33 ユージvsバチル
闘技舞台の上には、裕二、バチル、そして審判の三人が立っていた。審判は二人へ、簡単に注意事項を説明している。
「ユージ。賭けをするニャ」
「賭けって、何だよ」
「私がユージに勝ったニャら、ユージはこれから一生、私にバターソテーを作り続けるニャ。ユージが私に勝ったニャら、塩焼きで勘弁してやるニャ」
「なるほど……それは面白い、なワケねーだろ! どっちにしても俺が作るじゃねーか」
「チッ! 騙されない奴ニャ」
そんな、どうでもいい話しをすると、二人は舞台中央から、戦闘開始位置まで下がる。
そして審判が両者を確認し、手を上に振り上げると、その背後からゴングらしき鐘の音が鳴り響き、大歓声と共に試合が開始された。
「ニャハ」
バチルは速攻で仕掛けてきた。そして低い体制で走りながら剣を抜き、ユージに斬りかかる。その動きには一切の迷いもない正面からの攻撃だ。
「不味い!」
裕二は咄嗟に剣を抜き、身体強化でバチルの攻撃に備える。
「遅いのニャ」
裕二は何とかそれを剣で受ける事が出来たが、バチルの速さに完璧に対応した訳ではなく体制が悪い。交差した剣はギリギリと音をたて、徐々に押されていく。
「ぐはっ!」
交差した剣を滑らせながら、バチルは裕二の懐に入り、肘で鳩尾を攻撃してきた。その威力は、身体強化が間に合わなかったら、悶絶していたかもしれない。バチルは余裕の笑みを崩さず、まだほんの小手調べといった感じだ。
「どうニャ?」
「クソッ」
――この距離ではバチルが有利だ。何とか距離を広げないと。
と、考えていると、バチルは剣の柄でガンガン裕二を殴り付けてくる。その素早く滑らかな動きに裕二は後ずさるが、バチルもそれに合わせて距離を取らせないように動く。
明らかに慣れた動きだが、戦闘経験なのか、それとも喧嘩慣れなのかはわからない。
「グッ! てめー!」
裕二はバチルに至近距離から四属性の火魔法を放つ。だが、バチルはそれを予測していたのか、バックステップと横移動であっさりと避けられた。だが、これは距離を取るチャンスでもある。裕二は連続で火魔法を放った。
「そんなもん、いくらやっても無駄ニャ」
バチルはそう言いながら、左手に装着した篭手で魔法を叩き落とした。どうやらその篭手には魔法を弾く効果があるらしい。どの程度まで、どんな魔法に効果があるか、という事はもちろんわからない。魔法では遅れを取ってしまう騎士科の生徒なら、当然の対策になるのだろう。
――汚ねえな、そんなのあるのかよ……
だが、裕二の方も連続で火魔法を放つ事により、少しずつ距離を開けていった。しかしそれでバチルの余裕が崩れる事はない。
「距離を取ったら勝てると思ってるニャか? ニャッハッハッハ」
バチルは上手く火魔法を避けながら、再び裕二に突進してくる。
しかし、裕二の火魔法の猛攻が一瞬止んだ時――
「ニャ? ニャアアア!!」
バチルの足がゆっくりと舞台に沈む。焦って引き抜こうと思っても、上手くはいかないようだ。
「なんニャ? なんニャアアア!」
裕二はバチルの動きを止める事に成功した。
「ほう、あれはマッドという土魔法ですな。足元に泥沼を作り、相手の動きを封じる。しかし、その効果時間は短く、およそ数秒間」
貴賓席のリシュテイン学院長は、隣に座るヴェルコート・ジェントラー侯爵へ説明した。
「なるほど、ユージはこれから反撃という訳ですね。でもあの獣人の少女も、かなりのものですね」
裕二にとってはチャンスだ。ここでダメージの高い魔法を使う。
――ライトニング!
「フギャッ!!」
身動きの取れないバチルに、裕二は容赦なく雷属性魔法、ライトニングを放った。もちろん死なない程度に威力は落としてあるが、直撃すれば大ダメージだ。これを避けるのは不可能だろう。バチルは嵌まっていた泥沼から吹き飛ばされる。
――勝ったか?
