35 テリーvsドルビー
エリネアとリサの魔術師対決。
序盤は通常魔法を使った戦いだったが、エリネアが攻撃、防御ともリサを圧倒する。それに焦ったリサは、切り札とも言える魔法、ラージレイヴン召喚を行った。
魔法の効きにくい召喚獣、ラージレイヴンに、エリネアの防御、ロイヤルアイスガードが突破される。
ダメージを受けたエリネアは、このままでは負ける可能性を頭に描く。そしてそれを覆す為に、裕二に使うはずだった精霊魔法を使う事に決めたのだった。
「ラージレイヴン! 全力で行きなさい!」
リサの命令でラージレイヴンは、全力でエリネアに向かっていく。それに対するエリネアは、防御をせずに杖を構え、精霊を集める。
だが、精霊魔法は精霊を集めた後に魔法を行使する。それには大なり小なり時間も必要だ。当然、熟練度が上がればそれなりの速さで行使できるが、エリネアはそこまで行ってるとは言えなかった。
その僅かな判断に要する時間の差が、勝敗を分ける事になる。
――間に合わない! これでは良くて相討ち、でもそれはラージレイヴンとの……そしてリサは残る。ならば纏めて!
そしてエリネアが魔法を行使しようとした時。ラージレイヴンは目と鼻の先にまで迫っていた。
だが、次の瞬間――
「え?」
エリネアの目の前にいたはずのラージレイヴンが消えた。
そしてその向こうには、闘技舞台に倒れているリサの姿があった。
「こ、これはいったい……」
その状況を異常と判断した審判は、倒れているリサに駆け寄った。
「これは……魔力枯渇か……治療班は急いで来てくれ! 担架も頼む!」
本部から治療班がやってきて、舞台の上では様々な人間があたふたと動く。そしてエリネアもリサへと駆け寄った。
「リサ……」
「エリネア……様」
エリネアがその光景を見つめる中、リサは僅かにエリネアと言葉を交わし、担架に運ばれて行った。
「私の治療班もリサの元へ向かわせなさい! 絶対に後遺症を残してはなりません」
「畏まりました」
エリネアは舞台上から、自分の世話人に指示を出す。その指示により、エリネアの為に用意されたペルメニア皇国、最上位クラスの治癒魔術師団が動き出す。
「エリネア・トラヴィス、こちらへ」
審判の呼び掛けにエリネアは舞台中央に戻る。そしてその腕を高く掲げられた。
「勝者、エリネア・トラヴィス!」
リサは召喚魔法を使用した為に魔力量が足りなくなり、魔力枯渇により戦闘不能。よって勝者はエリネアとなった。
その途端、会場からは大歓迎が上がる。が、エリネアの表情は優れない。
だが、そこに審判がそっと耳打ちをする。
「エリネア様。リサ・スクワイアは大幅に魔力を失いましたが、完全な枯渇までは至っていないと思われます。あれだけの治癒魔術師がいれば問題ないでしょう」
「はい……」
◇
大歓迎に湧く会場の中、リサの安否を気遣う者もいる。それは貴賓席も同様だ。
「凄い試合でしたね院長先生。ですが、彼女は大丈夫なのでしょうか?」
「ふむ、魔力枯渇とは言っても、完全枯渇はそうそう起こりません。その前にリサの様に倒れてしまいますからな。それにエリネア姫の治療班も動いたようですので、初期治療から完璧と言えるでしょう」
そして選抜メンバーの席では、裕二が黙って成り行きを見守っている。様に見えた。
――あの子大丈夫かな?
――倒れちゃったねー。
――ミャアアアア。
――あれだけ治療班がいれば問題ないかと。しかし召喚魔法とは、ああ言うものなんですね。私達タルパとは、また違う存在に思えました。
――ミャアアアア。
――チビドラも召喚してだってー。
裕二の席ではそんなやり取りがなされていた。
そしてリサの事で多少時間の遅れはあったが、試合は予定通り続けられる。
「次はいよいよテリーか」
テリーの相手は以前、騎士科の偵察に行った時、テリーの挑発に乗ってきたドルビー・コールゲンだ。その実力は騎士科ナンバースリーとも言われる。
「さて、さっさと終わらすか」
そう言ってテリーが立ち上がる。全く気負う事のないその様子は、いつもと何も変わらない。
「テリー頑張れよ」
「ああ、任せとけ」
そして裕二とは別の方向からもテリーに声がかかる。
「テリー頑張って! 応援しているわ」
「あ、ああ」
その声は目をキラキラ輝かせたシェリルだ。テリーはそれに対し気まずそうに応える。
◇
「次はやっとテリーですね。対戦相手は……ドルビー・コールゲン。誰だか知りませんがクジ運悪いですね。テリーに当たるとは」
「ほっほっほ、大した自信ですな、ジェントラー卿。ドルビーは剣技だけならバチルをも凌ぎますぞ」
バチルの強みはスピードとトリッキーな動きだ。それに対しドルビーは正統派の剣士と言える。自分の間合いさえ取れれば、かなりの実力を発揮できるだろう。
「ですが……やはりテリーに勝てるとは思えませんね」
「まあ、ドルビーがどの程度健闘するか見てみましょう」
◇
「いいかドルビー。開始位置の距離は魔術師に有利だ。最初から気を抜くなよ」
「わーったよ。お前次なんだから自分の準備でもしとけ」
どうやらバイツがドルビーにアドバイスを送っているようだ。ドルビーはそれを、真面目に聞いてるのかはわからないが、相手は強敵、テリオス・ジェントラー。ドルビーもそれなりの対策は講じているだろう。
