェリルのマントに隠された場所、そこに何か仕込んでいるだろうと考えている。それを見極めなければ近づくのは危険だ。
「こないならこっちから行くわよ」
シェリルは短杖を出しファイアボールを放った。だが、バイツもその程度は予想している。飛んでくる魔法を簡単に避けた。するとシェリルは次々とファイアボールを飛ばしてくる。
――良し、今だ!
バイツは攻撃の合間を縫って走り出す。シェリルが連続攻撃をしているという事は、防御がおろそかになる瞬間でもある。当たらない攻撃、対策の出来てる攻撃であればバイツにとってはチャンスだ。
しかし、その時シェリルの口元が僅かに歪む。
「リトルソーン!」
「!!」
バイツの進む先に土魔法による小さな刺が広範囲に地面に作られる。知らずにそれを踏めば足に突き刺さり、そこそこのダメージになる。相手の進路を妨害する為の魔法だ。
「くっ!」
だが、バイツも咄嗟に反応する。リトルソーンは真上から踏めばダメージになるが、横から蹴れば作られた刺は簡単に崩れる。すり足の要領で走ればダメージを負う事はない。しかしそれは少なからずスピードに影響を与える。リトルソーンを突破しても勢いは殺せるのだ。
だが、勢いを奪われたバイツはそのままシェリルに突進し剣を振り上げた。勢いを奪われたとしても、距離さえ詰めればバイツの方が遥かに有利になる。
だが、シェリルの表情に焦りは全くない。むしろ予定通りという感じだ。
「ポイントエアー」
「なにっ!」
バイツとシェリルの間合いに突如強力な風が起こる。
ポイントエアーは狭い範囲に台風並の風を起こす魔法だ。範囲が狭く距離も考えなくて良いので比較的簡単な部類に入る魔法と言える。
バイツの振り上げた剣はポイントエアーによりほぼ勢いを殺される。そして同時に、シェリルのマントが大きく膨らむ。
「おお、マントをパラシュートみたいに使ってるぞ。あれでバックステップすればかなり距離を取れるのか。スゲーな」
「シェリル様はやれば出来るお方なのです」
裕二の言葉にマレットが応える。グラスコードの人間が活躍するのを見るのは、マレットにとっては嬉しい事なのだろう。その態度はどこか誇らしげだ。
――なるほど、そういう訳か。良く考えてある。
バイツがそう思った直後。シェリルはマントに隠された腰に手をやる。
「ふふ、いい距離ね」
――不味い! ここまで全て計算されてたのか。
バイツにとっては間合いの外。ここから魔法を放たれたら避けるのは難しい。シェリルにとっては絶好の位置どりになる。そしてその手にはたくさんの石が握られている。
「それは……魔石!」
「ふふ、ロックファイアーシューティング!」
シェリルの手に握られたたくさんの魔石が、空中にばらまかれると同時に業火を帯び、一直線に飛びバイツを攻撃する。
「大した事ないわね」
威力の高い魔石を伴った魔法。これが命中すればかなりのダメージを負う。しかも一発ではなく十数発の同時攻撃だ。
だが、バイツは一瞬焦ったもののすぐに冷静さを取り戻し、籠手に一体化された盾を構える。すると直径三十センチ程しかなかった盾が一メートル近くまで広がる。
シェリルの放った魔石はバイツの盾に当たり、カンッカンッとかん高い音をたてて地面に落ちる。同時にバックステップで大きく距離をとった。
「ずいぶん金のかかった攻撃だな」
「あら、規定範囲内なんだから文句を言われる筋合いはないわ」
――やはりそうか。金がかかっている事を否定しない。という事はかなりの数の魔石を用意している。魔石が尽きるか、こちらが避けきれなくなるか、それが勝負の分かれ目。そう考えているのだろう。
リトルソーンとポイントエアーでバイツの勢いを殺し、適正距離からロックファイアーシューティングを放たれる。だがそれは、シェリルが魔石を使いきってしまえば、バイツが一気に有利になるという事でもある。
――ならば!
バイツは再びシェリルに向かって突進する。シェリルもリトルソーン、ポイントエアー、ロックファイアーシューティングの流れで対応する。同じ流れが繰り返されればシェリルの魔石は確実に減っていく。だが、バイツもシェリルの攻撃をかわす度に体力は消耗されていく。十数発同時に使われるのだから、いつまでも避けきるのは難しい。
「ふふ、あらあら魔石が減ってきたわね」
シェリルはそう言いながらニヤリと笑った。
――あの表情、まだ何かあるのか?!
「さあ、金額分は働いてちょうだい」
シェリルは二枚の紙の札を出し空中に投げる。すると札は一気に燃え上がった。
――何だ? 何をした?!
直後、場外にあるシェリルの控え席に置いてある荷物から、二体の小さな獣が現れ、闘技舞台に上がってくる。
「あれはペルシュ! 使役獣か」
ペルシュとはイタチのような小動物で、ペットとして扱われる事もあるが、魔法をかけ使役する事もある。だが、攻撃に使えるような動物ではなく、簡単な事しかできない。そのペルシュは皮の袋を持って舞台に上がると、散らばってる魔石を集めだした。
魔石には魔力が込められているが、一度使えば使えなくなる訳ではなく、魔力が残っている限り何度でも使える。魔石の値段により魔力の量も違い、使う魔法にもよるが、この場合、数回使えると考えた方が良いだろう。
ペルシュはせっせと皮袋に魔石を集めだした。
「使役獣まで使うとは……相当な金がかかってるな」
「そうよ、だから回収しないとね」
魔石を回収されれば、今まで消費させたバイツの努力も意味がない。
「何だあれ? 舞台の外からの支援は反則じゃないのか?」
舞台の外から見ている裕二は、疑問を口にする。それを横で聞いていたマレットは即座に答える。
「いえ、別の人間が舞台に上がって支援したら反則ですが、あれは魔術道具です。登録さえ済ませていれば反則にはなりません」
そんな話しをしている間に、ペルシュは素早い動きで袋いっぱいに魔石を集め、それをシェリルに渡した。
「いつまで攻撃を防げるのかしら?」
「くっ……」
シェリルは多様な魔法を使えるが、その威力や持続力はエリネアに大きく劣る。それだけならバイツには勝てないかもしれない。今回の作戦は金はかかるがそれらを補い、体力、魔力共に温存できるうまいやり方だ。
同じ量の魔石を回収して何度も使われては、バイツもかなり厳しくなる。
「行くわよ! ロックファイアーシューティング!」
シェリルの作戦がバイツにわかり、相当数の魔石が使えるとわかった。これは魔石を節約する必要がないという事でもある。それをバイツに知られたのだから、シェリルは出し惜しみする事もなく、遠距離からでも魔石を使う。大量に使われる魔石を再びペルシュが集め始めた。
バイツはシェリルの攻撃を避けるのが精一杯なのか段々動きも鈍くなってきた。そして――
「ぐはっ!」
数発の魔石がバイツを捉えた。大きなダメージを受け、同時に転がりながら地面に倒れる。
「さあ、テリーの為にあなたにはここで消えてもらうわ」