と、一瞬裕二は思ったが、直後にバチルが勢い良く起き上がる。その動きにダメージは全く感じられない。単に転んだ、という程度にしか見えない。
「あ、あれ?」
「よくも、やったニャアアア! お前こそバターソテーニャアアア!」
プロの魔術師に利便性の高さから、良く使われる魔法、ライトニング。到達スピードと威力には定評のある魔法だ。通常、これを喰らってすぐに起き上がるのは難しい。これに驚いた者も多いが、そのカラクリを知っている者も当然いる。
「なるほど、あの少女の首輪に付けてるのはアースですか。それがシッポに繋がり地面へ雷魔法を逃がした。用意周到ですね」
「ハッハッハ、ジェントラー侯爵も良くご存知で。こりゃユージもそろそろ本気出さないと負けてしまいますな」
怒り狂ったバチルは裕二を睨み付け、何やら術式を唱えると、その体が一瞬青く光る。直後、今まで以上のスピードで裕二に突っ込んできた。
――何だ? 身体強化か? 今までやってなかったのかよ。
今まで裕二が戦っていたのは、身体強化をしてない状態のバチル。それでもかなりのスピードだったが、今度はそれどころではない。おそらく力や防御力も上がっているだろう。この勢いで攻撃されるのは不味い。
だが裕二は、これ以上のスピードを持つムサシと、何度も練習試合を行ってきた。決して慌てる事はなく、冷静に正確に魔法を放つ。
――マッド!
「無駄ニャアアア!」
バチルは裕二の作った泥沼を飛び越える。同じ魔法が何度も通じる訳がない。だが、その着地点には、もうひとつの泥沼が作られていた。バチルの片足はそこに嵌まる。
「無駄なのニャアアア!」
バチルは剣を地に突き、無理やり足を引っこ抜いた。バチルらしいやり方と言える。
「本当に無駄か?」
「ニャ!」
バチルの引き抜いた足には、泥沼から出てる手のようなものに掴まれている。
「キモいニャアアア!」
バチルの尻尾の毛がブワッと広がる。
これはマッドの応用魔法、マッドハンド。泥で作られた手がバチルの足をがっちり掴み、その拘束力は高い。だが、効果時間はマッドより更に短いので、素早く攻撃に移らなければならない。
――クソッ、出し惜しみしてたら勝てない。トルネード!
裕二の魔法で作られた、小型の竜巻がバチルに迫る。これが接触すればバチルは場外まで飛ばされるだろう。竜巻の進行速度は速くはないが、拘束されている今のバチルなら確実に捉えられる。
しかし――
「ぐはっ!」
裕二の背中に重たい衝撃が走り膝をつく。それと同時にトルネードも消え去った。拘束されているバチルには何も出来ないはずだ。いったい、何が起きたのか。
直後に裕二の背後からバチルの元へ、円盤状の物が飛んでいき、その手に持つ薄く四角い箱にすっぽり収まった。
「あれは……ディッシュケース!」
バチルが使ったのは、ゴンズ武具店で売られていたディッシュケースだ。
魔力を込めて箱を振ると出てくる、皿のような円盤状の刃が、回転しながら相手を攻撃し、再び箱に戻ってくるという武器だ。
テリーは常連客のバイツが、そういった武器を使うのではないかと警戒していたが、実際使ったのはバチルだった。
バチルは他国ではあるが、一応貴族という事でそれなりの仕送りがある。とは言ってもディッシュケースはかなり高い。バチルの購入したディッシュケースは、本物ではなくレプリカで、更に刃引きしたものだ。威力はともかく耐久力は本物に劣る。それでもディッシュケースは安くはない。
バチルが裕二と始めて会った時、不味そうなパンを食べていたのは、ディッシュケースを買った直後でお金がなかったのだ。そしてバチルが裕二をスパイと警戒した原因も、ディッシュケースを見られたくなかったという事になる。
「距離をとっても無駄という事がわかったニャか!」
「くっ!」
これでバチルは裕二の前後両方向から攻撃出来る事になる。距離を取ればディッシュケースが大回りして、背後から飛んでくる。それに対応すれば前からバチルが迫ってくる。
「ほう、あの少女は大したものですね。良く考えられている。ユージはどうするんでしょう」
「まあ、ご覧になればわかりますよ、ジェントラー卿」
バチルはディッシュケースを振り、円盤を飛ばすと同時に地面を蹴り、裕二に前と後から迫る。その勢いが空気を動かし、圧迫感となって襲いかかる。
――不味い、バチルには普通の攻撃魔法は、避けるか叩き落とされるから牽制にも使えない……やりたくないが、仕方ない!