「そういやバチルはどこに行った? アイツ俺の応援しねーのか?」
「さっきB定食のお魚さんがどうとか言いながら食堂に行ったぞ」
「そうか……」
◇
舞台には再び審判が上がり次の試合の生徒を呼び出す。
「ではこれより第三試合を始めます。テリオス・ジェントラー。ドルビー・コールゲン。舞台へ」
そしてテリーとドルビーは同時に舞台へ上がる。すると予想通り会場からは黄色い声援が上がった。それは全て女生徒のテリーに対するものだ。
「キャアアア、テリー!」
「テリオスさまー! カッコいい!」
「頑張って、テリオスさまー!」
テリーとドルビーは審判の注意事項を受ける為、舞台中央へ集まる。その間もテリーへの歓声は止むことがなく、それに対しテリーは軽く手を振って応える。
「けっ、女の前で叩きのめしてやるぜ」
「そうかい。で君は誰だっけ? 印象が薄いので忘れてしまったよ」
「挑発には乗らねえよ。てめえはこれから地べたを舐める事になる」
「無理だろ。お前弱すぎだし」
「何だとてめえ!」
と、ドルビーは簡単に挑発に乗ってしまうのだった。そこへ審判から注意が入る。
「いい加減にしたまえ。これ以上やると二人とも失格にするぞ」
「はいはい」
「わ、わかりました」
そして二人は開始位置へと移動する。テリーは相変わらずの態度で、更にポケットに手を突っ込んだままだ。ドルビーはさっさと移動しテリーを見据える。
――あの野郎……だが、アイツが強いのは間違いない。バイツの言う通り、開始位置の距離は魔術師に有利。最速で距離を詰めるなら足の身体強化を優先し、アイツに迫る。間合いさえ取れれば全体強化は後で良い。装備に魔法の対策もしてある。必ず勝機はある。
「良し! 良い挑発だテリー」
「そ、そうですな」
貴賓席からその様子を眺めるジェントラー侯爵とリシュテイン学院長。だが、テリーの本格的な対人戦闘はリシュテインも初めて見る。
――突如ジェントラー家の養子として現れたテリオス・ジェントラー。彼もユージと同じように、その経歴は謎に包まれておる。いったい彼は何者なのか? その一端が垣間見れるかも知れんのう。
「では、試合開始!」
審判その声と同時に手を振り上げる。そして会場には試合開始の鐘が鳴り響く。
真っ先に動き出したドルビーは、足のみの強化を行い同時に剣を抜き、地を蹴ってテリーへ一直線に向かう。
対するテリーは未だポケットに手を突っ込んだままだ。その表情もいつもと何ら変わりない。
――野郎! 何で動かねえ。何か隠してやがるのか。いや、あの体制からじゃ大した事は出来ねえ。たとえ魔法を喰らっても一撃入れる!
ドルビーは勢いに乗り剣を振りかぶる、その刃先がテリーを捉えた。
「ブレードスライダー」
テリーが静かに呟く。すると、全く動かない標的を捉えたはずのドルビーの剣は、テリーの体を撫でる様に動く。そしてその剣先は、一切テリーに触れぬまま地面についた。
「なっ!」
次の瞬間、テリーは右足を前に出し、同時にポケットから右手を出す。その右手を開き、流麗な動きでドルビーの顎スレスレに掌底を打ち込む。
「ガハッ!」
その攻撃でドルビーは、首を軸に脳を大きく揺さぶられた。そしてその目は焦点を失いガクッと崩れ落ちた。
会場は静まり返り、審判も何が起きたのか理解出来ずに唖然とする。
「おい、審判」
「はっ!」
テリーの声で審判は我に返り、すぐにドルビーに駆け寄り様子を見る。
「軽い脳震盪だ。出来るだけ動かさずに担架に乗せ、後は寝かせておけ」
「は、はい。治療班! 担架を頼む!」
ようやく事態を飲み込めた会場がざわつき始める中、ドルビーは担架で運ばれて行く。そして審判はまだ戸惑いの表情を見せながらも、テリーの腕を取り高く掲げる。
「勝者、テリオス・ジェントラー!」
すると会場は凄まじい歓声に包まれた。だが、先程までと違うのは、そこに男性の声も大幅に増した事だ。テリーの見せた圧倒的な強さに対する賞賛なのだろう。男性の低い唸りが、女性の黄色い歓声を凌駕しそうな勢いだ。
「ヤ、ヤバいだろアレ。やっぱユージ何とかじゃなく、本命のテリオスに賭ければ良かった」
「はっ、今さら遅いぜ。ゴンズの言うことなど当てにならん」
「しかし今のはスゲーぞ。五秒くらいしか掛かってない」
終始余裕の表情を崩さないテリーは、会場に軽く手を振ってから舞台を降りる。その光景を満足気に眺めるヴェルコート・ジェントラー侯爵。
「ふむ、当然の結果だが、もう少し見せ場があっても良かったな」
「ドルビーは先手を取る事にこだわりすぎましたな。最初から全体強化にしとけば、このような結果にはならなかったでしょうな」
リシュテインは平静を装いジェントラー侯爵に応える。だが、内心は驚愕と疑問に溢れている。
――あれは、ブレードスライダー。超高圧縮の空気で、剣筋を滑り台の様に滑らせる超難度の風魔法。コントロールが異常に難しく、理論はあるが使い手のいない魔法じゃ。どうやってあんなものを覚えたのか……そしてあの格闘術。あの歳で両方覚えられるとは到底思えぬ。じゃがそれはユージも同じ事。一生を懸けても出来るかわからぬ人工精霊を意図も簡単に作り出す。いったい何が起きているのか……