「終わりニャアアア!」
バチルの剣が裕二を捉え、その手応えを感じる……はずだったが――
「ニャ? いないニャ! どこいったニャアアア!」
バチルは一瞬の眩しさと共に、その剣は空を斬る。そして裕二が消えた事に気づいたバチルは、すぐさま辺りを見回す。
「な、何だ今のは!? 院長先生、あれは魔法……なのですか?」
「ふむ、おそらくは……雷属性のオリジナルじゃな。雷光があったので間違いないじゃろ」
裕二は攻撃される直前に一瞬で別の場所に移動していた。しかし、その様子にはやや戸惑いも感じられる。
――やっぱり着地点がずれるな。闘技舞台ギリギリで使うのはヤバそうだ。下手すりゃ場外負けだな。
「なんニャそれ!」
「教える訳ねーだろ!」
裕二が使ったのは、ライトニングアクセルというオリジナルの移動魔法だ。
自身を魔力で覆い、その魔力と着地点を雷属性魔法で繋ぎ、雷の速さにより一瞬で移動する。
超能力者の裕二なら、テレポーテーションとかの方が上手くできそうだが、あくまでも魔法で、という事で考えたのがライトニングアクセルだ。
しかし雷の扱いの難しさは、少しでも高い場所、近い場所に行ってしまう事にある。目標物、つまり敵に当てるなら扱いやすいが、何もない場所だと、コントロールしにくいのが難点だ。移動向きの属性ではないだろう。
――雷属性で移動なんて……さすがはユージ。だけど、まだ精度は低い。私には通じないわ。
エリネアは裕二の魔法に驚嘆しながらも、その欠点も見抜いているようだ。
「けど逃げるばかりじゃ勝てないニャ!」
「誰が逃げるって?」
ライトニングアクセルの欠点は、何もない場所では使いにくい。だが、目標物があるなら……
「フギャアアア!!」
その状態で体当たりしたら、バチルのアースではなく、体に直接雷魔法の効果が及ぶ事になる。
バチルはその衝撃により、勢い良く吹き飛ばされた。そしてその直後――
「トルネード!」
「ニャ! ニャアアア!」
大きなダメージを受けながらも、何とか起き上がろうともがくバチルに、裕二のトルネードが迫る。
「嫌ニャアアア!」
トルネードに触れたバチルは、勢い良く場外まで飛んで行った。
そして――
「勝者、ユージ・グラスコード!」
審判が宣言する。
その途端、会場から大歓声が上がった。
「ウオオオオ! あいつスゲーぞ」
「最後のヤツ、何だあれ?!」
「良しっ! やはりゴンズの言う通りだ」
その光景を、バイツとドルビーは苦々しげに見つめる。やはり応援していたのは同じ騎士科のバチルなのだろう。
「けっ、バカが。油断しやがって」
「いやドルビー。ユージを侮るな。あいつは強い。まだ何か隠してると見るべきだ」
勝者として舞台の上で、歓声に応える裕二に、場外から何とか起き上がってきたバチルがヨロヨロと寄ってきた。そして険しい表情で裕二にビシッと指をさしてこう言った。
「お前嫌いニャ!」
「え? 何で?」
「絶対許さないニャ!」
「試合なんだから仕方ないだろ」
「ニャらまたバターソテー作るニャ! そしたら許してやるニャ」
「あーハイハイ、今度な」
途端にバチルは笑顔に戻る。
「ニャらまあ、許してやるニャ。でも次は負けないニャ!」
「えー、う、うん」




